小説☆カレル編〜短編集---真・オレストは見た!(3)

ふぃー、疲れたー。人事の仕事は忙しいときと暇なときの差が激しくて、若手が入団してくるこの時期は事務処理が一気に増えて大変なんだ。今日はめっちゃ頑張った!明日も頑張らなきゃならないから、今日はもう風呂に入ってとっとと寝よう。

お風呂セットを持って風呂場に向かっていると、カレルさんの部屋のドアがガチャっと開いて、カレルさんが出てきた。手にはタオルと服。

  「あれ、カレルさん、今から風呂ですか?」

  「ああ。」

  「じゃ、ご一緒します!」

やったね♪カレルさんと一緒だ♪俺はルンルン気分でカレルさんと並んで歩き始めた。

俺はほんとにカレルさんが好きだ…って、そういう意味じゃないから!そういう意味ではちゃんと女の子が好きですからッ!彼女大募集中ですからッッ!

カレルさんは俺にとって『大好きな兄ちゃん』なんだ。優しくて、駄目なときはちゃんと叱ってくれて、いつもさり気なく見守ってくれている。そして、ピンチには必ず助けてくれる理想の兄貴。一緒にいると何だか嬉しくなるんだ。幼い弟がぴょんぴょん飛び跳ねながら兄ちゃんの後をついてくように、今日も俺はカレルさんについていく。

  「でも、珍しいですねぇー。風呂で一緒になるの。」

カレルさんは仕事が終わるのがいつも遅いから、中々一緒になれないんだ。欠伸をしていたカレルさんは、はぷっと口を閉じた。あ、今の可愛い。

  「寝不足で集中力が続かなくなっちまったから、今日は早目に切り上げた。」

  「ああ、それはゆっくり休んだほうがいいですよね。カレルさんいつも無理するから。」

こんな風に、毎日自由に風呂に入れるようになったのは、一重にカレルさんのお陰だ。 ここら辺は源泉がいっぱいあって掘れば温泉が出た。なのに、昔は上官しか入れなかった。 その他大勢は三日に一回しか入らせてもらえなかったから、もう臭いの何の!!

アルベル団長の体制になってから、カレルさんはまず温泉を掘らせた。予算をケチらなかったから、すんごい大浴場になった。団長専用の温泉もあって、そこは壁で厳重に囲ってある。ほら〜、あの美貌ですから〜。別にしとかないと、変な気起こす奴らが続出しちゃいますから〜。



部下達が挨拶して出て行くのと入れ違いに浴場に入る。後輩は先輩の後とかそんな決まりはない。いつでも誰でも自由に入れる。汗をかくたんびに入ってる奴もいる。仕事に支障がでなければ、誰もとがめない。寧ろ、風呂に入らないやつの方が白い目で見られる。…臭いからね。

俺がズボンを脱ぎながら腰にタオルを巻こうとモタモタしている間に、カレルさんはすぱっと服を脱ぎ捨てて、すたすたと浴場へと向かった。 見られて恥ずかしいとか、そういうのは…例によってどうでもいいんだろうな。 俺は迷ったけど、やっぱりしっかりタオルを巻いた。自信ないし…。

カレルさんの体にはあちこちに刺青が掘ってある。文字のような、不思議な模様。以前、何も考えずに「カッコイイですね」といったら、一瞬複雑な顔をしたんで、それ以降その話には触れないようにしてる。…ピアスのことにも。

カレルさんは石鹸で頭から足の先までザカザカッと丸洗いしてしまうと、さっさと湯に浸かった。そのペースに合わせるには、俺は結構急がなきゃならない。

これは漆黒の美点なんだけど、こういった風呂や便所など、共同の場は常に清潔に保たれている。知らない人がここを見たら、とても野郎どもの巣窟とは思えないはずだ。これが今の漆黒に徹底されているのは『落ちこぼれ組』時代があったからこそだ。特に湯を汚すのは厳罰の対象。以前、酔っ払って風呂場でゲロッた奴がいたけど、一ヶ月減俸の上、三ヶ月間風呂掃除させられてた。

