小説☆カレル編---落ちこぼれ部隊(3)

『愛しいライマーへ。』

  「…。」

草をむしりをしながら、カレルに渡された手紙の冒頭を見て、ライマーはしばし沈黙した。

  「…どうしてよりにもよって恋文形式なんだ?」

それはカレルが考えた暗号文だった。誰かに見られた場合を想定して、恋文としてカモフラージュしているのだ。

  「こそこそ受け渡してた手紙が、何の変哲もないごく普通の手紙だったら、お前どう思う?」

  「成る程。」

まず間違いなく不審に思う。そしてその普通の文面の裏に何かがあると探り出すだろう。そもそも男同士で手紙のやり取りをするということ事態、不自然なのだ。しかし、それが道ならぬ恋のやり取りならば、『こそこそ』していた説明がつく。そして、例えその手紙を見られたとしても、隠れ同性愛というセンセーショナルな特ダネが、上手く真実から目をそらしてくれるというわけだ。

  「それに、これだったらいくらでも言葉を盛り込める。『きりっと前を見つめる清々しく力強い目』とかな。」

  「で。俺もお前に、鳥肌が立つ程大仰で熱烈な恋文を書かなきゃならないわけか。」

  「そういうこと。動詞はそのまんまの意味で使うからな。これだけを頭に叩き込めばいい。」

そういって解読表を渡された。手紙の中に出てきた名詞や形容詞に当てはめるべき言葉が、細かい字で並んでいた。しかし、どれも何らかの形で関連付けてあるので、実に覚えやすい。ライマーは「良く考えたな。」と感心した。

いつもだったら嬉しそうにするなり、威張ってみせるなりするのに、カレルは沈んだ表情のままだ。どうやら酷く落ち込んでいるようだ。

  「それと、これ。」

カレルはライマーに小さな紙切れを渡した。ずらりと人の名前が書かれている。

  「これは?」

  「俺が目をつけた人間。」

いつの間に目をつけたのだろう。ライマーの知らない人間が多かった。しかも上官クラスの人間の名前もある。これをどうやって仲間に引き入れようというのだろう。

  「ウィルには声を掛けないのか?」

ウィルはカレルに助けられて以来、カレルの事を慕っていて、こっそり食料を回してくれたりしているのだ。

  「アイツはいい奴だけどな。メンバーには要らない。」

友達想いのカレルが、こんなことを口にするとは。カレルはうつむいたまま、拾った石で地面に大きな円を描き、その横に並べて描いた小さな円をぐるぐるとなぞって線を太くしている。

  「勿論、いずれは声を掛けるつもりだ。けど、それは部隊の核になる部分が出来上がってからの話だ。」

部隊の中心となる人間とそうでない人間。つまり、ウィルはカレルの構想から外れた人間だと言う事だ。

  「そっちは?」

ライマーはカレルが握り締めていた紙切れを指した。

  「これはお前には関係ない。」

カレルはそう言いつつも、ライマーに見せた。こちらも名前が列挙してある。

  「削除組みだ。」

ライマーは驚いてカレルの横顔を凝視した。カレルは地面に描いた小さな円の中心に小石を二つ置き、それをじっと見つめている。

  「ホントはこれは書く必要はねぇんだけどな。決心が鈍るといけねぇから。上から順番に『卒業』させるなり、辞めさせるなりして、このリストを消してく。」

人を人として何より大切にするカレルが、『リストを消す』などという、そんな無機的な表現をしたことに、カレルの本気を感じた。

  「俺がやろうか?」

  「いいや。」

このことがカレルを落ち込ませているのだと思ってそう言ったのだが、それは違った。カレルは口を開きかけてやめ、しかしやがて意を決したように、小円の中の仲良く並んだ石の片方を大円の方に置くと、ライマーに向き直り、一息に言った。

