小説☆アラアル編---解放(6)

あの日、男としての自尊心を根こそぎ剥ぎ取られた。その原因たる記憶に蓋をしても、欠落感だけは残った。

それが何なのかわからず、ただ、ライマーの中にそれはあるような気がして、無意識にライマーを求めていた。

何故そうせずにはいられないのかはわからなかったが、ただ漠然と、自分にないものを持っているからだと思っていた。

だが、今ははっきりわかる。

自分が失くしたそれを、ライマーは最も理想的な形で持っていたのだ。

カレルにとって、ライマーは理想的な男性像だった。そのライマーが、自分を親友だといい、「お前を誇りに思う。」と、そう言ってくれるから、自分もその理想の姿であるかのように錯覚できた。

だがそれは幻想に過ぎなかった。

過去に封じた記憶の箱の中にうずくまっていたのは、男に犯されて悦んでいるような自分。

同性愛を話題にすることすら断固として拒否するライマーが、そのことを知ったらどんな顔をするだろう?

軽蔑する?いや、ライマーならきっと我が事のように受け止め、心配してくれるだろう。だが、そうされれることがどれほど惨めか。

―――お前にはこの苦しみはわからない。きっと一生わからない。

そんな高いところから、手を差し伸べられても、惨めな俺はただうつむくしかない。

それとも、お前、堕ちてこれるのか?俺のとこまで。

どうせ無理に決まってる―――





  「じゃあ…セックス。」

そう言ったとき、ライマーが凍りついたのは気配でわかった。目を上げることはできなかった。その時、ライマーがどんな表情をしたか。それを知るのが恐ろしかった。

腕をつかんでいた手がゆっくりと離された。ライマーが街の方へ体の向きを変えた。

  (やっぱりな…。)

絶望の中、そう自嘲しかけたところで今度はカレルが凍りついた。ライマーに背中を押されたのだ。

  「…行こう。」

優しく大きな手のひらの感触が、背中をざわめかせた。

どこに?

だが、ライマーの後姿の厳しさに声を掛けることができなかった。聞き間違いかもしれない。またいつもの勘違いかもしれない。「馬鹿なこと言ってないで、もう帰ろう。」という意味なのかもしれない。

  (けど…。)

カレルはどうすればいいかわからず、ただライマーについていった。



最初の分かれ道で「じゃあな。」と言われるかと思った。だが、ライマーはそこを通り過ぎた。城門の前でも立ち止まることなく、黙って歩き続けている。自分が後ろから付いてきているのを忘れているのではないだろうかとカレルは不安になった。

たどり着いたのは小さな家。ライマーが使っていた拠点のひとつだった。ドアの鍵を開け、ノブに手を掛けたところでライマーが振り返った。ライマーの目の厳しさに、カレルはぎくりと立ち止まった。

『いつまで付いてくる気だ?』そう言われるのかと身構えたが違った。ライマーは黙ってドアを開け、カレルが中に入るのを待った。

カレルは一瞬、逃げ出したい気持ちに駆られた。しかし、逃げ出して、それからどうする?もう、あの地獄に戻るのは嫌だ。あのドアをくぐったら違う世界が待っているかもしれない。そう思ったら足が勝手に前に進んだ。カレルが中に入ると、ライマーはドアを閉め、中から鍵を掛けた。ガチャンという鉄の音が、誰もいない家に重々しく響く。

もう後には引けない。そんな気がした。

次の話へ/→目次へ戻る