(ちっ、美味そうに食いやがって。)
アルベルは、パフェを食べる客の姿をちらりと横目で睨みながら、フルーツパーラーの前を通り過ぎた。
パフェ。
アイスクリームにフルーツを盛り合わせ、さらにチョコやフルーツソースをかけた、まさに夢のようなデザート。本当は食べてみたい。だが女性客に混じってアレを食う姿はどう見たって間抜けだ。
溜息を付き、いつものように諦めかけた、その時。ふと思った。
(…アランなら作れるんじゃねえか?)
きっと作れるはずだ。そんな期待感がアルベルを急がせた。
勢いよく家の玄関を開けると、アランが驚いた表情でこちらを見ていた。玄関に花を飾っているところだったらしい。
「どうかなさったのですか?」
息を弾ませるアルベルの様子から、アランは何か緊急事態かと心配気に迎え入れた。
「アラン…」
「はい。」
アランが真剣な表情でこちらを見ている。その途端、『パフェ』と口にするのが急に恥ずかしくなった。アルベルはしばらく悩んだ末、こう切り出した。
「お前、菓子は何が作れる?」
アランの予測からあまりにも掛け離れたこの問いに、事態を掴みかねたが、それでも素直にアルベルの質問に答えた。
「…仰ってくだされば何でも作りますが。」
なんと頼もしい答えだろう。じゃあ、パフェは…
「…アイスは?」
「できます。」
「それに果物をのせて、クリームとチョコレートをかけたやつは?」
「パフェ…ですか?」
流石アラン。察しがいい。
「…それだ。」
「あれはただ材料を盛り合わせただけですから、簡単にできます。」
その瞬間、アランの頭上に後光が差しているように思えた。
「フン。じゃあ、作ってみろ。」
アルベルはシレッという感じでそう言ったが、心の中は、言葉にならないくらいラッキーハッピーvv顔が緩んでしまわないように、相当気を引き締めなければならなかった。しかし、アランにはそれが分からない。急いだ様子で『パフェを作ってみろ』と言ったかと思うと、なにやら不機嫌そうに目の前を通り過ぎていくアルベルに、ただただ戸惑うばかりだ。それが、
「は…はい…。」
という歯切れの悪い返事に表れた。一風呂浴びてパフェに備えようと行きかけてたアルベルは、その曖昧な返事に、まさか、とアランを振り返った。
「どうした?」
この期に及んで作れないと言い出すのではないかと心配したが、違った。
「あの…それでどうなさるのですか?」
「は?食うに決まってるだろう?」
バカな事を聞くもんだ。パフェに、食う以外の使い道などないだろうに。アランらしくないと思ったが、アランはまだすっきりしない表情だ。
「あなたが?」
「他に誰かいるか?」
「いえ…。」
「何が言いたい?」
「…何か急用だったのでは?」
それでようやく、アルベルはアランの置かれた状況に気付いた。確かに、『パフェを作れ』なんて、走って来て言うほどのことではなかった。アルベルは微かに頬を赤らめ、
「別に。走り込みをして帰ってきただけだ。」
と、誤魔化した。
パフェ。
自分には一生縁のないものだと諦めていた。それがもうすぐ目の前に現れる。わくわくそわそわと落ち着かない気分を隠しながら、ソファにどっかりと座って待っていると、アランが待ちに待ったアレを運んできた。
アルベルは思わず歓声を上げそうになった。
憧れのパフェに、なんと大好物のプリンまでのっていたのだ!
アランが気を利かせてくれたのだ。アルベルは思わずアランに抱きつきたくなった。しかし、パフェを取り落としでもしたら大変だ。アルベルは今や、取り繕った仮面を被るのも忘れ、目を輝かせてパフェを見つめている。それを見てアランは密かに笑いを噛み殺した。
「どうぞ。」
アルベルは、アランがパフェをテーブルに置くと同時にスプーンをとった。どこから食べるか。まずはプリンだろう。いや、折角のパフェだ。まとめて味わうべきだ。スプーンでプリンとアイスを一緒にすくい、チョコレートのかかったクリームをつけて口に運んだ。
「美味い…!」
アルベルが涙を浮かべんばかりにしみじみとそう言うと、アランがとうとう堪えきれずくすくすと笑いだした。
「何だ?」
「いえ…すみません…そんなに喜んで頂けるとは思わなくて。」
そんなにパフェが食べたかったなんて。アランは、なんとか笑いをおさめようとしながら、アルベルにニッコリ微笑んだ。アルベルは、アランが何で笑っているのかわかったようで、不機嫌な顔をしながら、ちらっとはにかんだ。
(ああ…なんて可愛い人なんだろう…!!)
見えない無数の刃に覆われたアルベルの心の中には、まっさらな少年のままの部分があって、それがこんな風にチラリと垣間見える度、アルベルを力の限り抱きしめたくなるのだ。今はそうする代りに、夢中でパフェを食べるアルベルを目で愛した。
(まさかこんなものがアルベル様をこんなに喜ばせるとは。)
実はパフェはアランの美意識から外れたものだった。ただでさえ甘いアイスクリームの上に生クリームを乗せ、更に甘いソースをかけるなど考えられなかったのだ。しかし、実際に作ってみると、意外な奥深さを感じて、とても楽しかった。
(アイスとプリンは甘さを控えめにして、しかしその分、風味は活かし…それぞれの味が合わさった時、最高の味になるように…)
それこそ無限の組み合わせが出来る。面白い、と思った。興味ないと切り捨てていたものに、実はこんな面白さが潜んでいたなんて。
(これもアルベル様のお陰だ。)
アルベルはこうしていつもアランの世界を広げてくれる。アランはアルベルを見守りながら、次はどんなパフェを作ろうかと考え始めた。