小説☆アラアル編---解放(10)

  (今日の隊長は変だ…。)

部下は御者台から、後ろに乗っているカレルの様子を心配そうにうかがった。いきなり頭を殴りだしたかと思えば、しゃがみこんで雪で顔を洗い、そして今度は頭を抱えて溜息ばかり。

飛竜で帰れば速いのに、カレルはルム車で帰りたいと言った。ゆっくり考え事をしたいのだとか。そうして荷台に乗り込んでうつむいたまま、何度も溜息をついている。

  「隊長、ちょっと休みましょうか?」

よっぽど具合が悪いのかと思ってそう声を掛けたのだが、カレルはけろりと返事を返した。

  「大丈夫だ。」

  「しかし――」

  「ちょっと考え事してるだけだ。心配してくれてアリガト、な。」

カレルは手のひらで顔をこすり、にっと笑って見せた。だが、しばらくするとまた溜息が戻ってきた。

カレルが悶々と頭を悩ませていたのはライマーの事だった。

カルサアに帰ったらまずアルベルのところに顔を出して、それからやはりライマーのところに行くべきだろう。だが、ライマーとどういう顔をして会えばいいのか、それがわからないのだ。いつも通り普通に会えばいいのだろうが、あの恥ずかしい姿を見られてしまった後で、そんな余裕を見せれる自信はなかった。かといって、避ければ変に思われる。せめてもうちょっと時間が経てば気持ちも落ち着くのだろうが、ただでさえアーリグリフ滞在期間を延長してもらったわけだから、今日こそカルサアに帰らなければならない。

それでこうしてルム車で時間を稼いでいるわけだ。こんな方法しか思いつかない自分に、我ながら呆れる。

  (あいつと顔を合わせるのがこんなに怖いなんてな。)

この身ごと消し去りたいとまで思い詰めていた、あの絶対に認めたくない姿を、ライマーはどう思っただろう?男を受け入れて悦ぶなんて、浅ましいと思っただろうか?

いや、そんなはずはない。

ライマーは最初からそこに触れてきた。そうするのが当然というように。 そして、躊躇うことなく奥まで―――

そうしながら、何度も口付けられた。息ができないほどに深く熱く。

ひとつになりたい!もっと!!もっと!!!

そういう渇望が確かにあった。だが、時間が経つと不安が首をもたげてくる。

その場で気分が盛り上がって、正気に返ったらすっかり冷めていたなんて、よくある話だ。 しかも男同士のセックスだ。罪悪感があって当然なのだ。あの真面目なライマーが、タブーを犯して平気でいるはずがない。

あの部屋を出て行ったとき、ライマーはどんな表情をしていただろうか?

せめてそれがいつも通りの優しい表情であったなら、少しは安心できただろうに。

  「はあ〜あ……」

あの時、気を失ってしまったことがつくづく悔やまれた。





今日、カレルがアーリグリフから帰ってくる。ライマーは落ち着かない気持ちを隠して、仕事に打ち込もうとしていたが、三度もミスを指摘され、とうとう諦めた。

  「カレルが帰ってきたら、真っ先に知らせてくれないか。」

傍にいた部下に頼む。部下は「わかりました。」と言いつつ、ふっと笑った。

  「ですが、その件に関してはいつもお役に立てませんがね。」

ライマーの方が先にカレルを見つけてしまうからだ。

ライマーはそれには返事をせず、立ち上がって窓から空を見上げた。

  (これまではそうだった。…これからもそうあれるだろうか?)

ライマーの横顔に深い蔭りが落ちた。

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