小説☆アラアル編短編集---最高の味

朝だ。アランはベッドの上で小さく溜息を付いた。目を開けて見ると、アルベルは既に起きたのか、隣は空になっていた。それにしても、何故こんなに部屋が明るいのだろう。カーテン越しの光がいつもよりも強い。寝返りを打ち、今は何時かと時計を見た。

  「?」

横になっているからだろうか。針の位置がおかしい。そう思った次の瞬間、アランは飛び起きた。

なんと時計は10時をさしていたのだ。

とんでもなく寝過ごしてしまった。いつも決まった時間に目が覚めるのに。 慌ててベッドから出、ドアノブに手をかけたところではたと立ち止まった。そこには張り紙がしてあった。

  『今日一日寝てろ』

アルベルの字だ。

  (何故…?)

アルベルは出掛けているのだろうか?アランはその紙を取って、そっと寝室を出た。取りあえず、さっきから乾いて仕方がない喉を潤す為に、水を求めてキッチンへ向かった。すると、そこにも張り紙が。

  『仕事及び家事一切禁止』

これは一体どう言う事なのか。兎に角、アルベルに事情を聞こうと、素早く身支度をして、玄関に向かった。だがそこにも張り紙がはってあった。

  『外出禁止。ベッドに戻れ』

アランは三枚の紙を見比べ、しばし途方にくれたが、アルベルの命令には従うしかない。アランは寝室に戻ってベッドに腰掛けた。

  『ベッドに戻れ』そして…『今日一日寝てろ』。

アランは寝巻きに着替えなおしてベッドに横たわった。一体何が起こったのか。アルベルがどういうつもりでこの書置きを書いたのか、その理由をじっくりと考えよう思っていたのだが、いつの間にか眠りに落ちていった。





パタンとドアが閉まる音で目が覚め、それで自分が寝てしまっていた事に気付いた。目を上げると、アルベルの姿。 そして、その後ろには初老の男。アランはちらと眉をしかめて起き上がった。他人に寝室に踏み込まれたくない。

  「ちゃんと大人しくしてたようだな。」

アルベルが満足げに言った。だが、アランはあの張り紙のことよりもまず、その男の方が気になった。

  「そちらは?」

  「ガキの頃から世話になってる医者だ。」

  「医者?」

その男は軽く頭を下げた。



  「風邪ですな。」

アランを診察し終えた医者は聴診器を外しながら言った。

  「風邪?私が?」

すると、アルベルが呆れた。

  「自分で気づかねぇのか、てめぇは!?」

  「は、はぁ…体が重いとは思っていましたが。しかし、いつも動いている内に治まってしまうので…」

  「そういうのを溜めておると、弱った時に一気に噴出して、大事になってしまうのです。ゆっくり養生なされ。」



医者から渡された薬を飲んだアランは、再びベッドに寝かしつけられた。しかし、アルベルが起きているのに眠ってなどいられない。それにキッチンからだろうか、さっきからガタゴトと音がして、それが気になって仕方がない。アランは天井を見ながらじっと聞き耳を立てていた。そこに、

ガッチャーン!!

一際派手な音が鳴り響いた。ベッドから出るなと固く言われていたが、アランはとうとう堪えきれずに起き上がった。

寝巻きの上からショールを羽織って、階段を下りていくと、なにやら異臭がしてきた。キッチンに近づくにつれ、その臭いは強烈になり、そこでアルベルが慣れぬ手付きで割れた食器を片付けていた。アランは急いで近寄った。

  「お怪我はありませんか?」

  「起きるなと言ったはずだ!」

  「ですが…。」

  「いいから、寝てろ!」

厳しくそう言われ、アランはしぶしぶ寝室に戻った。そっとベッドに座る。アルベルが作業をしているというのに、自分は何もせず横になるなんてできない。しかし、薬が効いてきたのか、急に眠気がさしてきた。アランはベッドの背に寄りかかった。少しの間だけ―――



