小説☆アラアル編---初恋(10)

次の日、ライマーは旧幹部ら全員を会議室に集めた。

  「昨日の貴公らの訴えを取り入れ、ヘンリー・ボスマンを副団長付きの参謀とする事にする。」

ライマーがそう告げた瞬間、旧幹部らの者たちが驚き、次には悦びの表情で拍手をした。そんな中、昨日ヘンリーの本性をライマーに打ち明けたヴァレリオだけは、皆に合わせて一応の拍手をしながらライマーに失望のまなざしを向けた。 そんなヴァレリオにライマーがちらりと視線を送ると目が合った。それは一瞬の事だったが、ヴァレリオの目から失望の色が消えた。どうやら何かを察したらしい。ライマーはその察しの良さを快く思いながら、話を続けた。

  「これから幹部の編成を行っていく。年齢身分問わず、能力のあるものに任せる。まずは建物の復旧に取り掛かり、その中で能力のある者を発掘していく。…以上。」

ライマーはそれだけ言うと、席を立った。すると、一人がおずおずと言った。

  「あの、我々の役職は…?」

ヘンリーに役職が与えられたなら、当然自分らもそれなりの地位がもらえると思い込んでいたようだった。

  「役職につきたいなら、それに相応しい能力を見せてもらおう。」

ライマーはそう言い残し、ヘンリーを引き連れて退室していった。残された一同は複雑な表情で互いの顔を見合わせた。



副団長室に戻ると、ライマーはヘンリーにこう告げた。

  「これからはシキと二人で、常に私と行動を共にしてもらいたい。」

  「はい!」

ヘンリーは突然の抜擢に嬉しさを隠し切れない様子だった。そんなヘンリーを、後ろに控えたシキは冷ややかな目で見ていた。



数刻前。ライマーはヘンリーを参謀にするとシキに伝えた。それを聞いたシキは驚いた。だが、

  「まずはあの男を隔離する。」

と言うと、シキはそれだけでライマーの思惑を理解した。

  「成る程。飼い殺しにするわけですか。」

  「勿論いつまでも飼うつもりはない。」

理由をつけて、軍を辞めさせるつもりなのだ。その理由を見つける、もしくは作るのは自分の仕事だ。瞬時にそこまで把握し、

  「任せてください。」

と言ったシキに対し、ライマーは、

  「頼む。」

と信頼の笑みを浮かべたのだった。





晴れて参謀となったヘンリーは、早速人事に口を出してきた。役職を与えられなかった旧幹部らがヘンリーに泣きついたのだろう。

  「彼らを登用してはいかがですか?」

  「何故?」

ライマーがまっすぐに目を見てそう尋ねると、ヘンリーは気後れした様子で目を泳がせた。ライマーの目には不思議と相手の心を開く力があった。そして、後ろ暗いところを持つ人間は、そのまっすぐさに堪えられなくなるのだ。

