一日の終わりに親子でお風呂タイム。一日のことを腹を割って話しながら、背中を流し合うのが決まり。グラオが最も楽しみにしている時間だ。アルベルは風呂から上がって体を拭いたところまで上機嫌だったのに、着替え用に新しく置かれていた服を見て表情を曇らせた。
「どうした?」
「このパンツ、嫌だ。」
「何故だ?」
「本当は変なんだろ?」
それはグラオとおそろいの物だった。
「変だと?」
「親父の部下がそう言ってた。」
むすっとそう言うアルベルに、グラオは体を拭きながら言った。
「ソイツが何故そんなこと言うかわかるか?」
うーんとアルベルは首をかしげた。
「それはうらやましいからだ。」
うーん…?とアルベルは更に首をかしげた。とてもうらやましがっているような感じではなかったからだ。
『隊長のことは本当に尊敬しているけど、あのビキニだけは勘弁して欲しいよな…。』
どちらかと言えば、恥ずかしいというような…。
実はこの会話は、
『気をつけようとしても、つい目が行ってしまうんだよ。』
『開き直ってガン見してる奴もいるぜ?』
『いっそ俺もそうしようかな…。べ、別に変な意味じゃないからな!変に意識すると余計に気になるから、そのくらいの気持ちで開き直ってみようかという意味であって…!』
『わかったわかった。』
『誤解すんなよ!?』
『いいって。俺はそっちの気は全くないが、それでもそうしたくなる気持ちは分かるからな。あの肉体美はうらやましい。』
『だから誤解だって言ってるだろ!』
と続いたのであるが、アルベルはそれを知らない。
「体に自信のない奴はこれを履けない。だからそんな事を言うんだ。『酸っぱい葡萄』と同じことだ。」
この間父に読んでもらった絵本。おいしそうな葡萄が食べられなかった狐が「あれは酸っぱい葡萄なのさ。」と負け惜しみをいうお話。それでもぱっとしないアルベルの反応に、グラオはピシッとビキニを履いてアルベルに問うた。
「俺を見ろ。どうだ?格好悪いか?」
一点の無駄もない、しなやかな肉体をぴたりと覆うビキニ。その布の大きさは必要最小限でしかない為に股間の盛り上がりが際立つ。普通なら目のやり場に困るところだろうが、子どもであるアルベルにはわからない。それが格好いいか悪いかも。だが、自信に満ちた父は間違いなく、
「…カッコイイ。」
「そうだろう?」
グラオはアルベルのパンツを取ると、アルベルの足元に広げた。アルベルは父の肩につかまりながら交互に足を入れた。しゅっと履かせて二人で鏡の前に並ぶ。
「お前も格好いいぞ!」
アルベルは半信半疑だったが、
「自信を持て!」
という、父の言葉にニッと笑顔を見せた。
それから十数年後―――
真夏の訓練中。バケツをひっくり返したようににわか雨が降ふりはじめた。多少の雨なら続けるところだが、この豪雨では無理だ。仕方がない、少し早いが終りにしよう。アルベルは髪を掻き揚げながら訓練終了の合図を出した。部下が号令を掛ける。
「そこまでー!」
「「有難うございました!」」
雨を避けて軒下に入る。腰布が水を吸って足に重くまとわり付く。アルベルは躊躇いもせず腰巻を取った。部下達の目が一斉に集まる。
「ひゅ〜♪団長の下着、エロエロですねぇ〜♪」
その内の一人の青年が野次を飛ばした。アルベルがギラリとそいつを睨んだ。
(死んだな…。)
誰もが心の中で手を合わせた。まあ、それも本望だろう。『俺、団長にしばかれている時が一番幸せです!』と言い切ったツワモノだ。アルベルの激怒を予感して、ビクビクしつつも、密かにワクワクしている様子が見て取れる。アルベルがズイと近寄った。アルベルの身長は185cmだが、何故かもっと大きく感じる。上から見下ろされたら恐ろしいほどの迫力がある。青年は急いで頭を下げた。
「すみませんでした!」
その後頭部を睨み下ろしながら、アルベルは言った。
「お前にこれが履けるか?」
「はっ!?」
少しだけ顔を上げたら丁度目の前に…vvなんて顔をゆるませている場合ではない。青年は急いで顔を引き締めて頭を上げた。
「お前にこれが履けるか、と聞いてるんだ。」
「いえ…そ…それは…ちょっと…恥ずかしい…かも…。」
しどろもどろになった青年を、アルベルはあざ笑った。
「フン、腰抜けめ。」
ズキューン!
青年はよろめいた。恐怖心からではない。
(ああvvもっと罵って〜vv)
というような恍惚とした顔でアルベルを見送っている。そんな馬鹿は放置するに限る。他の連中はソイツを残してさっさと引き上げた。
それにしても…、と部下達は顔を見合わせた。
『ビキニを履けない奴は腰抜け』
…なのか??
なんだかよくわからないが、そう言い切られると、確かにそうかもしれない。アレを履いて、しかもこんな風に人前で晒せるなんて、相当な自信がないと無理だ。
憧れと羨望と欲望のまなざしの中、アルベルは絞った腰巻を肩に掛け、ビキニパンツ姿で悠々と去っていった。