日課の見回りをして執務室に戻ってくると、いつものようにクロードが言った。
「お疲れ様でした。お茶をお入れしましょうか?」
「いいえ、結構。」
アランはいつものごとく素っ気無く断ったが、クロードはそれを気にも止めず、懲りずに毎回お茶を勧めている。そして、クロードは今回もまた気にすることなく、話を次に移した。
「アラン様。そろそろ次期副団長を選んでおいて欲しい、との事なのですが。」
「…。」
それを聞いたアランは小さく溜息をついた。副団長を決めるのは団長の仕事だ。それを人任せにするのではないかと、アランの行動を見透かしたアルベルから、副団長は自分で選ぶようにと釘を刺されていた。
それに、副団長には自分の不在時を任せる事になる。変な人物を持ってきて不祥事でも起こされたら、勤務時間を戻さねばならなくなるという最悪の事態に陥るだろう。
実を言うと、アランの頭の中には漆黒のカレル・シューインの顔が浮かんでいた。あの男以上に能力のある人間を他に知らないからだ。だが、カレルは他でもないアルベルの部下だ。それを引き抜くわけにはいかない。
かといって、他の誰が良いのか…。そもそも、これまでずっと他人に興味を抱かずにきたアランは、誰がどんな人物であるかすら知らなかった。そんな状態で一体どうせよというのかという思いから、つい愚痴が口をついて出た。
「よく知りもしない人間の中から、どうやって選べというのですか…。」
するとクロードが言った。
「では機会を設けましょう。」
「機会?」
「お酒の席が一般的でしょうか。」
「酒は飲みません。」
アランは冷たく言った。酒は嫌いではない。だが酔うのが嫌だった。酔えば判断力が鈍る。その間に誰に何をされるかわからない。そのため口にするのは軽い食前酒程度だ。もっともアルベルと一緒に食事をするようになってからは、酒が苦手なアルベルに合わせてそれさえやめた。
「ではお食事会なら…」
この提案もアランの気に入らなかった。
「人の手が触れたものを口にしたくはありません。」
アランは、毒を盛られて死ぬ母を目の当たりにしたトラウマもあるが、元々生理的に他人が作ったものを口にするのが嫌いだった。状況的に仕方のない場合は諦めるが、そうでなければ極力避けていた。
「それは困りましたねぇ…。」
クロードはまるでわがままを言う子どもをあやす母親のように、ふんわりと言った。そして少し考え、
「それではちょっとしたお茶会はどうでしょう?それなら出されたものに手をつけずにいてもそれほど不自然ではないでしょう?」
アランはしぶしぶ承諾した。本当は嫌だが仕方がない。アルベルの言いつけ通り、自分で副団長を選ばなければならないのだとしたら、そうするより他に選択肢はなかった。