小説☆アルベル編---天賦の才

  「何故、アルベル・ノックス様だけ、我々とは別の鍛錬をなさるのでしょうか?」

ハロルドが憤然とウォルターの前に立ち、鼻息荒くそう申し立てた。

聞けば、ハロルドたちが基本の鍛錬に励んでいるところを、「そんなお遊び、100年やったって俺には勝てねぇよ。」と馬鹿にされたらしい。確かにあのアルベルなら言いかねないが、少々腑に落ちない点がある。

  「アルベルがいきなりそう言いおったのか?」

強さのみに固執している(それも困りものだが)アルベルにとって、恐らくハロルドは眼中にはないはず。そんな関心のない人間に対してまで、しかもいきなりそんなふうに突っかかったりするだろうかと疑問に思ったのだ。すると、ハロルドは大きく頷いた。

  「そうです。鍛錬はまず基本からと決まっています。しかしあの方はそれを無視される。いくらお父上が偉大な方であり、閣下がその後見であったとしても、規律は守っていただかねばなりません。そのように申し上げたら、いきなりそう言われました。」

成る程、アルベルの神経を思いっきり逆撫でしたわけだ。アルベルももう少し大人になってくれればいいのだが、まだ16歳では無理もない。火傷の傷は癒えたが、いまだ父の死から立ち直れず、他を拒絶している。そんな様子のアルベルを見かね、しばらく風雷に来るように言いつけた。風雷の者達と交流させ、人付き合いの訓練をさせるつもりだったが、これは前途多難なようだ。

  「あの方だけ特別扱いでは他の者達に示しがつきません。」

感情がそのまま現れたハロルドの表情に、ウォルターは心の中でやれやれと溜息を付いた。頑固で不器用な男だ。だが、そういうところが人から愛される。まだ若く、未熟な所も多いが、キラリと光るものを持っている。その頑固さゆえ、人より多少時間は掛かるだろうが、いつか必ず大きく成長してくれることだろう。ウォルターは息子を諭すように言った。

  「仕方なかろう。あやつには基本の鍛錬は合わん。」

  「しかし!基本こそが大事だと、閣下も日頃から仰っているではありませんか!」

  「そうじゃな。」

  「あの方はあくまで我流を貫くおつもりでしょう。そして確かにお強い。しかしそれ故、兵士の中にはあの方の真似をしようと、基本の鍛錬を疎かにする者も出ています。このままででは軍紀の乱れにも繋がりかねません。」

ハロルドの言う通り、確かにそれは問題だ。元々、アルベルは風雷の気風には合わなかった。これを機にアルベルを漆黒へ移したいところだが、16歳では流石にまだ早い。それはいずれ考えるとして、ハロルドには教えておかなければならないことがある。

  「あやつは既に、体がどう動くべきか、知っておるのじゃ。」

  「どう動くべきか?」

  「こう動けと、剣が声を発するんじゃと。」

  「声を?」

  「それも結構な減らず口を叩くらしい。」

剣と向き合い対話する…それはそういう心の姿勢を示すものであって、実際に剣がしゃべるわけがない。しかも『減らず口』とは…。少々頭がオカシイのではないかと思ったが、

  「あやつの父、グラオも同じ事を言っておった。ただ剣の望む通りに振るえばいい、とな。」

と、かの英雄グラオ・ノックスもそうだったと聞かされては黙るしかなかった。

  「おぬしには聞こえるか?」

  「…いいえ。」

ハロルドは悔しそうに言った。ウォルターはくつくつと笑って言った。

  「わしにも聞こえん。」

ハロルドは驚いて目を上げた。ウォルターはまた笑って遠くを見つめた。

  「ワシよりひと回りも年下の癖に、グラオのヤツは当り前のように対等にしゃべりおってな。それを注意したら、生意気にもこう言いおった。」

  『俺に勝てれば敬語を使ってやる。』

  「…結局、最後までヤツが敬語を使うことはなかった。」

  「…。」

  「グラオは天才じゃった。凡人のワシがどんなに努力しても追いつけん。それが悔しくてな。夜な夜な隠れて鍛錬したものじゃ。」

  「そんな!閣下が凡人など!私からすれば、閣下は神のような存在です。」

  「いいや、凡人じゃ。アルベルを見てつくづくそう思った。ワシが何十年もかけてやっと会得したことを、生まれてたった数年しか経っておらん小童が軽々とこなしおった。ワシはようやく悟った。人には生まれ持った『器』があるという事をな。」

  「そんな…。」

  「アルベルは天の器を持っておる上に、親父と違って人一倍の努力もしおる。そうなったら凡人はどう逆立ちしても敵わん。」

  「でっ…では!凡人にはなす術はないですか!?」

  「剣の望む動きなどわからん。じゃが、それに近い型はできる…それが『基本』じゃ。それを骨の髄まで叩き込む。それしかないのじゃ。」

  「それしか…。」

  「それに考えてみぃ。天才の技を目の当たりに出来るのじゃ。そんな幸運が他にあろうか。それに感謝し、今の内にあやつの技を盗めるだけ盗め。そうして、ただひたすらに己の技を磨け。」

  「は…はい。」

  「おお…それから。」

一礼してきびすを返しかけていたハロルドは、「はっ!」と急いで振り返った。

  「今言うた事は、決してアルベルに言うでないぞ。増長しよるでな。」

ウォルターはそう言ってまた笑った。

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