小説☆アラアル編短編集---墓参り

  「今日は何時ごろお帰りになりますか?」

今日は父君のご命日。お帰り時間に合わせて食事の用意をしておこう。そう思って尋ねたのだったが、尋ね方が良くなかったのだろうか。アルベル様がちらりと目を逸らされた。

  「あの…」

慌ててフォローしようとしたら、アルベル様が目を逸らしたまま、少々聞き取りにくい声で仰った。

  「…お前も一緒に来い。」

  「えっ!?」

聞き間違いかと思った。だが、

  「半刻後に出る。」

と、今度ははっきりした声で言い残して席を立ってしまわれた。あと1時間。それまでに洗濯と昼食の下ごしらえまでは済ませておかねば。急いで作業に取り掛かった。





今日は突き抜けるような青空だ。心地よい風が木々を揺らしている。人は誰もいない。静かだ。以前お会いしたことのある墓守のご老人は、もうかなりのご高齢で、今は息子夫婦と暮らし、体調の良いときに時折手入れに訪れているらしい。アルベル様が来られる今日に合わせたのか、芝生は刈られたばかりだ。低い門を開け、中に入る。

アルベル様には話していないが、私の実母もここに眠っている。しかし、数えるほどしか訪れたことはない。今日はあろうことか母の墓石を素通りしてアルベル様のご両親の元へ行くわけだ。それをアルベル様がお知りになれば、きっと叱られるだろう。愛してなかったわけではない。単に死者に対する捉え方の違い。アルベル様は、死してなお、魂は存在し続けるとお考えなのだ。こうした墓参りも、アルベル様は『会いに行く。』と表現される。そして、命日にはもちろん、年末年始、そしてご自身の誕生日…と、折りある毎に墓地に赴かれる。「親父は寂しがりやだったから、仕方なくだ。母には顔を見せてやりたいと思うが、まあ、親父はそのついでだ。」そう仰りながら、父君のお好きだった酒は欠かさない。

アルベル様のお話の中の父君と、他から伝え聞くグラオ・ノックス総隊長像には大きな隔たりがある。が、共通しているのは、類まれな人物であったこと、そして、たいそう仲のよい親子だったということ。それをご自分のせいで失うとは、どれほどの悲しみだろうか。夜も、夢の中で父君を探してうなされて…

…そういえば、最近、それがない。いつからだろうか?

私は二つ並ぶ父君と母君の墓石を拭き上げながら、供え物を並べているアルベル様を見た。以前に比べ、表情が明るくやさしくなられた。



ご両親の墓石の前でアルベル様は静かに目を瞑られた。邪魔にならぬよう、静かにこの場を離れようとしたら、気配を察して呼び止められ、そして、

  「ここにいろ。」

と。その言葉がどれほど嬉しいか。感極まって浮かんだ涙をそっとハンカチで拭った。



静かな心の中での会話。アルベル様のご様子をみていると、本当にその場にご両親がおられるような気がしてくる。何を語りかけておられるのか。長い時間そうした後、アルベル様はくすっとお笑いになった。

  「もし親父が生きていたら…」

そこで言葉を切り、私を振り返って、

  「お前、殺されてたろうな。」

…これは恐ろしい内容だが、笑みを浮かべていらっしゃるということは、ご冗談なのだろうか?しかし、ご両親にとっては、自分の息子を男に汚されたわけだから、それを許せようはずもない。 昨夜だって、アルベル様が拒まれないのをいいことに、あんなことまで…。

私をこの場に同席させたのはつまり謝罪せよと、そういう意味で…。それなのに私は、それだけ私を認めてくださったのだと浮かれてしまって…なんと愚かな…。すると、アルベル様は少し困ったようすで私の顔を覗き込み、

  「まあ、殺すといっても、半殺し程度だろうがな。」

そう訂正された。 『半殺し』ということはその分罪は軽くなったとおっしゃりたいのだろうか。しかし、罪は罪。アルベル様には一点の非もない。ただ私を受け入れてくださっただけ。私のせいで…

  「ちっ。冗談の通じねぇ奴だな。そんな深刻な顔をするな。」

アルベル様は不機嫌そうにそうおっしゃると、さっと周囲を確認された。誰か人がいるのだろうか?そんな気配は感じなかったが。一緒に周りを見渡そうとしたところを不意打ちにされた。

唇にかかったアルベル様の軽い吐息が、私の体温を一気に沸騰させた。そんな急激な変化に対応できず、心臓が嬉しい悲鳴を上げている。

顔が熱い。それ以上に、アルベル様が触れた唇が熱い。

  「悔しかったら生き返ってみやがれ、クソ親父!」

墓石に向かって挑発するようにそう仰って、母君の墓石にもう一度視線を送られてから、くるっときびすを返された。そして、肩越しに私にこうおっしゃった。

  「帰るぞ!」

『帰る』のはもちろん『我が家』へ。そして、私も一緒に。そこに私の存在をちゃんと含めてくださっている。

アルベル様!アルベル様!!

私は夢中で愛しい人の背中を追った。



生きてこんな幸せがあろうとは!

父君、母君、アルベル様をこの世に授けてくださって、本当に有難うございます。

アルベル様を汚した報いは必ず受けますので、どうか今はこの幸せをお許しください。

母上―――

私を産んでくださったこと、心から感謝致します。

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■あとがき■
時期的に、本編の「新体制」くらいのころ。 ふふふ、アルベルからのちゅーvv隠してますが、アルベルもアランに負けず劣らずちょー真っ赤になってることでしょう♪