小説☆カレル編---解放(2)

  『何をするんだ、お前はッ!!』

だが、ライマーは嫌な顔をしてなかった。真っ赤になって動揺してた。この間のあの時みたいに。

カレルはふっと笑い、だがそれはすぐに翳った。 追って襲ってきたのは猛烈な自己嫌悪。

  (何てことをしちまったんだ、俺は…)

ライマーが勅語を賜る様子を柱の影から見守りながら、我がことのように嬉しかった。漆黒副団長としてのライマーの姿は堂々と男らしく、眩しかった。親友として誇らしかった。

…デモ、アレハ 自分ジャナイ。

  (何で俺はライマーみたいになれなかったんだろうな…。もし俺があいつみたいに力強く逞しい男だったら…。)

柱の影にこそこそと隠れている自分。皆から祝福を受け、堂々と輝いているライマー。

その時、どす黒い感情が心の奥底からドロリと溢れてきた。

…汚シタイ。自分ト同ジヨウニ。



  (とにかく謝らねぇと…!)

自分の部屋に向かっていた足をくるりと反転させ、再び歩きかけて立ち止まった。

今は顔を合わせたくない…。

と、カレルは物見の塔の入り口の前に誰もいないのに気付いた。いつもは警備兵がいて、「シューイン隊長を通すなと命令を受けています。」と、頑として通してくれなかったのだが、今日は要人達の護衛に出払っているのか、誰もいなかった。常に張り付いて、カレルが妙な気を起こさないよう目を光らせている部下は、さっきのドサクサでまいてきた。あそこからならカルサアに去っていくライマーをこっそり見送れる。それを見送りながら、せめて心の中で謝ろう。

階段を上り切るやいなや、冷たい風が音を立てて吹き抜けた。この格好では相当寒いはずなのだが、感覚が鈍っているのかそれを感じない。カレルは塔のてっぺんから飛竜舎を見下ろした。そこからライマーを乗せた飛竜が飛び立つはず。と、その時。

  「そんなにねたましいか?」

自分の心を見透かした言葉にぎくりとした。頭の中のあの男の声ではない。これは現実?振り返ると、そこにハロルドが立っていた。塔に上ろうとしているカレルの姿を見つけ、カレルを庇い決して責めようとしないライマーに代わって一言言うために、わざわざ追いかけてきたのだ。

  「ライマー君が副団長になったのが、悔しいのだろう?」

  「いいえ。」

カレルは無表情で返した。まるで人形のようだ。だが、

  「人前であんな大恥をかかせておいて、何が親友だ。」

そう言った瞬間、カレルの顔色が変わった。

  「うるさい!」

  「なんだと!?」

  「うるさいうるさいうるさいッ!!」

ハロルドの声に被るように、あの男の喘ぎが頭に響き始めたのだ。

…はあはあ…お前のせいだ…お前のせいでライマーがまた…お前さえいなければ…お前さえ…死ね…死ね…お前なんか死んでしまえ!

カレルは耳を塞いで上半身を屈めた。みるみる呼吸が荒くなっていく。

  「お、おい…?」

カレルの異様な雰囲気にハロルドはたじろいだ。と、カレルが塀に駆け寄り、そこから身を乗り出した。

落ちる!

ハロルドは必死でカレルの身体を引きずり戻した。

  「なッ、何をするんだ、君はッ!?」

ここから落ちたら即死だ。ハロルドはカレルを羽交い絞めにし、塀から遠ざけた。だが、手を離した途端、塀に駆け戻ろうとする。慌てて腕を掴んでそれを引きずり戻し、壁に押さえつけた。すると今度は、死に物狂いで抵抗し始めた。

  「いっ、嫌だッ!やめろっ!やめてくれッ!!」

  「ちょッ、誰かッ!」

暴れるカレルをもてあまし、ハロルドが助けを求めたとき、

  「カレル!!」

ライマーの声がした。その途端、カレルは急におとなしくなった。もう手を離しても大丈夫だろうか?ハロルドが迷っていると、ライマーが引きちぎる様にしてカレルの手を取り返した。ライマーは、カレルの見張りにつけていた部下から『姿を見失った』と報告を受けた次の瞬間にはこの塔に向かっていたのだ。単なる勘。だが、いつもそれは当たる。そしてそこで、ハロルドがカレルを無理やり押さえつけているのを見つけた。背中にカレルを庇い、厳しい目でハロルドを咎める。

