小説☆アラアル編---副団長(2)

数日後、クロードの自宅にてお茶会が開かれた。そこに呼ばれたのは副団長候補として選ばれた者たち。予め幹部らが選定した人物らだった。勿論、その事は知らされていない。皆、クロードとは親しいようで、軽い冗談を交えながら談笑している。そこへ、

  「今日は嬉しいお知らせがあるんだ。」

クロードがウキウキとした表情で皆を見渡した。

  「なんだい?」

  「なんと!今日はアラン団長が来てくださるのだよ!」

いつもの気楽な茶会だと気を緩めていた一同は驚いてクロードを見た。

  「え!?ウォールレイド団長が!?」

  「そう!以前からお招きしてててね。今回、来てくださるって♪」

これは本当だ。クロードは今回の件がある前から、茶会をするたびにアランを誘っていたのだ。その度にけんもほろろに断られていたが。

クロードから突然知らされた事実に皆は驚愕し、クロードに詰め寄った。

  「聞いてないぞ!」

  「そういうことは、前もって言ってもらわなきゃ困るよ!」

  「団長がいらっしゃるなら、色々準備しなきゃならないだろう!?」

だが、クロードはけろりとしたものだ。

  「どうして?いいじゃないか、いつも通りで。」

  「いやいや、正装で来るべきだったよ!」

  「手土産も何も用意してない!」

それが常識だ。しかし、その常識がクロードには通用しない。それは皆わかって、それでもクロードの人柄に惹かれ付き合っているはずなのだが、流石にこんな展開でそのクロードの特性が発揮されると、クロードを責めたくなるのも仕方がないといえる。

  「気楽な会だから、普段着でお越しくださいとお伝えしているし、大丈夫だよ。」

クロードも普段着だ。

  「いやしかし…」

一人にこやかなクロードを見て、一同は思った。これはもはや天災と同じ。運が悪かったと諦めるしかないのかもしれない、と。だがアランはこの非礼をどう思うだろうか。アランの冷徹さは広く噂されている。そのような人物と一体何を話せばいいのだろうか。下手な一言が命取りになるだろう。少しの粗相も許されないようなそんな茶会は御免被りたい。皆が悲嘆にくれた顔を見合わせていると、そこへ、

  「ウォールレイド様がお見えです。」

と召使が報告してきた。一同に緊張が走る。そんな空気に気付いているのかいないのか、クロードは嬉しそうに立ち上がり、そのうれしさが溢れているのか、まるでスキップするような足取りでアランを出迎えにいった。



アランが入ってきた瞬間、部屋の明度が上がった気がした。アランはいつもの制服姿ではなく、おそらくは普段着であった。おそらくは、と言ったのは、確かにアランが身につけているのは普段に着るような服ではあったが、その姿があまりに美しく、アランの美しさを表現するために特別に用意された衣装であるかのような錯覚を感じたからだ。その姿を一言で表すなら、清楚なユリだ。装飾も控えめだが、そのさりげなさに研ぎ澄まされたセンスが感じられる。制服姿を遠くからしか見たことがない一同は、その美しさに見惚れた。

クロードが椅子を引き、アランがそこに座った。ただ椅子に座る、それだけでもその優雅さは毛先ほども損なわれない。それが、そうやって座り慣れている者の所作なのだろうか、何気ない動きすら本当に美しい。

まずは一同挨拶をしながら、口々に非礼を詫びた。

  「まさか、閣下がおいでになるとは!」

  「私どももつい先ほど聞かされたばかりで。」

  「クロードが何も言ってくれないものですから、手ぶらで来てしまって、大変ご無礼を…。」

  「このような普段の格好でお恥ずかしい限りです。」

一通り彼らの言い訳を聞き流し終えると、アランが口を開いた。

  「普段着の集まりである、と彼から聞いていたのですが?」

  「あ、あ、はい…確かに…」

確かにクロードはそう言った。

  「なら問題ないでしょう?」

  「は、はい…ですが…。」

そうは言っても、よそ行き着を着てきたりするものだ。普段着と言われて本当に普段着で来るのは、クロードが主催するこの茶会くらいなものだ。すると、アランがそれを察して言葉を足した。

