(今日の隊長は変だ…。)
部下は御者台から、後ろに乗っているカレルの様子を心配そうにうかがった。いきなり頭を殴りだしたかと思えば、しゃがみこんで雪で顔を洗い、そして今度は頭を抱えて溜息ばかり。
飛竜で帰れば速いのに、カレルはルム車で帰りたいと言った。ゆっくり考え事をしたいのだとか。そうして荷台に乗り込んでうつむいたまま、何度も溜息をついている。
「隊長、ちょっと休みましょうか?」
よっぽど具合が悪いのかと思ってそう声を掛けたのだが、カレルはけろりと返事を返した。
「大丈夫だ。」
「しかし――」
「ちょっと考え事してるだけだ。心配してくれてアリガト、な。」
カレルは手のひらで顔をこすり、にっと笑って見せた。だが、しばらくするとまた溜息が戻ってきた。
カレルが悶々と頭を悩ませていたのはライマーの事だった。
カルサアに帰ったらまずアルベルのところに顔を出して、それからやはりライマーのところに行くべきだろう。だが、ライマーとどういう顔をして会えばいいのか、それがわからないのだ。いつも通り普通に会えばいいのだろうが、あの恥ずかしい姿を見られてしまった後で、そんな余裕を見せれる自信はなかった。かといって、避ければ変に思われる。せめてもうちょっと時間が経てば気持ちも落ち着くのだろうが、ただでさえアーリグリフ滞在期間を延長してもらったわけだから、今日こそカルサアに帰らなければならない。
それでこうしてルム車で時間を稼いでいるわけだ。こんな方法しか思いつかない自分に、我ながら呆れる。
(あいつと顔を合わせるのがこんなに怖いなんてな。)
この身ごと消し去りたいとまで思い詰めていた、あの絶対に認めたくない姿を、ライマーはどう思っただろう?男を受け入れて悦ぶなんて、浅ましいと思っただろうか?
いや、そんなはずはない。
ライマーは最初からそこに触れてきた。そうするのが当然というように。
そして、躊躇うことなく奥まで―――
そうしながら、何度も口付けられた。息ができないほどに深く熱く。
ひとつになりたい!もっと!!もっと!!!
そういう渇望が確かにあった。だが、時間が経つと不安が首をもたげてくる。
その場で気分が盛り上がって、正気に返ったらすっかり冷めていたなんて、よくある話だ。
しかも男同士のセックスだ。罪悪感があって当然なのだ。あの真面目なライマーが、タブーを犯して平気でいるはずがない。
あの部屋を出て行ったとき、ライマーはどんな表情をしていただろうか?
せめてそれがいつも通りの優しい表情であったなら、少しは安心できただろうに。
「はあ〜あ……」
あの時、気を失ってしまったことがつくづく悔やまれた。
今日、カレルがアーリグリフから帰ってくる。ライマーは落ち着かない気持ちを隠して、仕事に打ち込もうとしていたが、三度もミスを指摘され、とうとう諦めた。
「カレルが帰ってきたら、真っ先に知らせてくれないか。」
傍にいた部下に頼む。部下は「わかりました。」と言いつつ、ふっと笑った。
「ですが、その件に関してはいつもお役に立てませんがね。」
ライマーの方が先にカレルを見つけてしまうからだ。
ライマーはそれには返事をせず、立ち上がって窓から空を見上げた。
(これまではそうだった。…これからもそうあれるだろうか?)
ライマーの横顔に深い蔭りが落ちた。