  「な、何故って、彼らは幹部の経験もありますから、その豊富な経験を活かして」

ヘンリーはもっともらしい理由を挙げようとしたが、ライマーはそこで、

  「今、我々が取り組んでいるのは、これまで手付かずで放置されていた問題だ。」

と、ヘンリーの言葉を遮った。

  「兵士の生活の保障という、真っ先に取り組むべき問題をここまで放置してきたのは誰だ?」

  「は、はぁ…。」

自分らの非を正論でもって指摘され、ヘンリーは何も言えず言葉を濁した。

  「かつての仲間を思う気持ちは理解する。だが、参謀となった以上、情に流されて判断を誤るような事は許されない。期待を裏切らないで欲しい。」

  「は、はい…。」

理解を示されながらの厳しい言葉に、ヘンリーは何も言えずただ小さく返事をした。そこに不満があるのを見て取ったライマーはこう言った。

  「勿論、彼らにも機会は充分に与える。そこで相応の実力を示せば当然採用させてもらう。その実力が相応しいかどうかの判断は貴公に任せる。」

  「え!?」

いきなり採用の判断を任されて、ヘンリーは驚いたようだった。それならば自分のさじ加減でどうとでもなる、そんな甘い考えが浮かんだが、

  「ただし、その判断如何によっては参謀の職を下りてもらう可能性もあることを忘れるな。参謀として、誰もが納得する公正な判断を期待している。」

と、釘を刺され、しかも間違った判断をすればこちらの立場が危うくなるという状況になってしまい、ヘンリーは返事をするのも忘れてただ呆然としていた。



ライマーはヘンリーの意見を取り入れるという表向きの形をとりながら、実際には彼らの性格をよく知るヴァレリオ・オリバス主導の下、旧幹部の者達をバラバラに配属した。そうやって分散させられた事により、彼らの声は格段に小さくなっていった。元々大半の者はそれ程信念を持っている訳ではなかったため、新しい環境が与えられれば、その環境に簡単に染まった。しかもライマーが与えた環境は、今までと違って努力をすれば認められ、一理があれば意見を取り入れてもらえる、やりがいのある真っ当な環境だ。自分達の住処がみるみると改善されていくとあって、皆、以前とは比べ物にならないくらい良い顔で活き活きと働いている。そんな中マルックだけは頑なであったが、その為に逆に孤立しているようだった。





  「おはようございます!」

ライマーを見つけると皆が活き活きとした表情で口々に挨拶をする。190cmを超える長身に、一切の無駄のない肉体。そして誠実さが現われた男らしい顔立ち。その理想的な男らしさに、ファンになる者が続出している。ライマーは各部署を見回りながら、分け隔てなく現場の意見に耳を傾け、的確な指示を出していく。その有能さや容姿の美しさもさることながら、ライマーの誠実さに触れた者は皆、彼に信頼を寄せるのだ。

圧倒的なカリスマ性でもって人を惹き付けるアルベルに対し、ゆるぎない信頼で人の心を掴む、アルベルとは対照的なリーダー像がそこにあった。その不動の背中には尊敬と憧れのまなざしが集まった。

  「ようやく軌道に乗ったな。」

ライマーがつぶやくと、シキが「はい。」とうなずいた。ヘンリーも隣にいるが、シキの有能さと指摘の厳しさに自信喪失する毎日で今やその存在は薄くなり、口数も少なくただそこにいるだけの状態となっていた。

ここまで来るのにかなり時間がかかってしまったが、ようやく基盤が出来た。まずは生活環境の改善、それから部隊の再編など、まだまだやることは山積みだが、これからは改革は加速的に進んでいくだろう。

これでやっとカレルとの時間を作れる。カレルが情緒不安定になっているという連絡をオレストから受けてから、ずいぶん時間が経ってしまっている。ずっと心配しつつも、結局何もできていない。何かあればオレストからすぐに連絡があるはずという状況に甘えて、今日まで来てしまった。

ライマーは現場の見回りを終えると、その足で団長室を訪れた。旧副団長派閥を完全に掌握した事をアルベルに報告するためだ。

  「ご苦労だったな。」

アルベルが満足げにライマーの労をねぎらった。後ろでその報告を聞いていたカレルも誇らしげな表情を浮かべている。

報告を終えたライマーは、肩の荷が降りた気持ちでほっとした。これからはもう、ここに訪れるのを遠慮する事はない。人目がないのを見計らってこっそりとではなく、堂々とカレルに会いに来れる。

  「では。」

ライマーはアルベルに頭を下げた後、きびすを返しながらカレルに視線を送ったが、カレルはさっと目を伏せてしまった。

  『何でか…お前の顔をまともに見れねぇし…こんなん初めてで…自分でもおかしいってわかってんだけどな……なんでこんな…。』

ライマーはあの時のカレルの様子を思い出してふっと笑い、こう言った。

  「カレル…今夜、時間をくれ。」

カレルは目を伏せたまま、

  「あ…ああ。」

と小さな声で返事をした。ライマーはそんなカレルを目で愛すると、残っている仕事を急いで片付けるべく、足早に立ち去っていった。



ライマーが退出した後。アルベルがカレルをじーっと見て言った。

  「お前…顔が真っ赤だぞ。」

アルベルが座っている席からでも耳まで赤くなってるのがよくわかる。

  「えッ!?」

カレルは慌てて顔をこすった。

  「な、なんですかね?ひょっとして風邪?は、ははは…」

アルベルは動揺するカレルを物珍しげに眺めた。

  「お前…………変だぞ?」

  「…わかってます。」

カレルは両手で顔を隠して、消え入るような声でそう答えた。

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