外から帰ってきて玄関に入ったアルベルは、ふと辺りを見渡した。
「どうかなさいましたか?」
アルベルを迎えに出たアランが、マントを受け取りながら尋ねた。
「いや…」
どこからか花の香りがする。アルベルは匂いを辿り、花瓶に活けられた見事な白バラを探し当てた。
「何の匂いかと思ったら、これか。」
「お嫌いでしたか?」
「いや、別に。」
バラの匂いがきつかったかもしれないと気を揉んでいたアランは、その答えにほっと安心した。
「白バラは私の好きな花なのです。」
アルベルもこの花を好きになってくれないだろうか。母君が好きだったという桜を好きになったように。そんな淡い期待を持って、そう言ってみた。
「花言葉は純粋、尊敬、無邪気…。」
「へぇ…。」
アルベルは指先でバラに触れた。花弁が真っ白な光を放っているかのように見える。バラや花言葉などに興味はないが、ただひとつ感じたこと。それは、
「…お前みたいだな。」
「えっ!?」
アランは驚いた。白バラは自分にとって、そうなりたいという憧れでもあったからだ。
「そんな、私など…」
ちらりと悲しげな表情を見せたアランを、アルベルはじっと見、そして言った。
「お前が自分をどう思ってるか知らんが、俺はそう思った。」
ドキンとアランの胸が弾んだ。アランはもう一度白バラを見た。アルベルはこんな風に自分のことを見てくれている?
「私は…こんなに美しいのですか?」
「はっ、鏡を見りゃわかるだろう?」
アルベルは、お前は何を言ってるんだと笑ったが、アランは目を伏せた。
「…私は自分の顔が嫌いなのです。」
今度はアルベルが驚く番だった。
「そんだけ恵まれて、何が不満なんだ?」
「父に似ているから…。」
人から羨まれることでも、当の本人にとって有難いとは限らない。アルベルは父親に似ていると言われるのが密かに嬉しかったが、そうではない人間もいるのだ。アルベルは世の中そんなもんか、と思いながら、
「いいや、似てない。」
アルベルはきっぱりと言い切り、そしてこう付け加えた。
「だが、そうだな。お前が冷たい目つきをした時は、確かに似てるな。」
アランは鏡台に座って、鏡を見つめた。自分を見返す冷たい目。父親そっくりだ。
『お前が冷たい目つきをした時は、確かに似てるな。』
(やめよう。もう二度としない。)
努力しようと気負うのでもなく、決意して取り組もうというのでもなく、ただ自然にそして腹の底からそうと思えた。すると、鏡の中のアランの目つきがふっと和らいだ。
白バラのもう一つの花言葉は『私はあなたに相応しい』。
自分を白バラのようだと言ってくれたアルベル。
(貴方に相応しい人間になりたい。)
アランは鏡に向かって微笑んだ。