小説☆カレル編---アルベル精鋭部隊(6)

次の日の早朝、アルベルは完璧に仕上がった新体制案を握り締め、一人、アーリグリフ城の王の部屋に向っていた。当然カレルも一緒に来るものだと思っていたが、

  「俺はここで待ってます。」

と、ついて来ようとはしなかった。

  「…何故だ?」

  「俺は現時点ではまだ『落ちこぼれ部隊長』なんですよ。そんなのがノコノコついてったら旦那まで低く見られる。」

アルベルはカレルを『アルベル精鋭部隊長』として認めたとはいえ、それはまだ内々のことで、正式に承認されているわけではないのだ。

  「そんなの関係――」

  「あります。」

カレルはアルベルの言葉を遮り、悔しそうに、

  「あるんです。」

と念を押した。そのカレルの表情を見た途端、アルベルの腹にメラッと怒りの炎が沸き起こった。何故、この男が『落ちこぼれ』と蔑まれなければならないのか。だが、カレルの方はすぐに肩をすくめてイタズラっぽい表情になり、

  「俺が旦那に接触してるってのは、 副団長 あちら さんにも知れてんですが、まーったく気にもとめられてません。『落ちこぼれ』ってのが、実にいい隠れ蓑になってくれてんです。」

と、あっという間にプラスに切り替えてしまった。

  「けど、一緒に王都に行ったとなれば、なんかあると勘繰られるかもしれない。まあ、まさかこんなに早く事が進んでるとは思いもしねぇでしょうけど、念には念をいれとかねぇと、邪魔されたら鬱陶しいでしょ。兎に角、王の承認を得るまでは目立った動きはしない方がいいと思うんですが。」

  「そうだな。」

アルベルが納得すると、カレルはぴしっと敬礼をした。

  「旦那が帰ってきたらすぐに始動できるよう、俺は準備万端整えて、ここで待っています。」

  「ああ。さっさと行ってくる。」

そして、自分たちの体制を正々堂々と打ち上げてやる。アルベルは確固たる意思を胸に秘め、一人飛流に乗ってカルサアを飛び立ったのだった。





  「成る程。わかった。」

王は、アルベルが差し出した漆黒の新体制案に目を通した後、そう頷いた。そして、後ろで控えている部下に命令を下した。

  「これから会議を行う。ウォルターとヴォックスを呼んできてくれ。」



  「ふーむ。ちゃんと出来ておる。」

アルベルは、ウォルターの意外だという口振りにむっとしつつ、しかし半分以上はカレルが手伝ってくれた事を思い出して、口答えはしなかった。

ウォルターは王から渡された新体制案を、最初から丁寧に目を通していた。

これはアルベルの字ではない。しかも、きちんとした形式にのっとって書かれている。これを作る人間がいたということだ。アルベルにワザと重箱の隅をつつくような質問をしみても、ちゃんと返答が返ってくる。内容を全て把握しているのだ。

ウォルターは、アルベルが人にいいように利用されてしまうような心配は全くもってしていない。ただ、生来面倒くさがりなアルベル、面倒ごとを人に丸投げしてしまうことは十分に考えられるのだ。また、父が死んでから他人を受け入れようとしない様子を見て、軍の中でも全てを拒絶して自分勝手に行動し、完全に孤立してしまうのではないかと、それだけが心配であった。

しかし、どうやらアルベルをしっかり支えてくれる人間が現れたらしい。それがどんな人間かは知らないが、まだアルベルが団長になって日が浅いのにも関わらず、ここまで物事を進められる人間だ。それだけでも、余程の切れ者である事は想像に難くない。

  (はて、漆黒にそのような者がおったかの。)

この改革の構想は、アルベルが団長になる以前からあったものだと考えてよいだろう。そしてその骨格に、アルベルの思想をうまく取り入れたのだ。そうでなければ、この短期間でこれほど完璧なものはできないはずだ。

  (恐らくは、前漆黒団長の体制に不満を持っておった者、か。)

アルベルが団長になったのを機に、その体制をひっくり返そうと名乗り出てきたのだろう。しかし、人一倍気難しい、このアルベルを説得するのは相当難儀するはずである。一体どんな手を使ったのか、是非教えて欲しいものだと、ウォルターは感心ながらそう思った。

