祭りは大盛況のうちに幕を下ろした。その夜。アーリグリフ城の大広間では、アーリグリフもシーハーツも関係なく、祭りに関わった者たちが集まり、賑やかに談笑していた。祭の為に尽力した者達への労いとして、王から盛大に酒と料理が振舞われた。王やウォルターは出席を遠慮し、アランは所要の為、アルベルは体調不良の為に共に欠席。お偉い方が不在により無礼講ということでそこかしこで盛り上がっている。
カレルは人ごみを縫ってお世話になった各方面に挨拶し終えると、きょろきょろとライマーを探した。
(あっちか…。)
ライマーは小さなテーブルを一つ確保し、そこでハロルドと何やら楽しそうに話していた。
カレルが近寄ると、ハロルドはカレルをチラリと見ただけで挨拶もしなかった。女装でからかわれたことに、相当腹を立てていたし、何よりそれに動揺しまくった自分を許せずにいたからだ。クレアとの関係も気になる。その為、殊更にカレルを無視して話を続けた。ライマーはそれに愛想良く受け答えしながら、カレルに料理の乗った皿を渡した。ちゃんと肉を避けて取ってくれてる。だが、それで放っておかれるのは気に入らない。こんな風に二の次にされたのも初めてだ。カレルはその皿をそのままテーブルに戻した。
カルサアでは床に敷いた絨毯の上に直接座っての事が殆どだが、ここアーリグリフでは立食形式となっていたため、何となく落ち着かない。ただ突っ立っているのもいい加減疲れてきた。だが、会話に夢中な二人はそんなことは気にならないようだ。
「あの本、君も読んだだろう?」
「勿論です。何度も読み返しました。」
「ははは、そうか!私も未だに手に取るよ。」
それはカレルが面白くないと文句を言った本だった。ライマーに薦められて、一頁も読まないうちに投げ出し、それっきりになっている。
タイプも好みも似ているからか、2人の会話は弾む。それを聞きながらカレルは思った。
考えてみれば、ライマーが興味を持つ事に対して、カレルは全く興味が無い。共通の趣味もない。ライマーはカレルのやる事に一応関心を示してくれるが、カレルは興味のない事は全く顧みない。
ライマーは随分無理して自分に合わせてくれていたのだろう。でも、本当はこういう話をしたかったのかもしれない。自分に対しては一度もした事のない話だ。活き活きと楽しそうに話すライマーの様子に、カレルは複雑な心情を抱いた。
「カレルさん、どうぞ。」
カレルが一人になっていることに気付いたオレストが、フルーツがのった皿を持ってやってきた。
「ああ…サンキュ。」
カレルは礼を言ってリンゴを一切れ口に入れた。だが、それは持ってきてくれたオレストに対する一応の礼儀として。本当は食べる気にはなれないでいることにオレストは気付いた。酒も、ただカラカラと中の氷を回しているだけ。原因はあの二人。オレストはそちらを見ながら言った。
「あーあ。ライマーさん、盗られちゃいましたね。」
コトッ…。
カレルがグラスを置いた。別に激しく置いたわけではない。あくまで普通だった。だが、オルストは直感した。踏んではならない地雷を踏んでしまったことを。そして、カレルがそれを冗談として受け流せない程、事態は深刻であるということを。
「なぁ、オレスト。」
穏やかな口調でカレルがオレストの肩に腕を回してきた。反対の手でオレストが持っていたグラスを優しく受け取って、テーブルに置く。笑顔を浮かべているが、目が全く笑っていない。
(こ…怖…。)
オレストは冷や汗を流しながら引きつった笑みを返した。
「え…えへへ…。」
カレルがそんなオレストの肩を、慰めるようにポンポンと叩き、
「お前はホントにドングリだな。」
と言った次の瞬間、グイッとオレストの首を小脇に抱えこんだ。
「うわッ!」
首根っこを押さえられたら、引き回されるままについて行くしかない。そうして連れて行かれた先は酒豪が集まったテーブル。一旦捕まってしまうと、ぶっ倒れるまで放してくれないという、恐ろしい連中がそろっている。そんな中に、
「お前ら!こいつを潰してやれ!」
と、ポイと放り捨てられた。
「かっ、勘弁して下さい!!」
必死で逃げようとするオレスト。だが襟首をグイと引き戻され、手際よく杯を持たされる。ガバガバと溢れるほどに酒を注がれ、酒飲みコールが始まる。最早逃げられない。二人羽織で酒を飲まされ、目を白黒させるオレスト。その様子を満足げに見届けると、カレルはすっと外へ出て行った。
カレルが出て行くのをライマーが目で追っていると、ハロルドも同様にそれを見ていたのか、
「聞くところによると、君達は同期らしいな。」
とカレルの事を話題にした。
「はい。」
「君は首席だったそうじゃないか。しかも、史上最優秀成績の。それなのに、何故、彼の下に配属されているのだ?」
あんなはしたない真似をするような人間の下に…と付けたしたかったが、それを言うと、からかわれた経緯を説明しなければならないので、それは飲み込んだ。
「納得いかないと言えば、君が漆黒にいる事もだ。君は明らかに風雷向きだ。」
「はあ…。」
「風雷に来れば、君はきっと団長候補と…いや、団長となる男だ。君ほどの男がただの師団長に甘んじているなど、勿体無過ぎる。」
「そう言って頂けて、本当に光栄です。ですが自分は漆黒を離れる気はありません。」
ライマーは今度こそはっきりと断った。ハロルドはそんなライマーの真意を探ろうとじっと見た。
「理由を聞きたい。」
「それは―――」
ライマーはしばし言葉を捜した。
「…一言で言うと、自分の我がままです。」
「我がまま?」
「カレル隊長からも風雷へ行く気はないかと勧められましたが」
「あの男がそう言ったのか…?」
ハロルドは少々驚いた。ライマーを失うのは大変な損失だ。だから、
「はい。自分の事を考えてくれた上で。」
「あの男が…。」
ハロルドはカレルを誤解している。そう感じたライマーは少々熱くなった。
「隊長はそういう人間です。彼ほど本気で相手の事を考える人間を自分は知りません。」
ハロルドだってライマーのことを考えて風雷をすすめてくれているのに、それに対してこの言いようはなかったかもしれない。だが、撤回する気はなかった。カレルがどれ程ライマーのことを考えてくれているか。それを知って欲しかった。
「ですが、自分はやはりどうしても…。」
「…何故、そこまで漆黒にこだわる?」
「今の精鋭部隊は、隊長とゼロから作りました。その分、強い思い入れがあるのです。」
本当はそれだけじゃない。もっとも大切な理由がある。だが、それをここで言うつもりはない。
「何故、君が隊長ではないのだ?」
「二人で話し合った上で決めました。」
ライマーの口調に他者を寄せ付けないものを感じ、ハロルドもそれ以上は何も言えなくなった。
「そうか…。私が口を出すべき事ではなかったな。」
気まずい空気を吹き消すように、ハロルドはカラッと口調を変えた。
「よし、今日は飲もう!」