目が覚めた時、一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。
(ここは…?あれは夢?……じゃない。)
カレルはゆっくりと起き上がった。身体がひどく重い。喉もからからだ。
ライマーがいない。いつの間にか、服を着せられ、ベッドに移されていた。どうやらここは別の部屋らしい。
(ライマーは?あの部屋にいるのか?)
あれからどれだけ時間が経ったのか。カレルは暖炉に目をやった。薪の萌え具合から、結構な時間が過ぎているようだ。痕跡はすべて消されていた。身体に残る痺れを除いて。
(ベッドがあるのに、なんで床に毛布を敷いて…ああいや、このサイズじゃ無理か。)
そのベッドは幅が狭く、一人が横になるのがやっとだ。
(いやいや、そんなことより先に考えるべきことがあるだろ?……えーっと……なんだっけ?)
このベッドは仮眠用にぴったりだの、カーテンが埃っぽいだの、余計な考えは次々と浮かんでは消えていくのに、肝心な事はさっぱり浮かばない。カレルはやっとの思いでベッドから這い出て、ふらつきながらどさりと椅子に腰掛け、つぶやいた。
「…腹減った…。」
その物音を聞きつけたらしい。一階から足音が階段を上ってきた。一瞬どきりとしたが、すぐに足音が違うと思いなおした。ドアをノックし、入ってきたのは、やはりライマーではなかった。
一階にいたのは部下だった。ライマーに呼ばれて来たのだという。そして、丸一日眠っていたことを知らされた。成るほど、体が強張っているのはそのせいか。ライマーは昨日、カルサアに帰ったのだとか。
そんなことより空腹でめまいがしそうだ。
空腹…それを感じるのは久しぶりの気がする。
そんなことを考えながら、顔を洗い、部下が用意してくれたりんごをゆっくりと食べた。
寝過ぎたせいか、どうにも頭がはっきりしない。まるで夢の中にいるかのようだ。りんごの冷たい感触だけが、これは現実だと教えてくれる。
「隊長、りんご、もう一個剥きましょうか?」
「いや、もういい。ごちそーさん。」
りんごの糖分が脳に回ってきたようで、ようやくぼんやりとした頭がはっきりしてきた。と、その頭に、ぼわん!とライマーとのあれこれが鮮明に蘇ってきた。その途端、カアッと頬が上気し、急いで手で顔を覆った。
「大丈夫ですか!?」
薬の準備をしていた部下が、カレルの様子に気付いて心配してきた。
「ああ、大丈夫。りんごが喉に詰まりそうになっただけだ。」
カレルは胸を叩く素振りを見せ、そう誤魔化した。
城への道を歩きながらカレルは頬をぱちぱちと叩いた。ライマーとの事を思い出すだけで顔が上気してしまう。火照った頬を風が程よく冷ましてくれなければ、熱を発しすぎて倒れてしまっていたかもしれない。
実は途中から記憶がない。受け止めきれないほどの快感に次々と襲い掛かられ、堪らずこれ以上は無理だと訴えたが、ライマーの責めは止まることなく、そこから完全に記憶が飛んでしまった。
…あられもない声をあげまくった気がする。それだけは決して、絶対に絶対にするまい!と、必死で我慢してたのに。
(俺って奴はッ!俺って奴はーーッ!!)
ぱちぱちと叩いていた手がゲンコツになり、頭をボカボカとなぐり始めた。
「隊長!?」
突然のカレルの奇行に、半歩後ろから付いてきていた部下が戸惑いを見せている。カレルは慌てて平静を取り繕った。
「ちょっと頭がぼーっとしててな。叩いたらはっきりしねーかなー、なんてな。ははは。」
そう言い訳しながら、再び歩き始める。そうしながらカレルは気付いた。自分の痴態を恥じていたのは前と全く同じ状況なのに、気持ちがまるで違う、と。いや、今度は声まで上げてしまったわけで、更に恥ずかしい状態だ。そんな恥ずかしい自分を消してしまいたいと思うのは同じ。でもこんなに胸がドキドキすることはなかった。
理由は多分、そうさせたのがライマーだからだ。
(それにあいつだって…)
その時のライマーの表情を思い出した途端、カレルの頭からボンッ!と湯気が上がった。
(落ち着け、落ち着け…)
カレルは急に立ち止まって、両手でパンパンと頬を挟むように叩き始めた。頬にジーンと痛みが広がる。その痛みでもって何とか平静を保とうとする。
「あの…そんなに叩いたら…」
部下が恐る恐る声を掛けてきた。
「いやー、丸一日寝てたから、相当ぼけてんなー。」
カレルは急いでなんでもない素振りを見せ、また歩き始めた。今日はいい天気だ、と気持ちを他に向けるも、すぐに、それにしても…と先ほどの続きに戻った。
(セクシーってのはああいうことを言うのか…。あいつのあんな顔…初めて見た…。)
もう一度見たい。今度はもっと…と、そう思った瞬間、ズクンと身体が疼いた。
(ヤベッ!)
カレルはいきなりしゃがみこむと、道端の雪を手ですくい、それで顔を洗い出した。
「た、隊長!?」
(はっ!しまった!)
はっと我に返ったカレルは急いで立ち上がった。
「よし!今度こそ目が覚めた!」
カレルは焦りを隠しながら、スタスタと歩き出した。部下はそれを呆気に取られて見送りかけ、置いていかれそうになっていることに気付いて慌てて付いていった。
(さっきから胸がドキドキしっぱなしだ…。はは、なんか恋愛小説のヒロインみてぇだな。)
こんなのは初めてだ。恐らくこれが『トキメキ』というものに違いない。そんなものは単なる夢物語だと思っていた。それをまさか実際に味わうことになろうとは。
ライマーはどう感じただろう?
自分と同じように感じてくれただろうか。
…それとも後悔しただろうか?