  「!?」

体がぐらりと揺らいだ拍子に目が覚めた。目の前にアルベルがいた。アランの足を抱えてベッドに入れようとしていたのだ。また眠ってしまっていたらしい。

  「なんでこんな格好で寝てんだ。」

  「すみません…。」

  「丁度いい、目が覚めたならこれを食え。」

そう言って、異臭を放つ緑色の物体が入った皿を突きつけられた。それは、いつだったか、アルベルが風邪で寝込んだとき作れと言われた、あの薬草粥だった。父親によく作ってもらったというアルベルの大切な思い出の粥。それを、

  「私のために作ってくださったのですか?」

これほどの感激があるだろうか。アルベルは不機嫌な表情でスプーンを突きつけてきた。

  「おら、スプーン。」

アルベルが不機嫌な表情で照れくささを隠すことを、今は知っている。

  「嬉しい…!有難うございます!」

  「礼を言うのは、それを食ってからにしろ。」

  「はい、頂きます。」

アランはニッコリ微笑んで粥を口に運んだ。嬉しそうに二口目も。アルベルはそれをじーっと見守っていたが、三口目を口に入れたところで怪訝な表情になり、アランに尋ねた。

  「…美味いか?」

  「はい、とてもv」

ところが、アルベルは眉間に皺を寄せた。

  「そんなはずはねぇ。」

  「え…?」

  「ちょっと寄越せ!」

アルベルはアランの手からスプーンを奪うと、自分も一口食べてみた。そして、そのあまりの不味さに思わずむせた。父が作ってくれたもの以上にすさまじい出来栄えだった。

  「大丈夫ですか…?」

アランが優しく背中をさすってくれる。

  「なんで、これを平然と食えるんだ!?」

アルベルは口に入れた粥を、なんとか水で流し込みながら尋ねた。自分で作って、更にはそれを人に食わせておいて、その言い様はない。だが、アランは幸せそうに言った。

  「あなたが作って下さったものですから。これ以上のご馳走はありません。」

アランはアルベルからスプーンを受け取りながら、ふっと微笑んだ。一つのスプーンでこんな風に食べ合えるということは、それだけ親しい間柄である事を示すような気がして。アランはそのスプーンで粥をまた一口食べた。

  (幸せの味だ…。)

その味を、ゆっくりと噛み締めた。





次の朝、

  「お早うございます。」

アランはいつものように朝日の中で微笑んだ。具合はすっかりよくなったようだ。食卓にはいつものように、美味そうな朝食が並んでいる。おしゃれなフルーツサラダに、淡いグリーンの上品なリゾット…どこかで見たような…。

  「まさか…!」

  「昨日のお粥がたくさん余っていましたので、私なりにアレンジしてみました。」

確かに見た目も匂いも全然違う。しかし、元はアレ。昨日の衝撃的な味が思い出され、アルベルは恐る恐る口に運んだ。果たして、そのお味は…?

  「美味い…!」

アルベルは驚いた。一体、どんな魔法をかけたのだろうか?

  「これならいくらでもいける。」

そう言ってやると、アランは嬉しそうに微笑んだ。

  「良かった。お代わりはたくさんありますから。」

確かに、何杯でもお代わり出来ることだろう。そんなつもりはなかったのだが、昨日、試行錯誤する内に出来上がった粥は大量になっていたから。しかし、アレンジでこれだけ味を変えてきたということは、

  「昨日の粥、少しは不味いと思ったんだろう?」

正直に言ってみろとアルベルがからかうと、アランは少し困った顔をしてから、こう微笑んだ。

  「それは秘密です。」

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■あとがき■
一本のスプーンを介しての間接ちっすvvアランは、回し飲みなど、人が口を付けたものに口を付けるなんて絶対有り得ないという人。だからこそ、アルベルが自分の口を付けたものを躊躇いもなく使ってくれたのがすっごく嬉かったわけです。
そして、アルベルはアランの困った顔を見るのが大好きvそこら辺の話もその内。