小説☆アラアル編---解放(7)

一歩ごとにミシリと軋む、狭く急な階段を上って二階に上がり、奥の部屋に入ると、ライマーはまず暖炉に火をつけた。薪を多めにくべる。カーテンが閉められたままの部屋は薄暗く、暖炉の明かりのみが部屋を照らす。

会話は一言もない。二人の間に流れる沈黙をこんなに重く感じるのは初めてだ。 ライマーはコートを脱いで椅子に掛けると、暖炉の前の椅子とテーブルを脇へどかした。そして箪笥から取り出してきた毛布を、絨毯の上に広げた。

  (何の為に?…って、まさか…本当に?本気なのか?)

カレルは動揺した。自分から言い出したくせに、自分が今からセックスをするなど信じられなかった。ましてや、ライマーが自分に対してそうした行為をするなど、そんなことが実際に起こるわけがない。同性愛をあんなに拒否していたのに。

その為に作られた場を見下ろしているカレルの、その強張った表情に気付き、ライマーが言った。

  「やめるなら、今だ。」

やめる?

カレルは目を上げた。目が合った。嘘やごまかしを一切許さない厳しい目だった。

ライマーはカレルが答えを出すのをじっと待っている。さっき、ドアをあけて待っていたのと同じように。あれはつまり、カレルが本気かどうかを試していたのだ。

もしかしたら、これでライマーとの関係が壊れてしまうかもしれないと思った途端、カレルは急に恐ろしくなった。そうなるくらいなら、塔から飛び降りたほうが100倍マシだ。だが、カレルはどうしても、あの時の身体の反応が単なる生理現象に過ぎなかったのだという証拠が欲しかった。ライマーとだったら、あの吐き気のするような行為もきっと違うものになるはずなのだ。

でも、もし途中でライマーにやはり自分には無理だと拒絶されてしまったら。身体が淫らに悦ぶ様を、ライマーに嫌悪されてしまったら…。

  (いや…そうなったら、もう、本当に思い残すことはない。これで本当に踏ん切りがつく。)

カレルは死ぬ覚悟でもって前に踏み出した。足が震えている。寒さのせいではない。そうしてただ黙ってライマーの前に立った。

それでもどこか、ひょっとしたらこれは夢なのではないかと、目の前の現実を疑っていた。

マフラーを外され、コートを脱がされた。コートの中に閉じ込められていた温かい空気が散り、すうっと部屋の空気が服の繊維から忍び込んでくる。

その冷たさで、やっと実感した。これは現実だ、と。

ライマーの手が頬に触れた瞬間、カレルはビクリと身をすくめた。こんなに怯えた反応をしたら、「やめるか?」と言われるかと心配したが、それはなかった。

足の震えが、今や全身に広がっている。何とかそれを治めようと、カレルは手をぐっと握り締めた。心臓が今にも張り裂けそうだ。

  (どうする!?どうすりゃいい!?)

ここまで来て最早どうするも何もないのだが、カレルは軽いパニック状態に陥りながら、ライマーが今、この状況をどう思っているのか考えをめぐらせた。何でもすると言ってしまった手前、退くに退けなくなってるのかもしれない。本当は嫌なのに、仕方なくこうして…だったらこちらからやめようと言えばほっとするに違いない。でも、さっき、やめるなら今だと言われて―――

ライマーがカレルの唇に口付けた。その途端、ぐるぐると暴走していた思考が完全に凍り付いてしまった。

そして、両手で頬を挟まれた次の瞬間、ぐっと深く口付けられた。

ライマーの舌がカレルの舌を絡め取りに来た。その力強い性急さに圧倒され、思わず身を引きかけたが、ぐっと押さえ込まれた。息もつけないほどの濃厚なキスに息が乱れる。身体がしびれ、足から力が抜けたのを機に、体を横たえられた。

胸に直接触れる手の感触に、いつの間にか前を開けられていたことに気付く。ライマーの大きな手が胸を滑って下に下りていく。それが下腹部に差し掛かったとき、カレルはぎくりとしてそれを必死に止めた。

キスだけでこんなになってるなんて、自分だけが熱くなっているなんて、そんな惨めなことはない。だが、抵抗する間もなく、全てを剥ぎ取られ、力ずくで足を左右に開かれた。

見られた―――

そのあまりの恥ずかしさにカレルは顔を背けた。

ライマーが手を離した。やっぱり無理だと言われるのかと、カレルはすがる様な目でライマーの表情を窺った。ライマーはそんなカレルをまっすぐ見つめながら服を脱ぎ捨てた。惚れ惚れするほどの肉体美。そして…

ライマーが欲情している――――

その瞬間、体中の血が沸騰するのを感じた。

ライマーが再び覆いかぶさってきた。カレルは全てを委ねた。





あの時とは何もかもが違った。ただ触れ合っているだけで心と身体が震える。

ライマーが自分を欲しがっている。そう思うだけで身体の最奥から熱いものがとめどなくこみ上げてくる。

これがセックス。

体だけではない。心と心の深いつながりに心が満たされる。

今。大切なのは今この時。今起こっている全ての感覚を味わいつくし、この一瞬一瞬を心と身体に深く刻み付けていく。

生まれて初めての快感に身体を震わせるたび、強く抱きしめられ、何度も何度もキスされた。

二人の呼吸の間隔が再び狭まって来た。

何も考えられない。ただそこにのぼりつめることしか。

ライマーからダイレクトに伝わってくる熱が、カレルの身体中を駆け巡り、受け止めきれないほどの歓喜と共に一気に弾けた。

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