アランが入団して初めての武闘大会。疾風・風雷・漆黒、各団ごとに代表者を出し、その力を競い合う。
その代表者は推薦できまる。普通は団の中から強い者が推薦され、皆がそれを認めることで決定となるのだが、アランは入団したばかりだというのにもかかわらず、代表の一人に推薦された。
「ヴォックス様のご親族であらせられるんだ。さぞお強いことだろうよ。」
そして周りの嘲笑と共に、それは決定となった。アランは相変わらず、何事もほどほどでやめ、できるだけ目立たぬようにしていたつもりだったが、その血筋のせいで周囲からやっかみをうけていた。また、どうしても女達の視線を独占してしまうせいもあった。どうやら、皆の前で大恥をかかせてやろうということらしい。
(まあ、あっさり負けてしまえば、皆の気も少しは鎮まるだろう。)
そんな気持ちで臨んでいた。
相手は漆黒副団長シェルビー子飼いの若手。気合だけは威勢がよいが、切りかかって来たのを見ると隙だらけだった。その攻撃を剣で受けながら後ろにじりじりと下がり苦戦するふりをする。相手が攻撃を止めたのを見計らい、わざと大きく振りかぶって上段から切りかかる。アランの剣は、幅広く、長さは身の丈3分の2ほどもある大剣。そんな攻撃を仕掛ければ、当然隙が出来る。予定通り、剣が弾かれた瞬間、手をはなした。
剣は回転しながら飛んでいき、地面にからからと鳴る。どっと周囲が沸く。
「参った。」
アランはさっさと負けを認め、剣を拾って引っ込もうとしていたら、その闘いを眉間に皺を寄せて見ていたアルベルが、すっと立ち上がり、闘技場に入ってきた。そして、勝ち誇っていた漆黒の若者を、ドカッと足で蹴りやった。
「退け。」
その漆黒の若者はあからさまに反感を顔に示した。
「けっ。この漆黒の恥さらしが。さっさと引っ込め!」
周囲はしんと静まりかえり、成り行きを見守っている。アルベルはアランに向き直り、睨み付けてきた。
「おい。お前、何で負けた?」
(まさか見破られた!?)
アランが言葉を詰まらせていると、
「アルベルよ。お前が敗者に声をかけるとはめずらしい。我が団員を直々に指導してくれるつもりかな。しかし、それは無用というものだ。」
ヴォックスが、余計なことはするなと声をかけてきた。どうやら、他の者は気付いてないらしい。そう判断したアランは、シラを切り通すことにした。
「実力がなかったからです。」
「ふざけるなッ!!」
鋭い一喝が響き、ギラリとアルベルの視線が激しさを増した。
「てめえ、俺の目を誤魔化せると思っているのか?」
そして、睨み付けていた目を、ふっと地面のアランの剣に移し、顎をしゃくった。
「剣をとれ。」
「え?」
アルベルはスラリと刀を抜いた。
「剣をとれといってるんだ。俺が相手をしてやる。」
「ほう。」
と成り行きをみていたウォルターは目を細めた。アルベルの、人の素質を見抜く力は卓越したものがある。そのアルベルが目をつけた。まずはお手並み拝見、と黙ってみていることにした。一方、ヴォックスは、アルベルの勝手な行動を咎めた。
「アルベル、一体何をするつもりだ!」
しかし、アルベルはヴォックスを完全に無視し、戦闘態勢に入った。姿勢を低くして右手に剣を構え、相手を挑発するかのように左腕をぶらぶらと遊ばせる。アランはその気迫に押され、仕方なく剣を拾い、中段に構えた。
アルベルはニヤリとすると、刀を下から上へ剣を振り上げた。その次の瞬間、アランはその剣圧で吹っ飛ばされた。受身を取り、さっと起き上がってみると、目の前をすっと銀色の残像が走る。頭で考える暇などない。反射的に剣で防ぐと、
がきぃぃぃん!!
という音とともに、物凄い衝撃がはしった。
―――剣先が見えない!!
