小説☆カレル編短編集---匂い

ある夜。風呂上りにライマーの部屋で一杯やった後、カレルはほろ酔い気分でライマーのベッドに倒れこんだ。ライマーは何でも清潔でピシッとしていないと気がすまない性質。朝起きると、まずシーツと枕カバーを取替え、きちんとベッドを整えるところから一日が始まるのだ。綺麗に洗濯されアイロン掛けまでされたシーツは何とも心地よい。カレルは枕に顔を埋めてうっとりした。

  「んーvvライマーの匂いvv」

  「気色悪いことをするな!」

  「イイ男は匂いもイイってのはホントだな…。知ってるか?旦那もイイ匂いがすんの?」

  「お前まさか…人の枕を嗅いで回ってるのか?」

  「流石にそんな勇気はねぇよ。臭かったらそのまま即死しちまいそうだ。けど…」

カレルはここで再び枕の匂いを吸い込み、はぁっvと溜息を付いた。

  「お前はいい匂いだってのがわかってるからな。旦那は耳打ちしたりする時に、すげぇ優しい匂いがするんだ。…時々、アラン隊長の香水の香りがしたりするけどな。」

カレルは意味深にニヤッと笑うと、枕に頬擦りし、

  「お前はあったかい匂い。病み付きになる…。」

と、スーハースーハーとまるで麻薬中毒患者のように匂いを嗅ぎ始めた。

  「やめろ、変態!」

すると、カレルはガバッと身を起こし、湯冷めしないように寝巻きの上から羽織っていた上着と靴を脱ぎ捨ててベッドにもぐりこんだ。

  「今日はここで寝る。」

  「はあ?何言ってるんだ。ちゃんと自分のところで寝ろ。」

  「嫌だ。」

カレルは枕に抱きついたまま、フイと反対を向いた。ライマーは問答無用で枕を引き抜こうとしたが、カレルが必死でそれに抗ってきた。

  「こら放せ!」

  「嫌だっつってんだろ!」

  「枕が千切れるだろッ!」

  「助けてくれー!ライマーに犯されむぐッ!」

ライマーは慌てて枕を押し返し、それでカレルの口を押さえつけた。

  「馬鹿ッ!大声でとんでもない事を口走るなッ!」

  「息…が…死…ぬ…。」

カレルの苦しげな様子に、力を入れすぎたかとハッと手を緩めると、その隙に枕を盗られてしまった。枕を獲得したカレルは、そのままごろごろっと寝返りを打ち、にんまりと笑った。

  「ガキかお前は!?」

  「あー、何とでも言え。」

  「俺に床で寝ろっていうのか?」

  「一緒に寝ようぜ?ほら?」

カレルは自分の隣をポンポンと叩いた。

  「冗談じゃない!」

そうでなくてもあらぬ噂を立てられているのだ。それを煽るような真似はしたくない。するとカレルは、

  「あっそ。じゃ、俺んとこで寝れば?」

と冷たく言うと、布団を頭から被り、完全にライマーのベッドを占領してしまった。



  (全く、あいつは訳がわからん!)

わかるときはわかるが、わからない時は本当に理解不能だ。ライマーは心の中でぶつぶつと文句を言いながら、カレルの部屋の扉を開けた。

カレルの部屋は相変わらず何にもない。家具はベッドと、服を入れる小さな箪笥、それに簡素な机とイスだけ。机の上には何も置かれておらず、装飾なども一切ない。知らない人間がみたら間違いなく空き部屋だと思うだろう。

唯一、部屋の主が確かにいたという痕跡があるのはベッドだ。今朝、抜け出した跡がぽっかりとそのまま残っている。

  (まるで抜け殻だな。)

しかし、乱れがそれほどひどくなく、シーツやカバーも常に清潔に保たれているのは、ひとえにライマーのお陰だ。

  「シーツなんていつ代えたか覚えてねーよ。」

カレルがあっけらかんと言うのを聞いてから、ライマーが定期的に取替えに来ているのだ。ライマーはシーツをピンと張るように整えてからベッドに入った。



  「…。」

ベッドに横たわると、ライマーは人心地ついたように溜息を付いた。カレルのベッドはどこか懐かしく、心落ち着かせるような匂いがする。それは勿論カレルの匂いだ。ライマーはこの匂いが好きだった。カレルは野菜に偏った食習慣からか、普段は殆ど体臭を感じないが、肩を組んだ時や抱きしめられた時などには、この匂いがライマーをふわりと包み、いつも何とも言えない気持ちにさせられるのだ。

それを味わうように吸いかけて、カレルがライマーのベッドに寝たがった理由が分かると同時に、今の自分が、枕の匂いをうっとりと嗅いでいたカレルと何らかわりがないことに気付いた。

  「変態…。」

自身の言葉に落ち込んでしまったライマーであった。





翌朝、ライマーはシーツを交換し、ベッドを整えてから自分の部屋に帰った。既にカレルは起きた後で、ベッドは一応、  カレルなりに ・・・・・・ ではあるが整えてあった。ちゃんとシーツも代えてくれている。呆れかえる様な我侭を言ったりするくせに、こうして細かいところまで気を遣う。ライマーは苦笑し、たるみ皺の入りまくったシーツを引き剥がして綺麗にやり直しながら、

  「ホント、わからん奴だ。」

とつぶやいた。

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