呼び鈴が鳴り、アランが玄関を開けると、部下が顔色を変えて立っていた。
「ウォルター老が?」
「は、はい…。昨日の夕方に亡くなったと…。」
「死因は?」
ついこの間会った時は元気だったのに、急に死ぬことなどあるだろうか。アランは他殺の線を考えた。
「まだ、詳しいことはわかっておりません。とにかく、一刻も早くアルベル様にお伝えせねばと…。」
「わかりました。アルベル様には私からお伝えしておきます。それから、その件ははっきりと事態が確認されるまで伏せて置くように。」
「ハッ!」
もし、本当に一国の要人たるウォルターが殺されたとなると、アーリグリフにとって由々しき問題だ。そしてその犯人によっては、また戦争ということになりかねない。
そんなことを考えていたので、後から考えれば何と軽率だったかと悔やまれるが、アルベルの心情に対する配慮が欠けてしまった。心のどこかでアルベルならば、大丈夫だろうとはっきりと思っていたわけではなかったが、なんとなくそういう心配などいらない気がして、アランはそのことをアルベルにそのまま伝えてしまったのだ。
そしてそれによって、アルベルの脆さに直面することとなったのである。
「ジジイが…?ふざけるな。この間会った時は、ぴんぴんしてたじゃねえか。」
最初、アルベルは馬鹿馬鹿しいと取り合おうとしなかった。だが、
「しかし死因が病気であるとは…」
と言った瞬間、アルベルの顔色が変わった。
「殺されたとでも言うのか!?そんなわけあるか!」
「どうしてですか?」
アランはただ、アルベルがあまりにきっぱりと言い切ったので、何か根拠があるのだろうと思って純粋にそう質問したのだ。だが、それがアルベルの感情を逆撫でした。
「あのジジイがそう簡単にやられる訳が無い!ジジイが死んだ?ハッ!そんなの嘘に決まっている!」
その時になって、やっとアランは気が付いた。アルベルは信じていないのではなく、信じたくないのだと。
(しまった。もっと言葉を選ぶべきだった。)
アランは自分の失敗に気付き、アルベルを慰めようとしたが何と言ってよいかわからず、ただ黙ってじっとアルベルを見つめ、それが皮肉にもアルベルを更に追い詰めた。
アルベルは立ち上がって、アランの胸倉を掴み、怒鳴りつけた。
「嘘だといえ!!」
「アルベル様。」
アルベルに手を伸ばそうとしたら、ドンッ!と後ろに突き飛ばされた。そして、まるで威嚇するように睨みつけられた。
「皆、俺を残して勝手に死んでいきやがる。お前もどうせいつか俺の前から消えるんだろう!?」
「いいえ!アルベル様!私はずっとあなたの傍にいます!」
アランが真摯にそう訴えると、アルベルはアランにぶつけていた、その怒りにも似た感情を、今度は自分に向けた。
「いっそ俺が死んだ方がましだ!どうしていつも俺だけが残されるのだ!!」
その言葉に、今度はアランの方が血相を変えた。アランは掴み掛かるようにしてアルベルの両腕を捕まえた。
「アルベル様!!私はそれがあなたを苦しめることになっても、あなたには生きていて欲しい。私はあなたを失いたくない!」
その悲しみの目の色に、アルベルの胸がズキリと疼いた。自分が死ねば、アランに同じ苦しみを味あわせてしまうことになるのだ。だがもう、残酷な程の喪失感に押しつぶされてしまいそうだった。アルベルはどうすればいいのかわからず、ただ力なく首を振り、両手で顔を被った。
「アルベル様。」
アランは、触れたら崩れ落ちてしまいそうなアルベルをそっと抱きしめた。
「あなたの悲しみを、どうしたら和らげる事ができますか?」
「…俺を…抱け…。」
「アルベル様…。」
「何も考えたくない…。」
アルベルは激しくアランを求め、アランはそれに答えた。二人の激しい喘ぎ、ベッドの軋みが部屋に響く。
「もっと!もっとだ!!…アラン!!」
「アルベル様!」
そうして激しく抱かれながらアルベルは涙を流した。
アランは気を失ってしまったアルベルの体を清め、シーツを掛けなおして、その髪を優しく撫でた。
頬には幾筋もの涙の跡。それをそっと指で拭った。
アルベルにとって、ウォルターは唯一最後の肉親。
グラオが死んだ時もこんな風に泣いていたのだろうか。
アルベルの傷ついた心を少しでも救いたかった。
次の日、アルベルの気持ちが随分落ち着いているのを見計らって、
「ウォルター様の所に参りましょう。」
と言ってみたが、アルベルは、
「行きたくない。」
と言い張った。
「ウォルター様を一人で逝かせるおつもりですか?それはきっと寂しいことですよ。」
アランはアルベルの両手をしっかりと握り締め、アルベルの瞳を覗き込んだ。
「きっとあなたを待っておられますよ。私も一緒に行きますから。見送って差し上げましょう?」
アルベルは霊魂の存在など全く信じてはいなかったが、それでもアランにそう言われて、なんとなくそんな気分になり、アランの手の温もりを感じながら、
「…ああ。」
とポツリと返事を返した。アランはニッコリと微笑むとアルベルの手を取り、その甲に口付けをした。
『ずっとあなたの傍に。』
そんな誓いを込めた口付けだった。
アルベルはじっとその様子を見守り、
(アランが一緒なら、これからもきっと生きていける。)
そう思った。
ところが。
飛竜に乗ってウォルターの屋敷までやってきたのだが、普段と全く変わった様子が無い。兵士達も普段どおり、剣の稽古に励んでいる。
不審に思いながら、とにかくウォルターの部屋に行ってみると、
「ジ、ジジイ!?」
なんと、死んだはずのウォルターがのんびりと茶をすすっていたのだ。
「おお、アルベルか。」
「て、てめえ、死んだんじゃ…?」
「勝手に殺すな。わしゃ、ぴんぴんしておる。」
「アラン!お前!!」
アルベルはアランを振り返った。だが、アランも同様に驚いている様子だった。
「し、しかし、確かに、ウォルター老が亡くなったと報告を受けたのですが。」
アルベルの怒りの視線を横顔に受けながら、アランは必死でウォルターに事情説明を求めた。
「無くなったのはワシの肖像画じゃ。誰かが盗んで行きおったらしい。あんなものを持って行ってどうするつもりかは知らんが…。」
それを聞いてアルベルはガックリと脱力し、次の瞬間、安心した分の怒りが沸々と湧き起こってきた。
「帰るッ!!」
「なんだ、もう帰るのか?茶くらい出してやるぞ?」
「てめえは、死ぬまで茶でもすすってろ!アラン、お前もだ!」
「え!そんな!」
「ついて来るな!!」
「いいえ!ずっと、あなたのお傍にいると約束しましたから!」
「あっちへ行け!!」
「嫌です!お待ち下さい!!」
挨拶もせず二人は部屋を出て行き、バンッ!と扉が閉まると、二人が来る前の穏やかな空間に戻った。
「全く、慌しいのぉ。」
ウォルターはまたのんびりと茶をすすった。
その頃、一人の少女がウォルターの肖像画をうっとりと眺めていた。
「うふふふ♪ウォルター様、す・て・き!」