小説☆アラアル編---舞踏会(1)

アルベルとアドレーの試合によって予想以上に破壊された闘技場の修理に、兵士達が忙しく動き回っている。舞踏会が始まるまでに直さなくてはならないとあって、焦りによる怒声が飛び交う。

アーリグリフ城でも、それぞれが舞踏会の準備に追われていた。

  (そろそろ着替えなくちゃ…。)

現場の指示に走り回っていたクレアは、急いで自分の部屋へ戻った。

  「あっ!」

ドアを開けた瞬間、行儀の悪い事に、思わず舌打ちしそうになってしまった。鏡台に座って、勝手にクレアのクシを使っている父の姿を見つけたのだ。疾風の兵士達が気を利かせてこの部屋に案内してくれたのだろう。父にはこの部屋を教えないでくれと言っておけばよかった。実の父を避けようとするなんて、人は変に思うだろうが、父がどういう人間かを知ればきっと理解し、更には同情してくれるはずだ。 案の定、クレアが毎日つけている日記を探した形跡があった。万が一のことを考えてネルに預けておいてよかった。日記に付けられた鍵など、この父の前ではか細い紙ひも程度のものでしかないのだから。勝手な結婚の話といい、今度という今度は徹底的にわかってもらわなければならない。クレアはつかつかと歩み寄った。

  「お父様!人の物を勝手に触らないで下さいと……!!!」

振り向いた父の顔を見たクレアは、ヒッと息を飲んだ。

  「どうじゃ?なかなかの美女じゃろう?」

どぎつい化粧が施された髭面が、得意満面の笑みを浮かべた。





舞踏会用の衣装に着替えながら、アランは暗い表情で考え込んでいた。

  (結婚…。アルベル様があの女と…?)

アルベルは拒否した…と思う。アドレーの声はあの騒音の中でもはっきりと聞こえたが、アランの座っていた席までアルベルの声はあまり聞こえなかった。でも少なくとも、アルベルが怒っていたのは確かだ。だから、何も心配する事はない。何しろ、アルベルはアランの事を特別だと言ってくれたのだから。

しかし、国家の状況を考えると、そう楽観視できそうにない。 アーリグリフ国王がシーハーツ女王の血縁者と結婚した事で、それまで敵対していた二国の関係が友和へと転換した。ここで漆黒団長とクリムゾンブレイドが結婚すれば、王の掲げる二国の統合は実現に向けて一気に加速するだろう。王は、必ずこの話に興味を持つはずだ。そして、個人的事情に対しては一応の理解を示しつつも、大局的な見地を優先するだろう。もし本格的に二人の結婚の話が進んでしまったら…。国家の思惑に、個人が抗えるはずもない。

  (しかし、本当に結婚の話がすすんでしまったとしても、それは形式上のこと。あの女にはせいぜい豪華な邸宅でも与えて、遠ざけておけば良い。何も心配することは…)

だが、クレアの顔を思い出すと、言いようのない不安がこみ上げてきた。顔の造形は美しい部類に入る。頭も悪くはない。地位も家柄も申し分ない。

アランは鏡に映る自分の姿を見つめた。父の面差しがちらつくのが嫌で仕方がないが、客観的に見れば美しさについては負けていないと思う。地位は対等。頭脳はこちらが上。家柄は…実状は魑魅魍魎の巣窟だとしても、貴族といえば社会的には最高だろう。

だが、男であるアランがどう逆立ちしても勝てない事。 それは『女』という存在であること。

女は子どもが産める。そして何より、結婚相手として誰からも祝福される。公に出来ない男同士の関係と比べたら、まさに陰と日向。

  (もし私が女だったら…)

誰か人が来たからといって、すごい勢いで振り払われたり、突き飛ばされたりされることなどないだろう。そもそも、自分が女だったなら、会ったその日に恋をして、早々に結婚している。

  (結婚か…。)

純白の礼装に身を包み、王の前で永遠の愛を誓う。アルベルはきっと、不機嫌そうな顔で照れを隠しながらも、誓いのキスをしてくれるはずだ。自分は感激の涙がとまらないに違いない。あまりにも泣く自分を、アルベルは「泣きすぎだ。」と呆れつつ、優しく涙を拭ってくれるかもしれない。人々に祝福されながら二人手を取り合って、一つの道を歩んでいくのだ。二人の愛の住処を守りながら美味しい食事をつくり、愛しい人の帰りを待つ。アルベルが望むなら、子どもだって産む。女の頼みとなれば、ただいまのキスやお帰りのキスもしてくれるかもしれない。

女なら叶えられたであろう事をこうして思い浮かべてみると、今ある幸せがあまりにもささやかで、それで満足していた自分が惨めに思えてくる。

  (いや、これ以上望むのは贅沢だ…。)

男で、しかもあんなに毛嫌いしていたのに、こんな自分を特別だと受け容れてくれたのだ。同性愛者ではないアルベルが、その為にどれ程のハードルを越えてくれているか。それで十分ではないか。

だけど、そうしてアランを受け入れてくれたように、クレアをも受け入れてしまったら?男より、女の方がずっと受け容れやすいはず。そして、男よりも女の方が良いと思ったら?子どもが欲しいと思ったら?

そんな、考えても仕方のないことを考える内、不安を抑さえきれなくなってきた。 今すぐアルベルに会いたい。抱きしめて、キスして、間違いなくアルベルにとって自分は特別なのだという事を確かめたい。

アランは真っ白なグローブを手にはめると、マントを羽織りながら踵を返した。

  「!」

ドアを開けると、部下が驚いた顔をして立っていた。ノックしようとしていたところだったらしい。部下は姿勢を正して言った。

  「お時間です。会場の方へお越し願います。」

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■あとがき■
クレアが見てしまったもの。それはこの世のものとは思えぬほど恐ろしいものでした…なんつってv
妄想が広がりまくり、とうとう国家レベルにまで話が広がってしまいまつた…。その分、執筆に時間がかかりまふ。へっぽこの癖に…いや、へっぽこだから余計に。へっぽこのぉ〜 悲し〜いィ〜 性ァ〜♪いつも応援有難うございます。気長に待ってくださって有難うございます。m(_ _)m