小説☆アラアル編---舞踏会(4)

アルベルがどの入り口から登場してくるのか、大半の観客が席から腰を上げて会場を覗き込んでいる。好奇の眼差しが集まる中、一つの入り口のカーテンがさっと開いた。

そこからまず先陣を切って出たのは、完全にオカマになり切って、ノリノリで愛嬌を振りまくオレスト、そしてオレストに腕を組まれて迷惑そうにしつつ、票集めの為にキスを投げるユーク。同じようにオレストに腕を組まれ、仕方なく恥ずかしそうに手をふっているカーティスの若手三人娘(?)だった。すぐその後から、照れ笑いを浮かべているジノと、その隣を黙って歩くライマーが姿を見せた。その後ろからアルベルが、やる気が全く感じられない二人組みカレルとエルヴィンを引き連れるような形で登場してきた。華やかな(?)野郎どもに囲まれながらも、アルベルは一際目を引いた。

―――あれが歪みのアルベル!?まさか!?

ざわめきが一気にどよめきに変わった。 精鋭部隊の連中の、特にライマーの惨状を笑った事で多少機嫌は直っていたが、その固い表情が孤高の花を思わせた。

  「美しい…。」

一人の若者が知らずつぶやいた。それに異を唱える者はなかった。あれほど女装を馬鹿にしていたハロルドでさえ、目を放せずにいる。

  「アルベル姫はネル王子を連れ戻そうとやってきたのですが、なんと!アラン王子に一目ぼれしてしまいました。早速アラン王子にダンスを申し込みます……って……アルベル団長?」

司会がアルベルの異変に気付いた。打ち合わせ通り、アランの方へ行きかけてたアルベルが、途中で立ち止まってしまったのだ。それは観客にも伝わった。

ざわざわざわ…

  「アルベル団長?そこで『アラン王子と手に手を取ってダンスを踊る』ですよ。台本通り、頼みますよー!」

内情をバラす司会者のセリフに、どっと観客が笑う。だが、アルベルはまだ動こうとはしなかった。いや、動けなかったのだ。

アルベルはアランのドレスアップした姿を目にした瞬間、息を飲んだ。そして、それきり体が硬直してしまったのだった。

  (なっ…なんだ…?)

何故か異様に脈拍が上がっている。そして、何故かアランの方を見ることができない。自分のこの惨めな姿が急に恥ずかしくなり、アルベルは思わず身を翻して逃げ出そうとした。逃げるなど、人生において初めてのことではないだろうか。しかし今は、そういう事も全てすっ飛んでいた。とにかくアランの前から姿を消したかった。

だがそれは後ろに控えていたカレル達に止められた。

  「ちょっとちょっと!この期に及んでどこ行くんですか!」

司会者も追い討ちをかけてきた。

  「団長、何恥ずかしがってるんですかー!ほら、アラン王子が待ってますよ!ちゃんと踊ってくださいよー!」

アルベルはまだ動かない。そんなアルベルの状態にカレルが、

  「ライマーを代わりに行かせましょうか?」

と助け舟を出したが、アルベルの耳に届いている様子はなく、また、公の場ではカレルの意に黙って従うライマーが、

  「何で俺が!?」

と、この時ばかりは猛然と抗議してきた。

  「じゃ、オレスト。お前行け!」

  「冗談じゃありませんよ!カレルさんが行って下さい!」

  「俺、ダンス下手だし!」

  「僕だってそうです!」

幹部らがアルベルを取り囲んで喧々諤々とやりだした図は、傍から見ても面白い。

  「…何やら幹部の間で、アルベル姫の代わりを誰が務めるかでもめているようです。アラン王子と踊れるなんて、どれだけ羨ましい事だとおもってんですか?」

司会がなんとか場つなぎをしてくれているが、これ以上の延長は無理だと判断したカレルは、

  「やっぱ、旦那が行くしかないでしょう!」

と、アルベルを強引に押し出した。その様はまさに喜劇。それを司会が上手く味付けすることで、さらに面白おかしくなった。

  「おーっと、協議は決裂!姫を犠牲にする事で話はまとまったようです!ここで、漆黒からのエール!」

突然のフリだったが、即座にそれに乗れるのが漆黒だ。

  「「アルベル団長ー!がんばってーvv」」

野太い声での声援にどっと会場が沸く。そして、そこから始まったアルベルコールが会場全体に広がっていく。

  「アルベル様?」

アランが心配げに近寄り、純白の手袋をはめた手を不安げに差し伸べてきた。

  「う…。」

アルベルは思わず後退ろうとしたが、背中をしっかり押されてはそれも出来ず、アランの手に視線を止めたまま固まった。その時、アランが傷ついた顔をしたのに気付いたカレルは、ライマーに目配せすると、アルベルの腕を取った。

  「おっと、ここで…?ライマー隊長と…(誰だろあの子?)…が両脇からアルベル団長の腕を取り、勢いをつけて、うわっ!そのまま放り投げたーッ!団長吹っ飛び、アラン団長見事にキャーッチッ!」

