小説☆アラアル編---副団長(4)

  「アラン様。お茶はいかがですか?」

先ほどまでアランが応対していた客の見送りを済ませたクロードが、戻ってきて言った。

  「ええ、頂きます。」

あれからアランはクロードの入れたお茶を飲むようになった。最初はクロードの入れるお茶の味をチェックする気持ちであったのだが、日によって茶葉のブレンドを変えたその味はいつも見事で、今ではそれを味わうのが純粋に楽しみとなっていた。

  「今日はハーブを持って来たので、それをいれようと思います。」

  「ハーブ?」

アランも料理にハーブを使うので、ハーブには強い興味があった。庭に良く使うハーブをいくつか植えていたが、いずれもっと種類を増やし、今はまだ料理だけだが、料理以外の生活のさまざまな場面で使ってみたいと考えていた。

クロードがティーセットを取り出し、用意し始めた。アランは少しでもその技術を盗もうとクロードの傍にやってきた。

クロードの優雅な所作を見ていると、そこだけ時間の流れがゆったりとしているように感じる。ティーセットの準備を終えると、クロードは綺麗な装飾が施された箱を取り出した。箱を開けると、そこにはハーブの入った小瓶がずらりと並んでいた。

手に収まる大きさの小瓶にはひとつひとつ丁寧にラベリングされている。箱の内装も美しく、まるで魔法の箱のようだ。アランはその趣味の良さに好感を持った。

  「今日はレモングラスティを入れようと思います。」

クロードはレモングラスの瓶を取り、ティースプーン2杯をティーポットに入れた。そして、

  「これと、これにしようかな…。」

と、他のハーブも少しずつスプーンですくって入れていった。ハーブを熟知し、使いこなしている様子だ。

  「どういう基準でブレンドを決めているのですか?」

アランが尋ねるとクロードはにこやかに答えた。

  「その時の気分です。」

  「気分?」

  「あとは体調や天候などを。大体は何を飲みたいか身体が知っていますから、その時入れてみようかなと思うものを入れています。」

『身体が知っている』とはどういう事かピンと来なかったが、それよりも尋ねたい事があった。

  「人に出す場合は?事細かにどんなものが飲みたいかなど尋ねられないでしょう?」

それはアルベルの事を思いながら言った。アルベルはそういうことをいちいち聞かれるのを鬱陶しがるのだ。

  「観察して、推測して、出してみて、読みが当たれば御の字、といったところでしょうか。…さ、どうぞ。」

クロードがアランの前にカップを置いた。レモングラスと他のハーブが合わさった、今までに嗅いだ事のない不思議な香りだが、さわやかでとても心地よい。まず香りを楽しみ、それから一口味わう。それは素晴らしいクオリティだった。

  「アラン様は少々ご機嫌斜めのご様子でしたので、レモングラスの香りが気分転換になるか、と。」

クロードがにっこり笑ってそう言った。アランは先ほどの客の事を思い出して溜息をついた。王の親族だか何だか知らないが、いきなりやってきて軍の主要な役職を欲しがり、機嫌を損ねぬようそれを断るのに苦労した。

  「機嫌が悪くもなるでしょう。私は頭の悪い人間は嫌いです。」

  「あ、これは失敗。思い出させてしまいましたね。」

だが、このお茶の効果なのか、確かに気分が変わっていた。それに、先ほどの客が和やかに帰っていったのはクロードのお陰でもある。不思議な事に、クロードが話しかけた相手はいつも必ず笑顔になる。そして、心を開く。最初あれほど居丈高だった客が、最後には笑顔で礼を言って帰っていったのだ。

それはクロードの裏のない笑顔のせいだろうが…果たしてそれだけなのだろうか。自分はあの客に対して何度もイライラしたが、クロードはそんな様子は見せなかった。アランは気になって聞いてみた。

  「あなたは腹が立たなかったのですか?」

  「さっきの方に?いえ、別に。」

それはアランには信じられない答えだった。

  「もしや、そもそもそういった感情がない、ということですか?」

  「そんなことはありませんよ。でも、そうですねぇ…」

クロードはしばらく考え込み、

  「あまりないかもしれませんね。」

と答えた。

  「まさか、一度も腹が立ったことがない、と?」

  「そんなことはありませんよ。一度、両親に対して、物凄く怒ったことがあります。」

  「一度だけ?」

人生の中でたった一度だけとは、アランには到底信じられなかった。

  「大声を出して怒った事は、ですよ。その時は思わず大きな声が出てしまって。そうしたら皆びっくりしてましてね。『目が点になる』といいますが、あれは本当なのですね。皆のその顔が可笑しくって、それからもう笑いがとまらなくなってしまって。ふふふv今思い出しても可笑しい!」

それまで一度も怒った事がない人間が、大声を出して怒った次の瞬間に笑い出す、その状況がありありと浮かんだ。自分もその場にいたら、同様に目を点にしていたかもしれない。

クロードはハーブの小瓶を丁寧に片付けると、最後に箱の蓋をきちんと閉めた。

  「それはどこで手に入れたのですか?」

アランがそう尋ねたのは、自分もこのハーブの詰め合わせ箱を是非手に入れたいと思ったからだ。

  「ハーブは家で育てていまして。」

  「これだけの種類を全て!?」

と、アランは驚いた。だが、クロードは更に驚くべき事を言った。

  「これはほんの一部です。良く使うものだけをこれに入れているのです。箱は友人に頼んで作ってもらいました。」

一体何種類のハーブを育てているのか、どうやって育てるのか、それらの効能は何か。色々と聞きたそうなアランの顔を見て、クロードはくすっと笑って言った。

  「もしご興味がおありでしたら、一度うちにいらっしゃいませんか?」

  「…。」

この申し出にアランは迷った。非常に魅力的な誘いではあったが、同時に人付き合いは面倒であった。人と親しくなればなるほどその面倒さが増すという考えから、アランはこれまで誰とも親しくしてこなかった。相手が距離を縮めようとすれば距離をとり、そうやって程ほどの距離を保って、極力人との関わりを避けてきた。クロードとは既に、紅茶の件で他人より距離が近くなってしまっている。今のところ面倒くささは感じないが、これ以上近づきすぎて面倒な事になったら、それこそ面倒くさい。

しかし、自分もハーブを使いこなせるようになりたい。そして、それをクロード以外の人間から学ぶ事の方が100倍は面倒だという計算がたったアランは、クロードの申し出を受け入れることにした。

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