  「ライマー。お前は一時的に落ちこぼれ組を『卒業』してくれ。」

ライマーは我が耳を疑った。

  「…どういうことだ?」

カレルは地面に描いた大円を指し示した。

  「こっちにいって、そのリストのやつと、それからお前の目から見て、要ると判断したやつを、こっちに落として来て欲しい。」

そう言って、大円から小円を指した。カレルの言葉の意味するところに、ライマーは怒りで目の前の風景がゆがんだ気がした。

  「あいつらに尻尾を振れと言うのか。」

卒業する為には、普段自分らを蔑んでいる奴らに頭を下げてお許しを貰わねばならないのだ。

  「表面上だけだ。」

カレルは目を伏せた。だが、有無を言わさぬ口調だった。

  「メンツがそろったら、すぐに呼び戻す。さっと行ってさっと戻って来てくれればいい。こっちでもお前に頼みたい事は山ほどあるんだ。」

『さっと』なんて、そんなに簡単に行くわけがない。お許しを得る為にどれ程無様にならねばならないのか。自分よりも遥かに低レベルな人間に尻尾を振り、ひたすら媚びへつらい、何をされてもただ耐え続けなければならない。

  「どれだけ屈辱的な事か分かって言ってるのか!?」

  「そんなことは百も承知だ。けど、どうしても必要なことだ。そして、お前以外に頼める奴はいねーんだ。…頼む。」

  「俺には出来ん!」

そう言った瞬間、カレルは立ち上がり、キッとライマーを睨みおろした。

  「出来んって、お前、やってみたのか!?」

  「!」

  「やろうとしねぇだけだろ!?そういうセリフは、まずやってみてから言え!」

まさにカレルの言うとおり。ライマーは反論できなかった。

  「お前の誇り高さは美点ではあるが、今は邪魔だ!一時的にでいいから、どっかに仕舞え!…俺はお前を外したくねぇんだ。」

最後の言葉が止めだった。

ライマーが勢いよく立ち上がって去っていくのを、カレルは酷く傷ついた表情で見送った。



  (俺を外すだと!?これまでお前をずっと支えてきた、その俺を!?)

だが、そう思った瞬間、

  (自分は外されないとでも思ったか?)

ライマーの中で常に自分を見張っている、厳格なもう一人の自分がライマーの甘さ、そして傲慢さを指摘した。

  『目的のために余計な情は一切捨てて突っ走る。』

と言ったカレルの覚悟の一体何を自分は聞いていたのか。

情に甘えていたのは自分の方だ。ただの友人で終わるか。仲間として共に目指す道を歩んで行くか。それは自分次第だ。

  『外したくない』

とカレルは言った。つまりは、外さざるを得ないような人間でいる自分が悪い。カレルは確固たる決意で情を捨て、目的に向かっているのだ。その覚悟に付いていけない人間は邪魔だ。



  「チチチチ…」

不意に頭上から聞こえてきた小鳥の鳴き声に、ライマーはふと立ち止まって空を見上げた。そして見上げた空の高さに、思わず息を呑んだ。

こんな空は久々に見た気がする。 いつだったか、こんな青空の下でカレルと将来の夢を語った。それからそんなに時は経っていないはずなのに、いつのまにか下ばかり向いて暮らしていた。

そのゆったりと流れていく雄大な雲を眺めているうちに、ライマーの中で渦巻いていた感情がするりと抜け落ちた。

この世界の広さに比べたら、自分のこだわりなど、大したことではない。大義の為に生きるのが夢だといいながら、自分はただちっぽけなプライドを守ることに固執していただけだった。

ライマーは冷静になって考えてみた。これ程の汚れ役、自分の他に誰がこなせるだろうか、と。カレルはもし自分がいけるなら、必ずや自分が行こうとしただろう。自分にとってそれは何でもないことだという風を装って。

しかし、カレルは落ちこぼれ組みの部隊長となることを選んだ。人前に出たり、人の上に立って何かをしたりする事が苦手なカレルが、自ら隊長になると決めたのは何故か。それは恐らく自分自身を冷静に分析した結果だろう。落ちこぼれ部隊長は、多少不穏な動きをしても怪しまれることのないように、一見ぱっとしない人間である方がいい。それにはまさにカレルはうってつけであった。

