アルベルは、ヴォックスにアーリグリフ城に呼び出された。
緊急というので仕方なく出頭したが、散々待たされた挙句、ヴォックス不在と聞いて、アルベルはブチ切れ、カルサアに戻ろうとしていたところに、アランが声を掛けた。
勿論、時間稼ぎのためだ。
「アルベル様。お話があります。よろしいでしょうか?」
アランはドキドキしながらも、それを顔に出すまいとした。
「なんだ?」
「ここではできない話なのです。」
「今度は何企んでいやがるんだ?」
アルベルがフンといった調子でアランを睨んだ。
「それはもう、色々と。」
アランは言葉に含みを持たせ、ニッコリ微笑んだ。アルベルはアランの話に興味を持ったようだ。
心が浮き足立つのを押さえて、アルベルを部屋に案内した。いそいそとお茶を出そうとすると、
「そんなことはいいから、さっさと話せ。」
と言われ、仕方なく話し始めた。
「シェルビー殿が策を巡らせているようです。どうかお気を付け下さいませ。」
「けッ。そんなことは言われなくても知っている。」
アルベルは何を今更と言ったが、アランは更にたたみ掛けた。
「ヴォックス様と繋がっているということも?」
「何!?」
「シェルビー殿に手柄を立てさせ、漆黒団長にさせようということのようです。」
シェルビーなど、所詮小物と高を括っていたが、ヴォックスと絡んでいるなると、少々厄介だった。
「…なんで、てめえはそんなことを俺に話す?」
「私はシェルビー殿が嫌いなのです。」
「ハッ!嫌いと来たか!てめえの好き嫌いで、あっちについたり、こっちについたりすんのか。」
アルベルはアランの密告行為を咎めた。
「部下として、ヴォックス様の意向には従いますが、それをどう思うかは私の自由でしょう?」
「…そりゃ、そうだ。」
だが、アルベルはアランを信用していないようだ。アランにもひしひしと伝わってきた。それは当たっていたし、今まさに、策略のためにアルベルを引き止めているというのに、そんなことなどすっかり忘れ、どうしてもアルベルに自分を信じて欲しくなった。
「ここだけの話ですが、私は本当は漆黒に入りたかったのです。」
「!」
「でも、残念なことに、編入はできないと言われました。」
アルベルの耳にも、そいういう者がいたという話は届いていた。兵士達は団に誇りをもち、団それぞれが独立している為、途中で他の団に移るなど、極めて異例のことだったからだ。
「なんだ、あれはお前だったのか。」
「はい。だから、シェルビー殿が堂々と、アルベル様に対して翻意を示しているのが許せないのです。もし、私があなたの部下だったら、絶対にあれを野放しにはしません。どうして放っておかれるのですか?」
「別に。いちいち相手にすんのが面倒くせえからだ。」
予想していた通りの答え。
「しかし、あまりに危険です。アルベル様のお力を疑うわけではありませんが、小物と言えどヴォックス様と手を組んでいるとなると、どんな卑劣なことをしでかすかわかりません。もし、お命に関わるようなことがあったら…。」
アランが、暗にヴォックスを卑劣と言ったことに、アルベルは内心驚いたが、顔にはださなかった。
「それならそれでいい。そうなったら俺はそれまで、ということだ。」
「そんな…。」
アルベルが自分の命に対してあまりに執着していないことに、アランは不安を抱いた。
そこに兵士が入ってきて、アランに耳打ちした。
(カルサア修練場にクリムゾンブレイドが現れました。)
自分がシェルビーに入れ知恵をしてやった計画がうまく行ったようだった。
アランはアルベルに向き直り、その内容を報告するように言った。
「急ぎ、カルサア修練場にお戻り下さい。シェルビー殿が、シーハーツの者を囮にして、先日逃げた者達とクリムゾンブレイドを捕らえる算段をしているようです。」
「なんだと!?」
アルベルは椅子を蹴って立ち上がった。
予想通り、アルベルは囮を逃がした。卑怯なことが大嫌いなアルベルの性格を見越してのことだった。
「クククッ。こう、うまく行くとはな。更に都合のいい事に、シェルビーの奴まで死におった。」
ヴォックスが上機嫌なのに対して、アランは全くの無表情だ。
「はい。しかし、まだこれだけでは、スパイ容疑をかけるのは、少々強引過ぎるかと思われます。」
「では、どうする?」
「もう手は打ってあります。」
シーハーツが銅を欲しているという情報が入り、アーリグリフ軍はヴォックスの指揮の下、ベクレル鉱山を包囲した。そして、本来なら追っ手をかけるべきところを、その命令を出さず、そのままそこに、長時間、兵士達を待機させた。当然、兵士達はじりじりとしてくる。アルベルも、何故突撃しないのかと憤慨した。
兵士達の我慢も限界に来た頃、わざと漆黒の頭上を通らせて、疾風の兵士を鉱山に向かわせた。アルベルに不審に思わせたところで、シーハーツの者達が鉱山から出てきたという情報を、部下を通じて、アルベルに報告した。アランがヴォックスの策略をあらかじめ知らせておいたので、アルベルは司令官であるヴォックスの、「その場に待機」という命令を無視して、勝手に戦列を離れた。
アルベルがシーハーツの者達と戦っている様子を、アランは離れたところから見守っていた。
アルベルの部下達はあっさりと倒され、今や一対三の戦いになっていた。アルベルは一人で必死に三人の攻撃を凌いでいる。だが、三人ともかなりの腕前で、アルベルは押されてしまっていた。
「三人がかりとは卑怯な!!」
アランはギリギリと歯噛みした。
アルベルを助けにすっ飛んで行きたい気持ちを、必死で抑えた。自分が行くのが早すぎては、この計画が水泡に帰してしまい、結局、自分もアルベルもヴォックスの手に掛かる事になってしまう。
かといってアルベルにもしもの事があったら…。
身を切られるような思いでアルベルを見守りながら、アランは必死で祈った。
(アルベル様の父君、グラオ様!!どうか、どうかッ!!アルベル様をお守り下さい!!)