ッきゃああああーーッvvv

会場からハートマークが入り混じった悲鳴が上がった。アランに抱きしめられる形となり、アルベルは慌てふためいた。急いで離れようとしたが、アランに腕を引かれ、ぐっと腰を引き寄せられた。

  「逃げないで…。」

耳元で囁かれた途端、アルベルはピキーンと凍りついたまま、頭が完全に真っ白になった。

  「やれやれ…やっとシナリオに戻りました。で、クレア姫は…えーっと、そうそう、『ネル王子の手を取る』でしたよね。もー、どこまでいったかわかんなくなりましたよ。ではっ、気を取り直してっ!―――クレア姫の浮気に腹を立てたアラン王子は、アルベル姫と浮気することにしました。それではミュージックスタート!」

司会の合図に、音楽が流れ始めた。



公衆の面前でアランと抱き合っている。しかも、こんなみっともない姿で。アルベルの頭の中は完全にぐるぐる状態。しかし体は誘導されるまま、叩き込まれたダンスを踊っていた。

一方アランは、アルベルが目を伏せたまま頑としてこちらを見てくれようとしないことに少なからずショックを受けていた。

  「アルベル様…」

いくら呼びかけても反応してもらえない。美しくドレスアップしたアルベルをこの腕に抱いて踊れる、二度とない楽しい時間になるはずだったのに…。アランは悲しげに目を伏せた。



  「ねえ、あれ、本当に歪みのアルベル?」

  「…え〜…でも……うそでしょ〜…?」

  「マジ、超綺麗なんですけど…。」

  「噂が本当でも、これなら許せるって感じ…。」

  「えぇっ!?やっぱ、噂は本当なの!?」

  「それはわかんないけど。でも、絶対何かありそうじゃない?だって、めっちゃ息ぴったりじゃん。」

  「うっそー!まじでぇー!?」

  「それをいうならネル様たちだって、めっちゃ微笑み合っちゃってますけど…。」

  「超ラブラブvって感じ…。」

  「私、クレア様になら、ネル様をとられてもいい!」

  「…悶々もんもん…」

噂を知っている者も知らない者も、目の前の妄想一杯v夢一杯vな世界に引き込まれた。そうして、十分に夢を見させたところで、ストーリにどんでん返しが起こる。

  「最初は楽しく踊っていた王子と姫達。しかし、次第に違和感を感じてきました。なんかおかしいぞ、と。」

曲が変わったところで、アランが名残惜しげに体を放した。そのまま流れるようにパートナーチェンジ。アランの意識がネルに移り、アルベルはクレアの手を取りながらほっと緊張を解いた。



クレアは踊りながら、アルベルの横顔を見上げた。アーリグリフ神話の月の三神の内の一人、美貌のクレスリュネの話を思い出す。 言葉や態度の乱暴さから、顔つきはもっと男らしいと思っていたが、意外にそうではなかったことに今初めて気づいた。女性的ではない。しかし、男性的でもない、まさに中性の美。男神が夢中になったというのも頷ける。

  『さながらクレスリュネのようでしょうね』

アランもこのアルベルを美しいと思っているのだ。さっきアルベルを抱き止めたアランの姿には、ただ抱き止めたという行為以上の深い感情があるように思えてならなかった。

  『私の方が慕って…』

  『嘘だ!!何かの間違いに決まってる!!…行かなくては!!きっと私が来るのを待っていらっしゃるはずです!! 』

  『アルベル様はかぼちゃはお好きですか?』

アランの声がぐるぐる回る。

  (でも…香水はしてない…。)

目の前のアルベルから感じるのはドレスの生地の匂いだけ。少なくともアランの香水の香りはしない。

  (だからといって、この人とアラン様が……?)

もう訳がわからなくなりそうだ。



アルベルはクレアと踊りながら、チラリとアランを見た。ネルと踊っている。心なしか楽しそうに見える。すると、アランがこちらを見た。目が合った瞬間、アルベルは頬にカッと血が上り、急いで目を逸らした。こんな姿、これ以上見られたくない。

  (畜生!さっさと終われッ!)

アルベルは心の中で毒づいた。



優雅な音楽に乗って、二組のペアが踊る。一見、男同士、女同士のペア。だが、アランの腕の中でネルの女ならではの繊細さが、クレアを抱くアルベルの腕には男ならではの力強さがそれぞれ際立ち、見ている者は不思議な感覚に陥った。今の今まで道ならぬ恋の話で浮かれていた客席は、今度はアルベルとクレアの結婚の話で盛り上がっている。

  「こうして姫と王子は、見かけに惑わされることなく、お互いに本当の相手を見つけたのでした。めでたしめでたし……と思いきや!」

と、ここで、音楽が激しいものに変わった。

  「除け者にされたハロルド王子と、自分が男だったと気づいたアドレー姫は当然納得いきません!クレア姫を強奪しようとバトルが勃発!さあ、誰がクレア姫を獲得できるか!おおっと!アドレー姫、強ーい!圧倒的ーッ!そして、なんと!アドレー姫がクレア姫を小脇に抱えて走り出したー!クレア姫を助けようと、みんな一斉に追いかける!」

