小説☆アラアル番外編---宴の夜に

それは以前、カルサア修練場で打ち上げをしたときの事。カレルとライマーはいつものように酔いつぶれた者たちの面倒を見ていた。そこへ、アランがアルベルを迎えにやってきた。そして、そこで見た光景にアランは血相を変えた。

  「漆黒団長であるアルベル様を、部下と同列に、しかもこのような床の上に雑魚寝させるなど、一体何を考えているのですか!」

  「目の届くとこに置いとかないと、泡吹いてたりしたら大変ですから。」

カレルが事情を説明すると、

  「そこまで飲ませなければいいでしょう!?」

と、アランは厳しい表情でカレルを見下ろした。するとカレルはちょっと困った顔をし、

  「前にも言いましたが…」

と言いかけたが、アランは、

  「あなたはアルベル様のお守りではないのでしたね。」

と、ピシャッとその先を遮った。カレルは軽く肩をすくめ、その通りだと言うことを示した。

  「止めたって聞きそうにない状況でしたからね。」

事実、カレルは一応止めたのだ。が、漆黒で一番酒に弱い人間は誰かというノリで始まった飲み比べの最中に、負けず嫌いのアルベルが引き下がるはずもなかった。結果、アルベルが真っ先に倒れたのだが。

  「では、床で寝るというのもアルベル様が仰ったのですか?」

アランはそう言いながら、正体もなく酔いつぶれてしまったアルベルをそっと抱え起こした。その後姿には、厳しいぴりぴりとした空気が張り詰めている。

  「いや、それは…」

カレルが答えようとすると、それより先にそれまでずっと黙っていたライマーが口を開いた。

  「アルベル団長は特別扱いされることを嫌います。こういう無礼講の席では特に。」

カレルは小さく「やめとけ。」と止めたが、ライマーはそれを無視し、それがアランの神経を逆撫ですることだ知りながら、

  「ご存知なかったのですか?」

と言い放った。今度こそ、アランは怒りを顕にした。アルベルの事を誰よりも知っていたいアランにとって、ライマーのこの一言は許せるものではなかった。アルベルを横抱きに抱いたまま振り返り、鋭い視線でライマーを睨んだ。カレルは慌ててライマーを押しのけ、頭を下げた。

  「申し訳ありません!この非礼、部隊長である私の責任として謹んでお詫び申し上げます。酔いの上での事と、どうか寛大なるお許しを。」

カレルが『部隊長』の名を出したということは、ライマーはその部下としてそれに従わなければならない。ライマーは奥歯を噛み締めながらも、カレルにならって頭を下げた。

アランは無言でそれを冷たく見据えていたが、結局何も言わずそのまま立ち去った。カレルが公の立場を口にして詫び、頭を下げた以上、アランとしても私的な感情でこれ以上事を荒立てることは、アルベルの事を考えると得策とはいえなかったからだ。



アランが立ち去ると、カレルはホウッと安堵のため息を付いてライマーの背中をばしっと叩いた。

  「お前な、目ぇ付けられたら相当厄介だぞ。わかってんだろ?」

  「さあな。」

ライマーは憤然と席に座り、グッと酒を煽った。

  「『大事な大事なアルベル様』がジャガイモみてぇに床に転がされてたんだ。そりゃ色々言いたくもなるさ。可愛いもんじゃないか。」

  「はあ!?可愛い?お前、正気か?」

ライマーは信じられないというように親友の顔を見た。

  「普段全く隙のない人間が、旦那の事で必死になってアタフタしてるのを見てると、なんかこう、微笑ましいっつーか。」

  「お前な…あれだけ酷い目に合わされておいて、なんでそんなことが言えるんだ?」

それはヴォックスが生きていた頃の話だ。恐らくはヴォックスの命令だったのだろう、今はそういうことはなくなったが、アランのお陰でしばしば窮地に追いやられ、度々命の危険に晒された。しかし、

  「俺、頭のいい人間、嫌いじゃねーんだ。筋はちゃんと通してくれるし。」

  「ったく!お前は博愛主義者か?」

  「博愛主義?俺が?」

カレルはへらっと笑い、それでライマーもカレルのある一面を思い出した。

カレルは自分に甘い人間が嫌いだった。人の気持ちに敏感で、人が傷つくくらいなら自分が傷つくことを選ぶほどの優しさを持っている癖に、自己に対する弱さに対しては一転して厳しくなり、逃げを決して許そうとしない。相手にそういう甘さを見て取るや、それがどんなに残酷なことであろうと、相手に容赦なく現実を突きつける。それを受け入れようと努力する人間に対しては親身になり、最後まで面倒見ようとするのだが、それを拒んだり逃げようとしたりする人間に対しては、現実を直視せざるを得ない状況になるまで徹底的に追い詰めてしまうのだ。自他共に厳しいライマーですら見かねて、カレルから庇ってやることもよくあることだった。