  「私も額面どおりに受け取ってよいものか少し悩みましたが、彼がそういった機微を理解できているとは到底思えませんでしたので。」

とクロードをちらりと見た。クロードはいそいそとお茶の準備を始めている。

  「確かに…。」

アランの言い方は身も蓋もないものではあったが、一同はもやもやをすっきりと整理整頓された気分であった。また、アランがこちらの非礼を咎めなかったことで、少しだけ気が楽になり、会話もぽつりぽつりと出始めた。アランはそのぎこちない様子を眺めながら、ここに来たのは時間の無駄だったかもしれないと思った。



  「さあ、どうぞ。」

クロードが、ティーカップをアランの前に置いた。ふわりと紅茶の香りが漂う。その香りにアランは強い興味を抱いた。それは見過ごす事が出来ない程、上質な香りだったのだ。出されたものには手をつけないはずだったのだが、アランはカップを手に取ってその香りを確かめ、一口飲んだ。その途端、口と鼻腔に広がるその極上の味と香りにアランは衝撃を受けた。

  (これはまさか…!)

他の者達もその紅茶の味と香りをうっとりと堪能している。

  「うーん!君の入れたお茶は本当に美味い!」

  「ああ…良い香りだ…!」

  「これはどこの紅茶ですか?是非私も手に入れたい!」

皆が口々に賞賛すると、

  「ふふふっ、当ててみてください。」

と、クロードが楽しげに言った。

  「ふーむ。私も紅茶党で、美味しいと聞いたものは取り寄せて飲んできたが、これは初めて飲むなぁ…。」

  「かなりの高級茶葉ですよね?」

皆が口々に予想を言い合う中、真剣すぎて深刻にもみえる表情で紅茶を味わっているアランの様子に、一人が気付いた。

  「いかがなさいましたか?」

  「いえ…。」

アランは我に返って、静かにカップを置いた。その様子を見たクロードは微笑んで言った。

  「どうやらアラン様はお分かりになったようですね。」

アランはその答えを言った。

  「…これはカルサア産ですね?」

すると自らを紅茶党と言った者が驚き、

  「いや、それは…」

ないだろう、という言葉は途中で飲み込んだ。カルサアでは紅茶がよく採れるため、安価で市場に出回っている。カルサア産の紅茶は、いわゆる一般庶民のものだった。この味と香りがそんなはずはない、と紅茶に詳しくない者もそう思った。だが、

  「お見事です。」

クロードはにっこりと微笑んでうなずいた。皆が一斉に驚いた。

  「ええっ!?嘘だろう?」

だが、クロードが嘘をつかないことを皆よく知っている。

  「こっ…これが本当にカルサア産の紅茶なのかい!?」

もう一度味わってみながら、信じられないという表情だ。

  「そうです。いれ方をちょっと工夫するだけでこんなに美味しくなるんですよ。私は色んな紅茶を試してみましたが、これが一番美味しいと思います。」

そう。アランも同じ理由で、いつもこの茶葉を使っているのだ。だが、自分がいれたものとは次元が違った。

  「何か特別な水を使っているのですか?」

アランはそう尋ねた。味の違いは水が違うせいではないかと思ったのだったが、

  「いいえ。そこの井戸で汲んできた普通の水です。」

と、クロードは言った。アラン自身、茶葉をはじめ、それに最適なお湯の温度、茶葉の蒸らし方からティーポットの素材に至るまでかなりこだわっているのに、クロードのいれた紅茶の方が遥かに美味しい。絶対に何か理由があるはず。

  「ティーポットを見せてください。」

クロードが持って来たティーポットを、アランは真剣な表情で吟味し始めた。材質はアランの使っているものと同じ。品質はアランの物よりやや劣る。

  (いや、寧ろこのくらいの物の方が良いのだろうか…?)

  「タネも仕掛けもありませんよ?」

アランのあまりに真剣な様子に、クロードがくすくすと笑いながら言ったが、アランの頭の中は紅茶のことで一杯で、そんな冗談など耳に入ってこなかった。

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