その攻撃を防げたのは、ほんの偶然だった。ひやりと背中を汗が伝う。のどがからからに乾いていく。それに対し、アルベルはアランを見据えて不敵な笑みを浮かべている。
「掛かって来い。」
しかし、掛かっていこうにも、全く隙がない。アランは本気になった。半身になり、大剣を後ろに引く。そして、ぱっと間合いを詰めると、下段から横に一気になぎ払った。アルベルはそれを軽々と避け、アランの喉元に刀を突き付けた。アルベルの刀さばきはあまりに速く鋭いため、静寂すら感じさせる。その静かなる剣閃を美しいとさえ思った。
「フン、この程度か。」
途端にアランに興味を無くしたようだった。刀を投げ入れるように鞘に収めると、アランに背を向けた。アランは、その、刀をまるで体の一部のように扱う動作に舌を巻いた。何千何万回とこうして刀を振るってきたのだろう。
(この人にはかなわない。)
―――完全な敗北。
他人を心底すごいと思ったのは初めてのことだった。
勝負はあっという間に決まってしまったので、他の者はそれを見抜けなかったようだが、ヴォックスは目を光らせ、ウォルターは、フムとうなった。
(あの若者、なかなかやりおる。)
一方観衆は、アルベルにコテンパにやられたアランを見て満足したようだった。
「他に俺に挑戦する奴は出て来い。俺に勝ったら団長の座を譲ってやる。」
アルベルが兵士達に挑戦を呼びかけた。どよどよとざわめき立つ。と、シェルビーが名をあげた。それに呼応するように次々と名が挙がる。主にシェルビー一派だ。
「フン。雑魚が。」
とアルベルは自分の前に立ち並んだ8人を鼻で笑った。
「面倒だ。まとめてかかって来い。」
と刀を抜いた。シェルビーを除いた7人はお互いに目配せし、一斉にアルベルに踊りかかった。
アルベルは慌てる様子もなく、剣先を地面に向けると、すっと弧を描くように振り抜いた。その途端、地面から衝撃波が生じ、7人は同時に吹き飛んでいった。会場が一瞬しーんと静まりかえり、次の瞬間、ドオッと怒涛のように湧き返った。
「す…すげえッ!!」
「今の見たか、おい!たった一撃で吹っ飛んだぜ!!」
賞賛の渦の中、アルベルは倒した7人には見向きもせず、次の標的を見据えた。周りの歓声は全く聞こえていないようだ。ギラギラと獲物を狙うような目でシェルビーを捕らえると、その口元にうっすらと笑みを浮かばせた。シェルビーは内心慌てた。7人がかりで疲れさせたところを自分が叩きのめす予定だったのだ。
「クソッ!!」
と悪態をつくと、アルベルに突進し、力任せに斧を振り下ろした。アルベルはそれを造作無く避けると、斧はアルベルが避けた地面に突き刺さり、そこから無数のひびが走った。兵士達はその怪力に驚きの声を上げた。それに気を良くしたシェルビーは斧を抜き取り、
「へッ!」
とアルベルを得意満面に睨みつけた。アルベルはそれを冷ややかに見下す。
「そうやって力ばかりに頼ってるから、何時までたっても俺には勝てねえんだよ。」
自分よりもずっと年下のアルベルに偉そうに言われて、シェルビーはカッとなった。
「ほざけッ!この俺様をなめるなよッ!!」
そしてヌーンと力を込めはじめた。シェルビーの体に冷気が集中し出す。それを見て、アルベルも左手に気を込めた。バチバチと凄まじい気をあっという間に練りこませると、わざとシェルビーの攻撃を待った。シェルビーはぐっと脇を絞めて構えると、口からアイスブレスを放った。アルベルは、
「フン、遅い。」
と小馬鹿にしたように笑うと、溜めておいた気の塊をそれにぶつけた。それはあっという間にシェルビーのアイスブレスを押し返し、シェルビーにぶつかっていった。シェルビーは吹っ飛ばされ、壁に激突し、そしてそのまま気を失った。
「つまらん。」
アルベルはカチンと刀を鞘に収めると、歓声を背にさっさと退場し、そのまま何処かへ消えた。
アランはその背中を、敬意をもって見送った。