実際、受け入れがたい自分の現実の姿を受け入れるのは、精神的にキツイことである。いつだって自分は間違ってないと思っていたいものだ。ライマー自身も以前、カレルに容赦なくやり込められた事があり、今でこそそれが自分の為になったと感謝しているが、まだ心が幼かった当時は自尊心を酷く傷つけられ、本気で恨んだものだった。

カレルは人当たりがよく、一見誰とでも仲良くしているように見えるが、それはあくまで軽い付き合いの範囲だ。深く付き合おうとすると、弱い人間はとてもじゃないが傍にはいられない。因みに、アルベル精鋭部隊の連中は皆、カレルのこの厳しさを知っているし、それに耐え得るだけの精神を持った連中なのだ。

  「アラン隊長は自分の気持ちに実に素直だから、その点はすげぇわかりやすい。俺がわかんねーのは、寧ろお前の方だ。別に被害を受けたわけでもねぇのに、何でそんなに嫌う?理由なく嫌うお前じゃねぇだろ?」

ライマーは言おうか言うまいかしばらく迷って、しばしの沈黙の後、ぼそりと答えた。

  「……お前を目の敵にしてるのが気に入らない。」

  「なんだ、そういうことか。」

カレルはにーっと笑ってライマーの顔を覗き込んだ。

  「愛されちゃってんなー、俺♪」

ライマーは眉間に軽く皺を寄せ、にやにやしながら自分をからかおうとするカレルをシッシッと追い払った。

  「その表現は非常に気に入らないが……まあ、そういうことだ。お前が小突かれてるのを見ると無性に腹が立つ。いっそ自分が食らってる方がましだ。」

  「ありゃ、嫉妬なんだよ。旦那の周りをうろちょろするのが気にいらねぇんだろ。」

  「それにしては度が過ぎる。」

  「それはもっともだ。けど、最近、ひょっとして…自分でセーブできねぇんじゃねぇかって、そんな気がしてきた。」

どうやらカレルはアランを観察しているらしい。これはかなり気に入っている証拠だ。カレルは人の心を覗きたがる癖があり、それが複雑であればあるほど興味を持つのだ。

  「目の前で部下が死んでも眉一つ動かさず次の命令を下すような男が?」

  「そんな人間が、何を間違ったか男に恋して自分を抑えきれなくなるわけだ。な、面白れぇだろ?」

ワクワクした表情でそう語るカレルに、ライマーは呆れ、

  「全然。」

とあっさり切り捨てた。





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アランは酔い覚ましにハチミツ水を作り、ベッドで上半身を起こしてきたアルベルに渡した。そして、アルベルがそれをゆっくりと飲むのを傍に立って見守りながら尋ねた。

  「何故アルベル様は、あんな使い難い者達を身辺に置かれるのですか?もっと優秀で扱いやすい人間はいくらでもいるというのに。」

そもそも、軍隊において、自分でものを考えるような人間は必要ない。右と言われれば右、左といわれれば左。例えそれによって死ぬかもしれないとしても、間違いなく命令を遂行する人間こそ必要なのだ。だが、

  「扱いやすい人間?」

と振り向いたアルベルの表情から、そういう言い方をすべきではなかったと気付き、アランは慌てて言葉を繋いだ。

  「命令から外れて、それぞれが勝手に動かれたりしたら困るのでは?命令を厳守してくれる人間を身近に置かれた方が、何事もスムーズに運ぶと思うのですが。」

  「いちいちあーしろこーしろ言うのが面倒だ。それに、奴らはそれぞれ手前のやり方で好き勝手には動くが、命令は厳守する。俺は、こうするという意思を示すだけでいいわけだ。実に楽でいい。」

  「アルベル様の意思に反することをしたりするようなことは…」

  「そんな奴はそもそも精鋭部隊の中にはおらん。カレルの奴がそこはキッチリ抑えているからな。たまに変な気を回して余計なことをしてくれることもあるが、その判断が間違っていたことはない。寧ろ、いつもそれで助けられる。」

カレル・シューインに対する絶大なる信頼を感じて、アランが悔しさを噛み締めていると、アルベルは空になったグラスをアランに渡し、挑戦するかのように見上げてきた。その瞳には強い自信が漲っている。

  「言っておくが、奴らに『何も考えるな。ただ命令に従え。』と命令すればそう動く。お前の部下はそれは得意なようだが、『自分で判断しろ。』という命令をこなせる奴はいるのか?」

アランは何も言えず、ただ恐縮して深々と頭を下げた。

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■あとがき■
『窮地に追いやられ、度々命の危険に晒された』って部分、カレル編にていつか書いてみようと思っとります。ライマーがカレルにやり込められたってのも…出来れば。