静かに雨が降っていた。
その為か、少し肌寒さを感じる。
そこを訪れたのはたまたまだった。帰って来いという、親からの矢のような催促に負けて、仕方なく久しぶりに帰った実家から戻る途中、ただ近くに来たので、ちょっと寄ってみようと思っただけだった。
その墓地にはアランの実の母が眠っていた。母が死んだのはアランが10歳の時。その葬式以来、一度も訪れることはなかった。父に許されていなかったのだ。でも、もうそんなことは関係ないと、一人中へ入っていった。
(あれは―――)
アルベルの後姿を見つけた。冷たい雨に打たれながら、二つ並んだ墓石の前に佇んでいる。
その様子に、近づきがたいものを感じて離れて様子を見ていると、老人に声をかけられた。墓守のようだ。
「お若いの、墓参りですかな?」
「ええ。でも―――」
とアルベルの方を見やると、
「すまぬが、しばらく、そっとしておいてやってくださらんか。」
「あれはアルベル様ですね。お父上のお墓参りに来られているのでしょうか?もう一つは?」
「あれは母君のものですじゃ。アルベル様は幼くして母君をなくされておりましてな。」
「どんな方だったのですか?」
「それはそれはお美しい方だったとか。奥方様を亡くされて、グラオ様はほんに落ち込まれて。それを、必死に元気付けようとなさる幼いアルベル様のお姿に、わしは胸を打たれました。まだ、自分が母親が恋しいさかりじゃというに、それを隠して、父君を思いやりなさる、おやさしい方ですじゃ。」
と涙ぐむ。
―――親父、そんなに落ち込んでたら、母上が心配するだろ?
―――母上と約束したんだ。親父のことは俺に任せろって。
―――俺がしっかり親父の面倒をみてやらねえと、母上が安心して眠れねえからな。
「グラオ様とアルベル様はほんに仲の良い親子で。毎年2人で、母君の墓参りに来られておった。しかし、父君が亡くなられてからは、たった1人で、いつもあの様に、じっと佇んでいなさるのじゃ。」
「確か、焔の継承で父君を亡くされたと…。」
「お痛ましいことですじゃ。あれから、アルベル様は変わられた。決して人を近づけようとせず、いつもお一人でおられるようになった。自分の為に誰かが死ぬのは嫌じゃとおっしゃられましてな。父君が亡くなったのは自分のせいだと、御自分を責めていなさるのじゃ。」
―――俺の弱さが親父を殺した。俺がもっと強ければ!強く、強くなりたい!!!
アランにもその、身を切り裂くような叫びが聞こえたような気がした。
(あれほど強さに執着するのはその為だったのか…。)
しばらくして、アルベルがこちらへ歩いてきた。アランの方へはちらり一瞥をくれただけで無視された。
「爺、家に入ってろと言っただろうが。」
そのやさしい眼差しにアランの胸がドキリとなった。
(この人もこんな顔をするのか…。)
アルベルのこんな顔を知る者など殆どいないだろう。
なんだか特別な宝物をもらったような気がした。
「雨も降っとりますし、わしゃ心配で。さ、早よう中にお入りなされ。」
「いい。もう帰る。邪魔したな。」
アルベルはそう言うと、そのまま雨の中を立ち去っていった。
アランはそれをずっと見送った。目が離せなかった。
もっとアルベルのことが知りたい、強くそう思った。