小説☆アルベル編---少年時代〜アルベル編〜

  「アルベルは?」

グラオは勢いよくウォルターの部屋に入るなり、挨拶も無くいきなりそう聞いた。仕事の都合でグラオがアーリグリフ城にしばらく滞在していた間、ウォルターがアルベルを預かっていたのだ。

  「寝ている。」

  「どこだ?部屋には居なかったが。」

嘘を付くなと言わんばかりだ。呆れた事に、まず最初に訪れるべき家主の部屋の前を素通りして、息子がいるはずの部屋に行ったのだ。愛息子に一刻も早く会いたいのだろう。

グラオはアルベルが生まれてから本当に変わった。まさかこんなに親馬鹿になろうとは、誰が想像できただろう。ウォルターは呆れながら、

  「あそこだ。」

と、窓の方を顎で指した。グラオはそれだけで全てを悟った。

  「…またか。何をした?」

窓からは屋敷の裏庭が見える。中央に大きな木があり、アルベルはそこに縛り付けられたままうな垂れていた。元気の有り余った可愛い天使は、今は大人しく眠っているようだ。

  「上を見てみろ。」

グラオは天井を見て絶句した。そこにはぽっかりと穴が空き、晴れ渡る青空が覗いていた。

  「……えらく、風通しがよくなったな。」

  「そうだな。」

  「…………いっそ天窓にでもしたらどうだ?」

  「そうだな。」

  「………………ま、まあ、俺からもきつーく灸を据えてやる。」

グラオはそういうなり、逃げるようにソソクサと部屋を出て行った。

  「何が、きつーく、だ。」

ウォルターからすれば、グラオの『きつーく』など、甘すぎて話にならない。自分の部下に対してはあれ程厳しいくせに、アルベルに対してはついゆるくなるらしい。しかし、それでアルベルが出来損なうなどの心配はしていなかった。日頃、情けない程甘いグラオも、人として身につけておくべき根幹の部分はしっかりと躾けているからだ。本当は叱りたくなどないのだが、グラオもこのときばかりは心を鬼にする。息子が間違った人間にならぬよう、心から願い、心底愛するが故だ。

アルベルは実にのびのびと成長している。

ウォルターが窓から様子を見ていると、グラオは真っ直ぐにアルベルに近寄っていった。そして案の定、さっさとアルベルの戒めを解いてしまうと、灸をすえるどころか、嬉しそうにアルベルの頬にキスしながら抱き上げた。アルベルは寝ぼけながら父の首に抱きつき、またコトンと眠りについた。

  「我が子、か…。」

アルベルを愛しそうに抱いているグラオの姿を、ウォルターは羨ましいと思った。

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■あとがき■
アルベルを縛り付ける木。細い方が縛りやすいのに、敢えて大きな木にしているのは、大きな木の下の方が日陰になるから。ウォルターもアルベルを愛しく思っているのです。