(カレルの奴はどこへ行きやがった?)
窓から外に出たアルベルはきょろきょろと辺りを見回し、取り合えず城の中に戻って、カレルの行方を探そうとして、妙な物に目を引かれた。
(紐…?)
それが何故か床の上でまるで生き物のように奇妙にくねっている。それを見た途端、それから目が離せなくなってしまった。うねうねと動いているのが気になって仕方がない。頭ではアレがただの紐だとわかっているのだが、どうしてもあれに飛びついて押さえつけたい。
と、紐が素早い動きで左右に動いた。その瞬間、アルベルはキレた。反射的に紐が動くとおりに、右へ左へ構え、そして、
「ニャギャギャ!」
物凄い勢いで紐に喰らいついた。それでも尚、紐はぐねぐねと動き、それにつられて頭がガクンガクンと揺さぶられる。しかし、それでも口は離さない。
(こいつめッ!)
アルベルは興奮し、鼻息荒くグイと引っ張り返した。
と、次の瞬間、目の前の光景が一変した。
「捕まえたっ!」
その声とともに、アルベルにバコッと被せられたのは穀物を入れる麻袋。どうしてそんな袋が自分を覆うのか、事態を把握する間もなく袋の口をとじられてしまった。
「この猫め!やっと捕まえたぞ!さっきから城をウロチョロしやがって!」
この声は、さっきアルベルを槍で小突いて追い掛け回した見回りの兵士だ。アルベルは咥えていた紐を吐き捨てて暴れ出した。
「フギャーッ(放しやがれ、ぶっ殺すぞ)!!」
アルベルの猫パンチに合わせて、麻布がボコボコと形を変える。兵士はそれを持ち上げてブラブラと揺すった。すると、それを見ていたもう一人の兵士がのんびりとした口調で訊ねた。
「その猫、どーするんだ?」
「飛竜の餌にでもすっか。」
飛竜などに食われてたまるか。アルベルは猫パンチを更に加速した。
「えー、それはちょっと可哀相じゃないか?」
「そんなら、お前が飼うか?」
ボコボコボコボコと跳ねまくる袋を目の前に突きつけられた兵士は、ちょっとたじろいだ。
「まぁ…飼うならもうちょっと大人しいのがいいなぁ。でも、生きたまま餌にするってのは…。」
「じゃあ、どっか捨てて来い。二度と戻ってこれんように、遠くへな。」
「へーい…。」
ブツブツと兵士の独り言が聞こえる。
「捨てろったって、なぁ…。飢え死にしたら可哀相だしなぁ…。誰か貰ってくれないかなぁ…………無理だろうなぁ…。」
何たる屈辱。何たる醜態。アルベルは袋の中で落ち込んだ。
(何で俺は身も心もすっかり猫に成り下ってんだ…。)
これから一体どこへ連れて行かれるのか。戻ってこられる所だったらいいが。途中で逃げ出そうにも、袋の口はしっかりと閉じられてしまっている。まさに万事休す。と、その時、
「ご苦労様です!」
兵士が立ち止まり、誰かに挨拶した。それに対して、
「あーご苦労さん。」
とやる気なさそうに答えたのは、これはカレルの声!アルベルは必死で声を掛けた。そして、猫パンチ最速連打!
ボコボコボコボコボコボコ!
「ニャアアア!」
「こら、静かにしろよ。」
上司の前では敬礼しなければならないのに、袋の中で暴れる猫に邪魔をされ、兵士は慌てて袋を揺すった。しかし、そんなことで大人しくなるアルベルではない。それこそ、声を限りに叫びまくった。
「ニャアアアアアア!」
気付くか?気付いてくれ!袋を揺すられながらも、アルベルは必死で鳴き続けた。と、兵士の前を通り過ぎていく足音が止まった。
「…ひょっとして、その袋の中…」
カレルの声が袋に近づいた。
「はっ!猫が城内をうろうろしてましたので、捨ててくる所であります!」
「猫?」
「ニャアニャアニャアニャア!」
「黒っぽい猫か?左前足に火傷のある?」
「は…た、確か…。」
カレルがやっぱりと溜息をつくのが聞こえた。
「…貰っていーか?」
「は?…あ……ですが、凶暴な猫ですので、お気をつけ下さい。」
「ああ、わかってる。」
アルベルは、自分の入った袋が手から手へと渡されるのが袋の中からわかった。
「副隊長殿の猫でしたか。」
兵士は飼い主が見つかって良かったと安堵したようだ。
「んー、まあ、そんなとこ。」
カレルは人気の少ない裏庭にやってくると、袋の口を開けた。すると中から待ってましたとばかりにアルベルが飛び出してきた。
「ったく、何やってんですか、旦那。」
「ニャー(うるせぇ)。」
「そーだ、首輪でも付けときます?またノラと間違われたら大変ですからね。」
そんな無礼な冗談をへらっと言うカレルを、アルベルはギラリと睨みつけた。
「まぁ、冗談はさておき。」
カレルはアルベルの目の前に、ぴらっとメモを広げて見せた。変身を解く様々な方法が、きちっとした字で箇条書きされてある。彼の軽薄な雰囲気からは気付かれ難い几帳面さがそこにはあった。
「仲間を総動員して、変身を解く方法を手当たり次第にかき集めてきたんですが、どれが効果があるのか、全くわかんねぇもんで。かなり怪しいのまで入ってんですが、案外そういうのが当たりかもしれねぇし。まぁ取り合えず、片っ端から試していきましょーか。」
まず、カレルはメモの一番上を読み上げた。
「えーっと。まず、『月の光を浴び』…ました?」
カレルが視線をメモからアルベルに向ける。
「ニャ?」
昨夜はそれどころではなかった。当然、月が出てたかどうかなど全く覚えていない。
「昨夜外に出ましたか?」
「ニャー。(ああ。)」
すると、カレルは簡単に答えを出した。
「昨夜は晴れて、月も出てたから…ってことはこれは×。」
カレルは一番目の項目にバツと書きつけた。
「じゃ、次。これを頭の上に乗っけて…」
カレルは腰に下げていた袋の中から、植物の葉を取り出し、アルベルの頭に載せた。そして、
「はい、くるっと宙返り。」
「…ニャ?」
「宙返り。」
カレルは指でクルッと円を描いて見せた。
「…。」
そんな事で本当に戻るのだろうか。アルベルは半信半疑で宙返りをしてみた。だが、
「効果なし、と。」
またバツを書き込む。
「じゃ、次。両腕で大きく「2」の文字を書くようにして、『行くぞ!変身!』と叫ぶ。」
「ニャニャ?(何だそれは?)」
するとカレルはこうするんですよと見本を見せた。
「行くぞッ!変身ッ!」
カレルはどこぞのヒーローになりきって、シャキーンッ!と超ダサいポーズを格好よく決めた。
「…と、こんな感じで。」
(は、恥ずかしすぎる…!)
しかし、元の姿に戻る為だ。仕方がない。アルベルは赤面しつつ、ちんまい前足を精一杯振り回し、最後にぴしっとポーズを決めた。が、
しーん…。
「はい、没と。」
カレルは淡々と×印を付けた。
ぷるぷるぷる…!
アルベルは恥ずかしさに身を震わせた。しかし、カレルはそんなアルベルのナイーブな気持ちなど全く気にもせず、さっさと次にうつった。
つづく /→目次へ戻る