小説☆カレル編---一線(後編)

  「はぁッ!?」

  「女よりイイらしいっていうのが、一体どんなもんかと…」

  「馬鹿馬鹿しい!」

セックスしてみないかという誘いに対して、ライマーのこの反応。絶対そう来るとは思ってはいたが、予想よりも余計に『馬鹿』を付けられてムッときた。

  「そんなに嫌か?」

  「何を考えてるんだ、お前は!」

こう来るのはわかっていたはずなのに、ライマーの不快そうな表情を見た途端、ドキリと嫌な動悸がして、次に言うはずのセリフが出てこなくなった。

  『馬鹿なこと言うな!』

  『何で?俺は本気だぜ?』

そう言って面白半分でライマーの反応をみるつもりだったのに。急に何をどうすればいいかわからなくなった。このまま黙り込んだ状態でいるのには耐えられない。空転する頭で急いで言葉を探した結果、

  「じゃあいい。別にお前じゃなくても。」

そんな虚勢をはるようなセリフが口をついて出た。一気に惨めな気分になる。本当に馬鹿なことを言ったと、俺は激しく自己嫌悪しながら、この場から逃げ出そうとドアに向かおうとした時、

  「!」

いきなり後ろから腕を引っ張られた。よろけながらバランスを取り、何事かと振り返ると、ライマーが今まで見たことがないほど厳しい顔で俺を睨み下ろしていた。

  「どこへ行く?」

掴まれた腕が痛い。放してもらおうと身じろぎしたが、びくともしなかった。

  「放せ!」

  「どこへ行くと聞いてるんだ!」

  「別にどこでもいいだろ?…兎に角、放せって!」

何でいちいち「部屋に戻ってフテ寝します。」なんて、報告してやらなきゃなんねーのか。答えようとしない俺に焦れたのか、ライマーの指がギリギリと食い込んでくる。この馬鹿力め!俺はライマーを睨みつけた。ライマーも俺を睨み下ろしてくる。

  「…考え直せ。」

一瞬何の事かわからなかった。が、「何を?」と聞きかけてようやくわかった。どうやら「じゃあいい。別にお前じゃなくても。」といったのを間に受け、別の奴を誘いに行こうとしていると勘違いしたらしい。そう思ったら、ふっと心に余裕が出来た。

  「頭ごなしにそんな言われても納得できねぇな。」

だが、そんな余裕も、ライマー次の一言であっさりと吹っ飛んだ。

  「なら、好きにしろ。但し、お前とは絶交だ。」

ライマーは手を放し、突き放すような目で俺を見た。

俺は凍りついた。

―――汚い

そう言われた気がした、その次の瞬間。体が小刻みに震え出した。

  「カレル…?」

異変に気付いたライマーが近寄ってきた。影が覆いかぶさってくるのを感じ、俺は反射的に後退った。

―――汚い…汚い…!

  「カレル!?しっかりしろ!」

息が出来ない!吐き気がする!怖い!嫌だッ!

  「カレルッッ!!」



ぼんやりと目を開けたら、心配そうに俺を覗き込むライマーの顔が目に飛び込んできた。

  「大丈夫か?」

ライマーが優しく声を掛けてきた。ここは?…ああ、ライマーのベッドか。どうやら意識を失ってたらしい。

  「カレル…?」

  「ん…?」

返事をしたら、ライマーがほっとした表情で微笑んだ。

  「驚いたぞ。いきなり倒れて。」

  「ああ…。」

俺も驚いた。あれは一体なんだったのか…。あの感覚は、どこかで…?思い出そうとしたら、急に耳鳴りがしてきた。急いで耳を塞ぐ。ライマーがまた心配する。

  「どうした?気分が悪いのか?」

  「…いや…。」

それ以上考えるなと身体が拒絶反応を起こしているのかもしれない。

  「一体、どうしたんだ?」

  「さあ…?」

考えるのをやめたら耳鳴りも治まってきた。

  「『さあ?』って事はないだろう?」

そんな事言われても、本当にわからない。とにかく今はしゃべりたくない。そんな俺の様子を察したのか、ライマーは答えを聞き出すのを諦めた。

  「このままここで寝ろ。」

ライマーが、シーツを俺の肩までかけなおして立ち上がった。

  (行くな!)

思わずそう言い掛けたのを、寸でのところで飲み込んだ。

明日も朝は早い。ライマーを寝不足にさせるわけにはいかない。

  「ゆっくり休め。」

肩を優しく叩かれたら、気持ちが少し楽になった。

  「…ああ。」

  「お休み。」

  「…お休み。」



俺は枕に顔をうずめて布団を頭まで被った。

  「…。」

心地いい匂いがする。それを味わっているうちに心が落ち着いてきた。

  (忘れよう。)

心の中で誰かがそう言った。

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■あとがき■
カレルがライマーの枕に執着するようになった切欠。時期的には随分前の話です。やがて、『灰色の鳥』へと繋がっていきます。