はずだったのだが、

  「…あららッ!?アルベル団長、そっちじゃありませんよ!クレア姫を追っかけて退場ですってー!アラン団長もー!…まあ、いいか。」

どこまでがシナリオ通りなのか分からない展開に、観客は大うけしている。司会は結果オーライという事で次にすすめた。

  「さあ、今度は皆が踊る番だ!」

舞台は、女装した漆黒の幹部と男装したネルの部下が、観客を舞台に引き込んでダンスをするという幕へと移った。男装したネルの部下達が女の子を選ぼうと客席に近づくと、野郎どもが群がってきた。

  「俺と踊ってよ〜♪」

  「俺ダンス、超うまいぜ!」

予想外の事態にネルの部下達が困っていると、ジノが間に割って入り、我も我もと手を差し出していた青年の一人をひょいと引っ張り出した。軽々と釣り上げあげられた青年は目を白黒させている。他の者も、それぞれ適当に犠牲者を選んでいく。そんな中、エルヴィンが勝手に女の子を誘おうとしている。

  「こらこらこら!何、ちゃっかり女の子を誘ってんですか!ちゃんと野郎を選んで下さいよ!」



観客の笑い声と司会の声がずんずん遠ざかる。アルベルは無言で控え室の扉を開けて中に入ると、そのままの勢いでテーブルに拳を叩きつけた。テーブルに載っていたティーセットがガチャーンと派手な音を立てた。

  「今日…俺がどれだけの屈辱を味あわされたか…」

アルベルの声は震えていた。

  「それが俺にとってどれ程のものだったかッ!!お前にわかるかッ!!?」

怒りに任せてガッと振り返れば、そこに立っていたのはアランだった。後ろから付いて来ているのはてっきりカレルだと思っていたアルベルは、思いっきりうろたえた。

  「カ…カレルは?」

すると、アランは複雑な表情を見せた。今の怒りが自分に発せられたものではなかったという安堵の一方で、この場にいるべきは自分ではなかったという失望を味合わされて。

  「私では…ダメですか?」

アランが近寄ってきた。アルベルは後退ろうとしたが、テーブルが邪魔をした。

  「何故、逃げるのです?」

何故こんなに動揺するのか、どうして激しく動悸がするのか。生まれてはじめての感覚だが、その理由がわからないほどウブではない。

  「何故、性別が同じだからという理由で、恥じなければならないのです?」

そっとアランに手を取られた。

  「私と結婚して下さい。」

アランが強引に唇を奪いに来た。急速に理性が吹っ飛ばされそうになる。こんな、いつ人がくるか分からないところで理性を失う前に、何とかアランを押し返す。

  「や…やめろ!」

すると、アランの瞳が更に悲しみに翳った。

  「どうして?私は特別だと仰ってくださったではありませんか?」

アルベルは目をそらし、顔を真っ赤にして言った。

  「着替える…」

  「えっ?」

この状況から何故そのセリフがでるのか全く読めず、アランは戸惑ったが、アルベルは必死だった。

  「とにかく着替えるッ!」

せめてこの恥ずかしい格好から解放されたら、もう少し落ち着けるような気がしたのだ。

  「待って下さい!」

アランは急いでアルベルの腕を捕まえた。

  「どうかそのままでいて下さい。」

アランの懇願に、アルベルは再び自由を奪われた。アランが手の甲に口付けるのをだだ見ることしか出来なかった。アランは切々と心の内を語った。

  「あなたの完璧な美の姿に、私の胸は高鳴りました。そして、愛しくて堪らないあなたと踊れる。例え演劇の中でだけだとしても、この人は私のものだと周囲に誇り、知らしめる事が出来る。それがどれ程楽しみだったか…。でも…」

アランはぎゅっとアルベルの手を自分の胸に押し付けた。

  「あなたは私の方を見ても下さらなかった!」

ポロリとアランの目から涙がこぼれた。

  「どうして…?あなたにとって、私との事はそれ程までに恥ずべき事なのですか?」

  「!」

ただ、アランがあまりに眩しくて目を向けられなかっただけなのに。しかし、アランは傷ついた。こうして涙を流すほどに。

  (綺麗だ…。)

アルベルはアランの涙に見惚れた。泣き顔さえも本当に美しい。

だが、笑った顔の方が好きだ。

  「泣くな…。」

お前が笑うなら、俺は何でもしてやる。

そうだ。

アランがずっと欲しがっていた言葉。

それを今言おう。

多分、それが今の気持ちを正直に表す言葉だから。

今まで傷つくのが怖くて言えなかった。でも、もうそんなことはどうでも良い。

  「アラン。」

アルベルは、ずっと根底にあった心の脅えに区切りを付け、一世一代の渾身の勇気を振り絞った。

  「お前が好きだ。」

次の話へ /→目次へ戻る