カレルを知らぬ者は、その軟派な雰囲気に皆騙される。いい加減そうに見えて実は几帳面、やる気なさそうな態度の裏で、緻密な計算を繰り広げていることに、人はなかなか気付かない。相手に合わせて話の内容やレベルをガラッと変えてしまうので、本当はどういう人間なのか非常に掴み難いのだ。 特にカレルは、弱っている所を決して人に見せようとしない。その隠し方も実に巧妙であるため、殆どの人間がカレルの表面上だけを受け取らされて、悩みのない能天気な人間だと誤解する。

ライマーにだけは、落ち込んだり泣いたり弱音を吐いたり、素直に有りのままの自分を見せるカレルだが、それでも今まで一度たりとも自ら助けを求めた事はなかった。どうでもいい事は気軽に頼んだりするくせに、苦しければ苦しいほど一人で抱え込もうとする。そのカレルが、「お前が必要だ。」と言い、そしてライマーにとってこれ以上ないほど酷な事だと承知の上で、「頼む。」と言ったのだ。

ライマーは自分を客観的に見つめなおし、分析してみた。自分には気力も体力も知力も十分にある。この漆黒の歪んだ体制の中でもやっていける。また、真面目で行儀が良く、忠臣として理想のタイプである為、特に目上の者から気に入られ、可愛がられる。それを利用すれば早い段階である程度の地位を確立できるだろう。そうなればカレルの指名した者を落とすのも容易になってくる。

そして何より、自分は人から頼りにされやすい。絶対に口を割らないという安心感からか、相手は勝手にこちらを信用し、聞いてもいないのに胸の内を打ち明けてくる。黙ってそれを聞き、時折話の先を促してやるだけで、実に色んな事情を得ることができるのだ。その情報をカレルに流してやれば、カレルの有効な判断材料となるだろう。

やれる、と思った。そして、やるなら徹底してやってみせる。誰にも真似出来ない程に。誰も自分の代わりにはなれぬように。

―――あいつにとって唯一無二の存在であり続けたい。

それがライマーの出した結論であった。





さっきの場所に戻ってみると、カレルはまだ一人でぽつりと草をむしっていた。そのしょんぼりとした背中に、ライマーは苦笑した。一番辛いのはカレルなのだ。カレルだって本当はそんな事をさせたくないに決まっている。だから何度も言うのを躊躇い、あんなに落ち込んでいたのだ。

ライマーは傍に歩み寄ってカレルをじっと見下ろした。しゃがんだまま見上げてきたカレルと目が合う。その目には平然とした色が浮かんでいた。本心を悟られたくない時、カレルはこういう目をするのだ。本当は祈るような気持ちでこっちの出方を窺っている癖に。

  「ゴネて悪かったな。」

と、覚悟を決めた事をそういう言い方で伝えると、途端に後悔と罪悪感と悲しみが入り混じった、それでいて縋るような目になった。

  「ライマー…」

  「そんな情けない目で見るな。さっきの勢いはどうした?」

ライマーがからかうと、カレルは辛そうに目を伏せた。

  「俺はお前に甘えすぎて」

ライマーはそんなカレルの頭をぽんと叩いて、通り過ぎざまにこう言った。

  「俺に任せろ。」

ただ一言。しかしその一言は絶対だった。カレルは立ち上がってライマーの背中をじっと見送った。これ程頼りになる存在は他になかった。



ライマーが上官に地面に額を擦り付けんばかりに頭を下げていた頃、カレルは団長の前でピエロになりきり、散々笑い者にされていた。そうして、ライマーは無事落ちこぼれを卒業し、カレルは晴れて落ちこぼれ部隊長となったのであった。

二人の歩む道は生半可なものではなかった。

つづく /→目次へ戻る