小説☆アラアル編---出会い

その噂はよく聞いていた。

  「焔の継承に失敗し、左腕を失ったとか。」

  「グラオ様を盾にして、自らは助かったらしい。」

国宝である魔剣クリムゾン・ヘイトを従え、アーリグリフ13世の改革を支えたグラオ・ノックス。実力に人望も兼ね備え、向かうところ敵なしだった最強の疾風団長。その息子であるアルベル・ノックスが焔の継承に失敗し、その時グラオは命を落とした。この事件は国中の話題となり、皆がその死を悼んだ。葬儀は国を挙げて盛大に執り行われたが、アルベルは姿を現さなかったという。そのため、親を盾にしたて自分だけ助かった、いや実は暗殺したのではないか、などという悪意のこもった噂が立った。

アルベルは継承の失敗後、火傷の治療もあってしばらく表には出てこなかったが、皆がその事件を忘れかけた頃、火傷の跡に禍々しいガントレットをつけて現れ、その後、異例の速さで、若くして漆黒の団長にのぼりつめた。王や風雷団長ウォルターの後押しもあり、親の七光りだという誹りもあったが、しかしそれを黙らせるほどの実力があったのは確かだった。しかし、相手を見下し、自らを最強とうそぶいてはばからないため、「歪みのアルベル」といわれ皆に恐れられ嫌われていた。




それらの噂から、アランは人相の悪い巨漢を想像していたのだが、その結果、自分の想像の安易さを思い知らされることになった。 

美しい顔立ちにスラリと華奢な体つき。まるで男を挑発しているかのような装い。そして、その左腕は鋭い鉄の爪が施されたガントレット。

  「おい、アルベル様だ。見ろよ、あの左腕を。」

並んでいた兵士の間から囁き声が聞こえた。

  (あれが「歪みのアルベル」?)

その思わず見入ってしまうほどの容姿に、アランはまさかと疑ってしまった。しかしアルベルがこちらをちらりと振り向き、目が合ったほんの一瞬、その眼光に鋭く射抜かれ、全身が雷に打たれたような錯覚にみまわれた。

  (紅い炎だ・・・。)






アラン・ウォールレイドは貴族の生まれ。世が世なら自分こそが国王となったはずだと父は事ある毎にいうが、それはあやしいにしても、実際、アーリグリフ13世やヴォックスとは遠縁にあたる。幼いころから貴族にふさわしい立ち居振舞いを叩き込まれ、その嫡子としての役割を果たすよう強制されてきた。親の愛情だの家族の暖かさなどない、見栄と虚勢に塗り固められた世界。それから逃げ出すために、16歳で軍仕官学校に入学した。

軍士官学校に入る話を持ち出した当初は、

     「お前は貴族の息子だぞ!庶民のように軍士官学校などにいく必要はない。軍に入りたければ、私が口を利いてやる。」

と反対されたが、半ば強引に説得すると、それまで完璧に「理想の息子」を演じてきたこともあって、両親はしぶしぶながら許可した。

実際にアーリグリフ3軍に配備されるのは18歳からである。それまでは全寮制の学校で体を鍛え、さまざまな知識を身につけるのだ。しかし、アランのように貴族出身の者は専属の家庭教師などがつき、十分な教育がなされているのものとして、学校などに行く必要がなく、18歳になれば簡単に希望する軍に入ることができる。アーリグリフ13世が王位についてからはそういう特権は通用しなくなってきてはいるが、しかし、水面下ではそういう風潮が根強く残っていた。

アランは運動神経も、頭脳も人より優れていた。しかしそれらを発揮すれば、ただでさえ貴族という家柄が嫉みの種になっているのに、さらに周囲から反感を買うことになるはわかっていた。そのためアランはただひたすら目立たないように過ごしてきた。

貴族の馬鹿息子として。

アランは学校を程々の成績で卒業後、軍に入団した。どの軍に配備されるかはそれぞれの能力で決まり、アランは疾風に入団することが決まった。

その入団式で、初めてアルベルの姿を見たのである。






入団式では中央に王が、そしてその横にアーリグリフ三軍の長が並んで座っていた。アルベルは漆黒の団長として、足を組んで不遜な態度で斜めに座り、面倒くさそうに式が終わるのを待っていた。

  (あんな細い体で本当に戦えるのだろうか?)

真面目に式に臨んでいるそぶりをしながら、つい目はアルベルの方へいってしまう。自分もスレンダーな方なのだが、アルベルはそれよりさらに細かった。他の者も同じように感じているらしく、ひそひそと聞こえてくる。

  「なあ、アルベル様が強いってのは本当か?あれじゃ、一撃で吹っ飛んでいきそうだぜ。」

  「あの格好かなりやばいよな〜。あの太もも!ひょっとして俺らを誘ってんじゃないの?」

  「なんかそういう気がありそうだよな。夜に御指名とかあったりしてなぁ、うひひっ。」

しかし、各団長の挨拶でのアルベルの一言で、その浮いた雰囲気は一気に反感へと変わっていった。

  「漆黒に弱い奴はいらねぇ。一から叩き直してやるから覚悟しておけ、クソ虫共。」

力強く透き通った声でそう言い放つとさっさと席に戻り、ドカッと座りなおした。噂通り、その傲慢にして無頼な態度にアランは呆気にとられた。

  (あれで部下たちがちゃんとついてくるのだろうか。)

実際、やはりというか当然というか、漆黒の内部では分裂が起こっているらしい。副団長のシェルビーの方が部下に慕われているようで、アルベルとの折り合いも悪いようだ。シェルビーの方がアルベルよりも年上だというのもあるだろうが、シェルビーはその翻意を隠そうともしていない。アルベルはアルベルでそれを完全に放置しているようだった。

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■あとがき■
初めて二人が出会いました。アルベルの方は、まだアランに気付いてません。
アランはアルベルの態度に呆気にとられていますが、実はこのとき既に一目惚れしちゃってます。
本人は全く気付いてませんが…。