「アルベル様。お食事が出来ました。」
「ああ。」
アランの呼びかけに、アルベルは待ってましたとばかりに食卓についた。テーブルに並べられたアランの手料理。栄養のバランスから味まで、実に見事だ。アランと暮らすようになってから、いつも食事の時間が楽しみになった。
「今日のメニューはどうですか?お嫌いな物はありますか?」
「いや、ない。うまい。」
例え嫌いな物でも、アランの料理したものなら美味しく食べられるのだ。アランはその返事を聞いて嬉しそうに微笑んだ。
「それはよかったvv」
アランはいつもこうしてアルベルの反応を見、アルベルの好みを把握していく。だから、新しい料理を出した時でも、アルベルの気に入らない事は、まず、ない。
そう、『全て』アルベルの好みなのだ。
そこで、ふとアルベルはアランを見やった。アランはいつものように淡々と食事を口に運んでいる。そう言えば、アランが好き嫌いを言うのを聞いたことがない。
「お前は?好き嫌いは無いのか。」
「そう…ですね。」
「いつも俺の好きな物ばかりじゃなく、自分の好きな物も作れ。」
「はあ…。」
歯切れの悪い返事。アルベルはそこに何かあると感じ、更に突っ込んだ。
「お前の好物は何だ?」
その問いに対し、アランは珍しくしばらく沈黙していた。そして、やっと出した答えは、
「…ありません。」
という信じられないものだった。
「ない!?」
「はい…言われてみれば。…ありません。」
「美味いと思うこともねぇのか!?」
「美味しいとは思いますが、好きかと言われるとそういうわけでもなく…。」
「美味いものを食って、また食いたいとか思わねぇのか!?」
アルベルの驚きっぷりに、アランはいたたまれない気持ちになってきたらしい。
「は…はい…あまり…。」
「信じられねぇ!」
アルベルが盛大に呆れると、アランはとうとう目を伏せた。
「すみません…。」
「別に、謝ることじゃねぇが…お前、もっと物事に執着した方が良いんじゃねぇのか?」
「はい…。」
どこか何かしら欠けていると思っていたが、まさかここまでとは。これは何とかしなければならない。アルベルは、アランを教育しなおすと決めているのだ。
「アラン。自分の好きな食べ物を見つけて来い。明日の夕食はそれだ。」
「は、はい。」
そして、次の日の夕食。テーブルの上におかれた物。
それは、茶碗蒸しだった。
アルベルの大好物だ。アランはそれを恐る恐る出してきた。その様子はさながら、厳しい教師の前に白紙の解答を出す生徒といったところだろう。それでピンと来た。
「これは本当にお前の好物か?」
するとアランは目を伏せた。
「あ、あの…。」
「違うんだな?」
アルベルの厳しい追及に、アランは叱られた子供のようにシュンとなった。
「はい…。これはあなたが一番喜んでくださる物です。」
「誰が俺の好物を出せと言った?」
「あなたがそれを美味しそうに食べてくださる時、私はとても幸せで、また一緒に食べたいと思うのです。だから、それが私の…好きな物…です。」
いつだったかアランは、アルベルと出合う以前は、自分はまるで『抜け殻』のようだったと言っていた。そして、『あなたと出会って生きる喜びを知った』と。それを聞いたときは、また大げさな愛の告白だという程度にしか受け止めていなかったが。
(もしも俺が居なくなったら、こいつは…)
アルベルはアランをじっと見つめた。アランの赦しを乞うような瞳。自分だけを真っ直ぐに見つめる瞳。アルベルはふっと溜息を付き、スプーンを取って茶碗蒸しを一口食べた。滑らかな舌触りとやさしい味付け。沢山の具が入って、まるで宝石箱のようだ。
「美味い。」
アルベルがそういうと、アランがホッとした顔をした。
「まあ…急には無理かもしれねぇだろうが考えておけ。そして、いつか俺に食わせろ。」
「はい。」
アランも茶碗蒸しを食べ始めた。
アルベルが美味しそうに食べるのを、幸せそうに見つめながら。