「くそっ…」
アルベルはベッドの上で、シャツはたくし上げられて胸はむき出し、下着は腿までずり下ろされた、そんなあられもない姿で息を荒げながら、悔しそうにつぶやいた。対するアランはまだ着衣のまま息も乱しておらず、ぐったりしているアルベルから手際よくシャツと下着を剥ぎ取ると、自分も襟のボタンを外しながらベッドに乗ってきた。
コレからが本番なのだ。そう考えるだけで身体がじーんと甘く疼くというのに、アランはあくまでも涼しげな顔。アルベルはそれを忌々しげに睨み付けた。しかし、普段なら相手を竦ませる鋭い眼力も、頬を上気させながらの潤んだ瞳では、その威力は全く別のものに変わってしまう。
「なんでてめぇはそんな余裕でいられるんだ!」
するとアランはくすっと笑い、
「あなたの身体はすごく敏感で、感じる部分がとても多い…。ですから、こうして順番に触れていくだけで、こんなにも反応しまうのです。」
と言いながら、長くほっそりとした指を肌にするりと滑らせてきた。途端に、アルベルの火照った身体にまたスイッチが入りそうになり、アルベルは慌ててその悪戯な手を引っつかんで、アランに投げ返した。
「お前にもないわけじゃねぇだろう!?」
「しかし、あなた程ではありません。あなたの体はいつも私を夢中にさせてしまう…。」
アランがそう言ってキスしようとしてきたのを、アルベルは乱暴に押しのけて起き上がり、口で右の手袋を外しながら命令した。
「脱いでそこに横たわれ!俺が調べてやる。」
(綺麗だ…。)
こんな風にアランの裸体をじっくり見るのは初めてだ。アランの体はどこもかしこも完璧だった。染み一つない滑らかで白い肌。身体の線は絶妙なる美のラインを描いている。目元、口元、顎のライン、そして指先に至るまで、まるでそこに涼やかな空気があるかのようだ。
アルベルは早速アランの上にまたがり、アランの喉から胸の中心をするりと撫でおろした。そして、アランがピクリと反応したところで手を止めた。
「この辺りか?」
指先でそこを弄びながら、ここが感じるのかと聞いた。アランが「はい。」と正直に答えると、そこに口付けてちゅうっと吸った。どうやら、こうしてアランの弱い部分に印をつけていくつもりらしい。アルベルは口を離して紅い印が付いたのを確認すると、アランの方を見て不敵に笑った。アランはそれに微笑み返しながら、
(困った人だ…。)
と胸を熱くさせた。この他愛のないイタズラもさることながら、全裸にニーソックスのみという姿がどれ程悩殺的なのか、当の本人は全く気付いていない。太ももが隠されてしまっている事によって、裸の部分が剥き出しであることが強調されている。その、より一層際立った白い肌に触れたくて堪らない。しかし、引き寄せられるように手を伸ばし、あと少しで触れられるというところで、無情にも「触るな。」との命令が下されてしまった。
そんな生殺しの状態に加えて、アルベル自ら愛撫してくれる――本人は恐らくその事に気付いていないと思われる――という極めて稀で、そしてこれ以上ないほど嬉しい事態の中、何もせずじっと横たわっていなければならなくなってしまったのだ。見えない鎖でがんじがらめにされ、心も体も嫌が応にも高揚していく。
そんなアランの苦悶を知ってか知らずか、アルベルはアランの体中を丹念になぞりながら印を付けている。アルベルの手の平の感触、吐息の感触、さらさらと触れる髪の感触、肌をちゅくちゅくと吸い上げる唇と舌の感触。それらが織り交ざってアランをかき立てていく。骨盤辺りを弄られたときには、アランは思わず小さく声を上げてしまった。
「お前は腰の辺りが感じるらしいな。」
アルベルはまるで研究者のようにそう言い、また一つアランに印をつけた。
「ッ…!」
それがアランの中枢をダイレクトに刺激してきた。アランは思わず身をよじってそれから逃れようとしたが、
「動くな。」
と厳しく命令されれば、それには決して逆らえない。中心は素通りされ、太ももから膝へ移り、更にはうつ伏せにされた。そこをアルベルはじっくり時間をかけて探っていく。アランは枕を掴んで、体を震わせながらじっとそれに耐えるしかなく、やがてアルベルが吸い疲れた事でやっとその責め苦から開放されたときには、体の芯までとろとろに蕩け、完全に出来上がった状態になってしまっていた。それを見つけたアルベルは得意げに笑った。アルベルが笑顔を浮かべると、美しくも鋭い刃のような雰囲気がふわっと和らぎ、少年のように輝いてとても可愛い。
「そんなに感じたか?」
あれ程の事をされて感じないわけがないのだが。アランが何とも困った表情でアルベルを見つめると、アルベルはすっと小悪魔的な笑みを浮かべ、アランのそこに触れて来た。今度は、それがアランをかき立てる行為だとはっきりと認識した上で。♂
「ッ!」
途端にアランの息が乱れてきた。アルベルは右手をゆっくりと動かしながら、アランの表情を見守った。
「目を開けろ。」
アルベルが命じるとアランは目を開けた。だが、同時にぐいっと擦り上げられた反動で、
「あッ…!」
と、仰け反りながら小さく声を上げると再び目を瞑ってしまった。アルベルがすかさずそれを咎める。