実を言うと、ウォルターは時機を見て、自分の部下の中から、最も信頼できる者を、参謀兼教育係としてアルベルの元に下らせようと考えていた。しかし、そうするまでもなかったようだ。アルベルは自分で味方を見つけ、自分自身の頭で軍の行く末を考えている。この何日かの間で、顔つきがしっかりしてきた。

自分の手を完全に離れた、とウォルターは感じた。それは嬉しくもあり、しかし一方で寂しくもあった。



  「『武器・防具は各自自由』とはどういうつもりだ?」

ウォルターから回された新体制案を受け取ったヴォックスは、早速ケチを付け出した。それに対してアルベルは、

  「書いてある通りだ。」

見てわからんのか?と、あからさまに見下した。王やウォルターに対する態度とは180度違う。ヴォックスの口角がぴくっと動いた。

  「まるで賊ではないか。」

ヴォックスの眼光が増したのを毛先ほども気にせず、アルベルはさらに嘲笑った。

  「見た目がそんなに大事か?」

  「心象という言葉を知らんらしいな。一糸乱れぬ兵士の動きが相手を牽制するのだ。」

  「はッ!見掛け倒しにしかならんなら、そんなものはいらん。大体、実力の無い者ほど見かけを気にしたがるもんだ。」

口の減らぬ小僧めが。ヴォックスはギリッと歯軋りし、話題を変えた。

  「それに、この『アルベル精鋭部隊』。漆黒という、れっきとした部隊があるにもかかわらず、それとは別にわざわざ独立部隊を作り、しかもそれに自分の名をつけるとは。ずうずうしいにも程がある。そこまでして自己を顕示したいか。」

その点に関しては、アルベルに全く非はないのだが、そんなことはおくびにも出さず、

  「俺の部隊だ。俺の名をつけてどこが悪い。」

と、ふてぶてしく開き直ってみせた。

  「こんな部隊など、必要ないと言っているのだ。」

  「必要だから作ったのだ。」

  「どんな必要があるというのだ!」

ヴォックスは生意気なことこの上ないアルベルを一喝し、そこで眼を怪しく光らせながら、声を落とした。

  「…よもや、おかしな考えを持っているのではなかろうな。」

  「おかしな考え?何だそれは?言ってみろ。」

ヴォックスが暗に謀反を指しているのを百も承知の癖に、アルベルはわざととぼけた。その、人を小馬鹿にした物言いに、とうとうヴォックスが切れた。

  「小僧ッ!この私を愚弄する気か!?」

  「よせ。」  

机を拳で叩いて声を荒げたヴォックスを、王が止め、

  「ヴォックス、お前が心配する気持ちもわかる。だが、俺はアルベルに任せてみようと思う。」

と、無難な言い方でその場をまとめた。そして、ヴォックスから新体制案を取り上げると、うむを言わさず表紙に王印を押し、アルベルに差し出した。

  「アルベル、お前の思った通りにしてみろ。」

アルベルは王の期待に満ちた目を正面から受け止め、しっかりとそれを受け取った。





アルベルがカルサアに帰ってくると、カレルを筆頭にアルベル精鋭部隊の幹部達が集まっていた。そして、アルベルを敬礼で迎え入れた。

  「準備はできているな?」

  「勿論。」

カレルは、アルベルの乗った飛竜がこちらに帰ってくるのを遠方に捕らえたと同時に、漆黒兵士達に召集を掛けていた。既に兵士達が広場に集まり、何事かとざわめいている。その兵士達の前で、アルベルは漆黒の新体制を宣言するのだ。

  「いくぞ。」

  「はッ!」

颯爽と歩き出したアルベルに、幹部たちが付き従う。これからが大変だ。しかし、不安や迷いは一切なかった。アルベル・ノックス。漆黒の若き団長。これから先、この人と苦楽を共にしながら、一生補佐し、どこまでもついてゆく。カレルはそう心に決め、燦然とオーラを放つアルベルの背中を眩しそうに見上げた。

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■あとがき■
この時、アルベル18歳。アランが軍に配備され、そこで初めてアルベルに会う…っつーより遠くから見つめるだけですが、それはこの2年後。アランが疾風団長になるのはそれから更に4年後。