  「何をしているんですか!?」

  「いや、彼が急にそこから」

ハロルドが事情を説明しようとしたのを、

  「すいません!」

と、カレルが遮った。だが、ハロルドが指差した方向を見て、ライマーが全てを悟ってしまったのを知ると、

  「ちょっとふざけただけだ。」

といつもの軽い口調で言った。だが、震えながらの蒼白な顔でそう言われて、誰が信じるだろうか。

  「カレル、お前…!」

ライマーは血相を変えてカレルの両肩を掴んだ。何故、ここから飛び降りようなどとしたのか。何故、死にたいなどと思うのか。問い詰めたい衝動に駆られたが、寸でのところで思いとどまった。問い詰めれば余計に、追い詰めてしまうことに気付いて。何も言えず、ただカレルの肩が一段と細くなっているのを感じていると、カレルが目を逸らしたままぽつりと言った。

  「ごめん……大恥かかせちまって…。」

  「そんなことはどうでもいい。」

  「…。」

カレルは俯いた。心の中でひたすら謝り続けているのだろう。ライマーはカレルの顔を上げさせた。そして、ハロルドや部下達が見ているのも構わず、その唇に優しく口付けた。驚いて見上げてきたカレルの目をしっかりと捕まえて言った。

  「本当だ。少しは俺を信じろ。」

そう言った瞬間、カレルの目に涙が浮かんだ。ライマーはそれを隠すようにカレルの頭を自分の胸に押し付け、呆気に取られている部下に言った。

  「医者を呼んで来てくれ。」

  「は…はい、わ、わかりました。」

部下はドギマギしながら出て行った。同様に呆気に取られていたハロルドは、

  「ライマー君…。君は…」

と言いかけたが、カレルの頭からマントを掛けているライマーの手つきの、そのあまりに優しさに、それ以上何も言えず話を変えた。

  「具合が悪いというのは本当だったのか…。」

見た感じどこも悪くなさそうだったから、単なる口実だと思っていた。

  「カレルは今、普通の状態ではありません。こんなことは初めてで…なぜこうなっ……」

ライマーは話の途中ではっとして、腕の中のカレルを見下ろした。突然カレルの身体から力が抜けたのだ。

  「カレル!?」

ライマーは急いでカレルの脈を取った。

  「どうした、大丈夫か!?」

  「良かった。眠っているだけのようです。」

ライマーはほっとすると、マントで包んだ身体をそのまま横抱きに抱え、

  「部屋に寝かせてきます。」

と、物見の塔の階段を下りていった。



  「…まさかそういう関係だったとは。」

ライマーの背中を見送ったハロルドは一人つぶやいた。ハロルドは男色には否定的だ。強い抵抗感がある。将来を期待するライマーにはそんな間違った関係に陥って欲しくない。即刻、二人を引き離すべきだ。

  (だが…)

ハロルドは腕を組み、塔からの景色に目を向けた。

  (あんな姿を見せ付けられてしまっては、何も言えないじゃないか…。)

  『ちょっとふざけただけだ。』

あれはライマーを心配させまいとした台詞だった。直前まであれほどの錯乱状態にありながら、必死で大丈夫なフリをするカレル。そして、そんなカレルの全てを包み込んだライマー。

  『そんなことはどうでもいい。』

どうでもいいはずなどない。さっきまであんなに動揺していたのだから。でも、そんなことは微塵も見せず、自分からキスしてみせた。少しでもカレルの心を軽くするために。

二人の互いを思いやる気持ちが痛いほどに伝わってきた。

そんな二人の想いを誰が『間違っている』と否定できるだろうか。

  (もっとも、受け入れるには時間がかかりそうだが…。)

ハロルドはそんな事を考えながら、塔を後にした。

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