「目を開けろと言ってるんだ。」
「は……。」
深い紫色の瞳が縋るような目でこちらを見てきたのを捕らえ、アルベルはすっと目を細めて、勝者の笑みを浮かべた。
「自分の痴態を見られる気分はどうだ?」
すると、アランの火照った頬にさらに血が上った。
「恥ずかしいか?」
「…は……はい…。」
アランは口元を手の甲で押さえ、羞恥に耐えている。こんなに淫らな状況にあってさえ、そんな何気ない仕草にも上品さが漂う。
「目を伏せるな。俺に逆らう気か?」
アルベルは楽しくて堪らない思いでそうしながら、手の動きを巧みにした。
「あ…ぁ…!」
アランが何故いつも自分の乱れる様を見たがるのか、何故焦らしに焦らしながらなかなかいかせようとはしないのか、こうしているとその理由がよくわかる。
震える手でシーツを掴む様、切なげに快楽に耐える表情、仰け反らせた顎からの線の美しさ。白い頬がバラ色に美しく色づいた様。美しい肉体が身悶える様。それらがアルベルを妖しく誘う。
穢れを許さぬ白い軍服に身を包み、優雅な仕草で部下に命令する清廉な姿からは、アランがこんなに淫らで、堪らなくそそる表情を見せるなど、想像することすらできない。
この美しい男をこんなに悶えさせているのは自分。今、この瞬間、この男は紛れもなく自分のモノなのだと強く感じる。このまま、いつまでもこの姿を見ていたい。
しかし、残念な事にアランの方は限界が近づいているようだ。アルベルの命令は絶対と仰ぎ、一度たりとも破った事のないアランが、『目を開けろ。』という命令を最早遂行できないでいる。アルベルは動かしていた手を止め、もう片方の手でアランの髪を掴みながら耳に口を寄せた。
「まだいくなよ?」
そういいながら、指の腹で先端をくすぐる。
「はぁはぁッ…しかし…ッ…もう…ッ……」
アランは息も絶え絶えで訴えたが、アルベルは非情にも、
「だめだ。俺がいいと言うまで耐えろ。これは絶対命令だ。」
と厳しく命令し、再び握りこみながら、さらに舌先で耳朶をくすぐった。その瞬間、アランは体を震わせ、我を忘れてシーツを掴み、短く叫んだ。
「ッア!」
アルベルが耳元でくすっと笑う。その吐息まで追い討ちをかけるように体中にざわめきを送った。アランは震える手で、再び動き始めたアルベルの手に縋ってきた。すかさずそれを厳しく諌めると、アランは必死で耐えながらも命令に従う。
(ふっ。可愛い奴だ…。)
アランがこんなにも命令に従うのは、自分に愛されたいが為。自分に愛される為なら、この男は何だってするのだ。そう思うと、アルベルはアランの事が愛しくて愛しくてたまらなくなった。
もっと狂わせたい。もっと!もっと!!
アランをいかせぬようにしながら、体の奥から突き上げてくる欲情を持て余し、アランの体中に点在している印を噛み付くようになぶり始めると、アランの喘ぎに声が混じりだした。その声が、また堪らなくそそる。
やがてアランが本気で許しを乞うてきた。この楽しみが終わってしまうのは残念であったが、アランが目に涙を浮かべてきたので、そろそろ解放してやることにした。
「いいだろう。いくところまでしっかりと見届けてやる。」
アルベルは手の動きを早めた。そして、
「落ちろ。」
と、アルベルが命じた瞬間、アランは体を震わせ、恍惚の表情で気をやるほどの絶頂に達した。
「ああッ!はあッはぁッ…ッ…はぁッ…」
全身に鳥肌が立ち、目の前に光が飛び散る。放出する度に襲ってくるめまいがするほどの強烈な快感に、体がのたうつのを止める事ができない。これは紛れもなくアルベル自らがくれた快感。その幸福感が快感をさらに何倍にも膨らませる。まさかこれ程の快感があろうとは。
狂乱の嵐が去り、放心状態になっていたアランを、アルベルが覗き込んできた。
「どうだ、参ったか。」
アランが気だるさと闘いながら、微かに微笑んで頷くと、
「いつもやられっぱなしだと思うなよ?」
と、アルベルは勝ち誇った。だが、アランの、
「こんな風にあなたに愛してもらえるなんて、私は幸せです。」
という一言で、途端にうろたえ出した。
「だっ、誰が愛…べっ、別にっそんなつもりは…!」
「違うのですか…?」
「違う!ただお前がいつも余裕面してるのが気に入らなかったからやり返してやろうとしただけで別にそんな深い意味があったわけじゃ…」
怒涛の勢いで言い訳をするアルベルに、アランは重い体を起こしながら「でも…」続けた。
「私の痴態をご覧になって、こんな風に昂ぶらせて下さったのでしょう?」
そう言いながら、アルベルの興奮しきったソコに熱い視線を送ると、アルベルはカァッとゆでダコのように真っ赤になり、「見るなッ!」と慌ててシーツでそこを隠した。アランはそんなアルベルが愛しくてたまらず、
「嬉しい…。」
と、幸せそうに微笑んだ。アルベルは顔を真っ赤にしながらも、その笑顔に見惚れ、その間にアランがそっとシーツを剥ぎ取るのを、つい許してしまった。
アランがすっと身をかがめていく。
アルベルは抵抗しなかった。
これから存分に味わう事になる極上の快感への期待感が、鼓動を早くさせる。
アランの唇がすぐそこに…
♂