そして、アルベルが地面に膝を付いた瞬間、アランは矢のように飛竜を飛ばした。運のいい事に、三人はアルベルに止めを刺さず、そのまま立ち去った。
「アルベル様!!!」
飛竜が地面に降り立つ前に、アランは飛竜の背から飛び降り、アルベルに駆け寄って急いでヒーリングをかけた。怪我がそれ程でもなかったのに安心し、ほうっと脱力した。
「ご無事でよかった!」
「…なんで、てめえがここにいる?」
「アルベル様が戦列を離れたとの報告を受け、ヴォックス様に様子を見てくるように言われたのです。…さあ、城に戻りましょう。」
アルベルを立たせ、そっとその肩を、宝物のように大切に抱いて、飛竜に乗せた。
そして静かに静かに飛竜を飛ばした。
自分の背中に、アルベルの背中が寄りかかっている。
その背中がとても熱くて…。自分の動悸がアルベルに伝わってしまいそうで…。
アランの心が震えた。
たったこれだけの事が嬉しくてたまらなかった。
でも、たったこれだけで終わり…。
アランは、ずっとこうしてアルベルと飛んでいたかった。
アルベルと共に城に戻ると、疾風の兵士達に取り囲まれた。
ヴォックスの直属の部下の一人、シュワイマーが前に出て、書状を取り出し、その内容を高々と読み上げた。
「アルベル・ノックス!!そのスパイ容疑により、断罪されるべきものとする!!」
「なんだと!?」
寝耳に水で、当然アルベルは驚いた。
「捕らえろッ!!」
その号令とともに、アルベルはあっという間に取り押さえられた。戦闘で疲れ切っていたため、アルベルは殆ど抵抗しなかった。
「アルベル様は怪我をなさっているのです!手荒な真似は…!」
とアランが言いかけると、
「フン!罪人に気遣いなど無用だ。」
とシュワイマーが冷たく言い放った。
「引っ立てろ!!」
アルベルは、そのまま王の前に連れて行かれた。ヴォックスとウォルターも揃っていた。
「アルベルよ。なぜ、勝手に戦列を離れた?」
「…。」
折角シーハーツの者達を包囲していたのに、アルベルが単独行為に走ってしまったせいで、その包囲網が崩れ、取り逃がしてしまったのだ。
王に咎められ、アルベルはバツが悪そうに視線を外した。何を言っても言い訳になってしまいそうで、ただ黙っていた。
そこへ、ヴォックスが口を挟んできた。
「アルベルは、先日も、折角捕らえたシーハーツの者を逃がし、クリムゾンブレイド、それからあの技術者達をも見逃しております。これはもう、アルベルに翻意があるとしか思えませんな。」
「はぁ!?翻意だと!?確かに、てめえに従うつもりはねえが、別に王に対して翻意があるわけじゃねえ!色々企んでるのは、てめえの方だろうが!」
アルベルは鎖で縛られたまま、ギラリとヴォックスを睨みつけた。
「黙れッ!自分の立場を考えて物を言え!私の命令を無視しただけでなく、みすみす銅を奪われおって!今回の失態の罪は重いぞ!!」
アルゼイは、その様子を黙ってみているウォルターを見た。
「ウォルター。どう思う?」
「…ちと、反省が必要でしょうな。」
「反省?」
ヴォックスがウォルターを振り返った。
「その程度で済ませられると思うてか?こちらには、アルベルがスパイだという情報まで入っておるのだ。」
「何ッ!!よりにもよって、この俺がスパイだと!?次から次へと、よくそんな作り話ができるな!」
「では、これまでのお前の行動をどう説明するのだ?シーハーツの者を見逃したのは、密かにシーハーツと繋がっているからであろうが!!兵士達も、お前の行動を不審に思っておるのだ!!」
「なんだとぉッ!!」
「…。」
アルゼイは困り果てた。アルベルの翻意を疑いなどしない。アルベルが「ない。」と言えば、ないのだ。それはわかっていたが、これだけの証拠がそろってしまっては、今回ばかりは手の打ちようがなかった。
アルゼイが悩んでいると、おもむろにウォルターが口を開いた。
「小僧。おぬしはしばらく牢に入っとれ。」
「なんだと、ジジイ!!」
アルベルがウォルターに噛み付いた。
「兎に角、今回の件の責任は取らねばなるまい。そうせぬと他の者に示しがつかん。それに、スパイだという噂も流れておるなら、軍法会議にて身の潔白を証明せねばならん。それまでしばらく、そこで反省しておれ。」
アルベルは、ウォルターの言葉にグッとつまり、大人しく牢へ引き立てられていった。
丁度その頃。アランは剣先を尋問官の喉に突きつけ、凍りつくような瞳で見下ろした。
「もし、アルベル様に何かあれば、真っ先にあなたの家族を殺します。あなたがやったかどうかの真偽などどうでもいい。まずは子供から。家族を失いたくなければ、全力でアルベル様をお守りすることです。」
尋問官は震え上がり、首ふり人形のように何度も頷いた。