使ってた場所を元通り綺麗に洗い流してから、湯につかり、カレルさんから少し離れた位置に座った。これがカレルさんが安心していられる距離。そりゃ、男に裸で近寄られたくはないだろうけど、それにしたって、この距離は遠い。カレルさんはセクハラをひどく嫌う。腕とか、普通のとこなら大丈夫なんだけど、セクシャルな部分は絶対にだめ。ちょっと尻を触られただけでも、血相を変えて怒るくらい。だから、「背中流しましょうか。」っていうのもカレルさんには言わない。

カレルさんは湯で顔を洗って、そのまま前髪をかきあげると、人心地着いたように言った。

  「はー…天国、だな。」

いつも髪で隠れているカレルさんの顔が、じっくりとみれるレアなひと時。カレルさんって、線が細くて、スッキリとしたタイプの美形だ。そりゃ、美形度からいえば団長やアラン隊長には敵わない。だけど、カレルさんは表情がとても魅力的なんだ。時々、めちゃめちゃカワイイ顔をするときがあって…なんていうか、ほら、赤ちゃんがにへっと笑顔みせたりするだろ?どんだけオイタしてても全部許しちゃいたくなるような、ああいう表情を見る度、もっと顔を出してた方がいいのにって思う。



  「カレルさんってホントお風呂好きですよね?」

カレルさんは仕事がどんなに遅くなっても必ず風呂に入るのだとか。

  「いや、好きっつーか…習慣だな、これは。」

  「習慣?」

  「スラムでボロい格好してると、それだけで汚ねぇって思われるだろ?お袋はすげぇ気ィ遣って、服は毎日着替えて洗濯だったし、毎日温泉に入りに行かされてた。だから、今もそうしねぇと逆に落ち着かねぇんだ。」

  「え?温泉があったんですか?」

  「そ。天然の。」

  「へえ!いいなぁ!」

俺は風情ある露天風呂を思い浮かべたんだけど、カレルさんは恐ろしいことをさらっと言った。

  「虫とか葉っぱとかがいっぱい浮いてたけどな。網ですくってから入らねぇと、風呂からあがる時にぺたっと体にくっつくんだ。」

虫がぺたっと……それは嫌だ…。

  「俺は正直、面倒くさかったんだけどな。お袋が言うなら仕方が無ねぇって思ってただけなのに、気付けばお袋の想いが習慣としてしっかり染み付いてたわけだ。一日でも入らねぇと、気持ち悪くてしょうがねぇ。」

  「へぇ〜…」

お袋さんかぁ…。そう言えば、随分実家に帰ってないなぁ…。



  「あー茹った。」

といっても、入って10分も経ってない。でも、カレルさんは頬を真っ赤にしてさっさと上がって行った。俺も慌てて付いて上がる。別にこんなにあわせる必要はないんだけど、滅多に一緒になれないからさ。カレルさんのテンポを味わうのも一興だ。体を拭いて、服を着る段階でやっとカレルさんを追い越した。カレルさん、ボタンをはめるのが苦手なんだ。じれったくなるくらい時間を掛けてやっと服を着終えたんだけど、

  「カレルさん、ボタン、ずれてますよ。」

  「あー…もういい、これで。」

  「いいって、そんな…。」

  「どうせすぐ脱ぐんだ。」

『すぐ』ったって、明日の朝でしょ?それを脱ぐの。…と言ったところで、どうせ聞いてもらえないから言わない。

ライマーさんがいたら絶対やり直しだよな…って、あれ?

あれっ!?そう言えば、風呂場で二人セットになってるところを見たことがない!俺としたことが、こんな萌えポイントを見落としてたとわっ!

…いやいや、落ち着け。色眼鏡は外すんだ。冷静に考えろ。あんなにいつも一緒にいる二人が風呂では一緒じゃないのは明らかに変だろ?

  「ライマーさんと一緒に入ったりしないんですか?」

  「そうだな。なんかタイミングがあわねぇんだ。」

  「え?じゃ、一度も一緒に入った事ないんですか?」

  「そりゃ、全くねぇこたねぇけど。アイツ、入ったと思ったらすぐ上がっちまうからな。なんか、一緒に入った気がしねぇんだ。」

  「へ…ぇ…。」

俺は相槌を打ちながら、胸がドキドキするのを抑さえられなかった。

俺はよくライマーさんと一緒になるから知ってる。 ライマーさんは汗をかくまでゆっくり風呂につかるのが好きだ。

でもカレルさんはそれを知らない。

知らないのだ。

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