城での会議を終えて、その帰り。
アランはいつものようにアルベルを飛竜に乗せ、帰途についていたが、ある地点に差し掛かった時、自分と背中合わせに寄りかかっているアルベルに声を掛けた。
「アルベル様。」
「何だ?」
「ちょっと寄り道してもいいですか?」
「…好きにしろ。」
切り立った山の方に向かって飛び、アランがフワリと飛竜を降り立たせたのは、木がぽつりと一本立っている小さな岩だなの上。周囲は崖になっているので、空からしか近づけない場所だった。
二人は飛竜から若草の絨毯の上に降り、そこから見える景色を眺めた。
「見晴らしがいいな。」
「そうですね。天気がいいですので、今日は特に。」
『今日は』という言葉が、アランがここに何度か訪れていることを示していた。
「よくここに来るのか?」
「はい。一人になりたいときに。最近は来ていなかったので、今日は久しぶりです。」
アルベルはアランに視線を投げかけた。
「あなたと暮らすようになってからは、一度も来ていないのです。少しでもあなたと一緒にいた
いですから。」
とアランは笑った。アルベルはその笑顔にどう返事をして良いかわからず、黙って視線を景色の方に戻した。
見渡す限りの平原の向こうに、うっすらと町の影が見える。方角からすると、カルサアの町だろう。
アルベルは木陰に入ってごろりと寝転がり、アランも隣に座った。
「お弁当でも作って来ればよかったですね。」
「そうだな。」
アルベルは木の葉の間からキラキラとこぼれる光を手で透かして見た。指の間から見えるその情景が昔の思い出と重なった。
「ガキの頃…よく親父やジジイに木に縛り付けられて、こうして木を見上げていたな…。」
「それは、また。…どうしてですか?」
「理由は色々あった。ジジイの壷を割っただの、喧嘩して相手に怪我をさせただの…。数えあげたらキリがねえ。こっぴどく叱られて、俺が反省するまで木に縛られた。」
「ふふッ!」
元気が有り余った子どもだったのだろう。アランはアルベルの子どもの頃の姿が見えるような気がした。
いつになく饒舌なアルベル。
空を流れる雲のように、時間がゆっくりと過ぎていく。
いつしか会話もとぎれ、二人はぼんやりと空を眺めていた。
ポカポカと暖かい日の光の中で飛竜がのんびりと昼寝をしている。
(このまま国や民のことなど忘れて、ずっとアルベル様とここに居られたらどんなに幸せだろう。)
アランはアルベルの髪をさらさらと撫で、すっと指でアルベルの耳に触れた。
それはアランのいつもの合図。
「こんなところでッ!!」
アルベルは慌てて身を起こそうとしたが、アランがそれを遮った。
「誰も来ませんよ?」
「そういう問題じゃ…ッ!」
アランはアルベルの口を自分の口で塞いだ。
キスをしながらアランがアルベルの体に腕を回すと、やがてアルベルの腕がアランの首に巻きつけられ、そのまま二人はもつれ合った。
さらさらと心地よい風が二人の肌を撫でていく。
木の枝が風に揺れて、アルベルの肌に落ちた光と影がちらちらと形を変える。
アランは自分の膝枕に頭を預けて眠っているアルベルの髪をそっと撫で、自分も木に寄りかかって目を瞑った。
「ずっとこうしていたい…。」