眠っているカレルのことを部下に任せ、飛竜に乗ってカルサアに向かいながら、ライマーは激しく後悔していた。突き刺さるような冷気が、のぼせた頭と身体を強制的に冷やしていく。
『じゃあ…セックス。』
カレルが肉体関係を求めてきたのはこれが初めてではない。だがいつもそれは本気ではなかった。こちらの反応を窺うための単なる言葉遊び。事実、カレルは性的なことを一切受け付けようとせず、こちらが本気になるのを恐れるかのように、必ず逃げ道を残していた。しかし、今回は違った。信じられなくて、何度もカレルの本気を確かめた。そして、『やめるなら今だ』という最終通告にも退くことなく、カレルは震えながら、それでも自分の前に立った。
『カレルさんにはセックスによる愛の交歓が必要です。』
オレストがそう言った。カレルを失ってからでは遅い、とも。
(オレストにそう言われたから?お前はカレルのためにそうしたというのか?)
違うだろう?と厳しい自己が、言い訳に逃げようとする弱さを糾弾する。
(あの時、俺は自分のことしか考えてなかった…。)
カレルが何故セックスを求めてきたのか、ちゃんと理由を聞くべきだった。もっと話をするべきだった。カレルは普通の精神状態ではないとわかっていたのに、目の前に起こった信じられない事象をあろうことか千載一遇のチャンスと捉え、それを逃したくなくて、他の選択肢を全て無視した。しかも、オレストに言われたことを免罪符にして。
(最低だ…!!)
己の浅ましさに打ちひしがれるライマーの脳裏に、オレストの声が蘇る。
『ただライマーさんのしたいようにすればいいんです。カレルさんのため、じゃなくて。』
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アーリグリフ城の物見の塔での一件の後、ライマーはその足でオレストの部屋を訪ねた。オレストがカレルの何を掴んでいるのか、今日こそ聞き出すつもりだった。勧められたソファに座るなりライマーは本題に入った。
「カレルが塔から飛び降りようとした。」
そう伝えると、オレストの顔色が変わった。
「詳しく聞かせてください。」
オレストは特に、誰が何を言ったかを事細かく尋ねてきた。ライマーは言葉のやり取りを思い出しながら、正確に伝えた。
「アイツが『耳を貸せ』と言って、俺が身を屈めたらいきなり…」
それを口にするのは勇気がいった。だが、ライマーは思い切って言った。
「…キスしてきて。」
「えっ!?」
オレストが驚いたのは、カレルが人前でそんな事をしでかしたという事実にだった。
飛び降りようとする直前、カレルとどういうやり取りをしたのかは、ハロルドから聞いていた。それも伝え、ただ、自分からキスしたことだけはやはり言えず、伏せておいた。
それらを聞き終えたオレストは幾度か頷き、そして言った。
「カレルさんには、身も心もひっくるめた、ライマーさんの愛が必要です。」
それは、いつも通りの答えだった。
「…それは本気で言っているのか?」
もしこれがいつもの冗談だったら、この怒りを抑えることはできない。すると、オレストは小さくニコっと笑った。
「僕はいつだって本気です。それを受け流してきたのはライマーさんの方でしょう?」
「!」
「ライマーさんの気持ちはわかるつもりです。でももう、そんなこと言ってる場合じゃないと思います。」
ライマーはぎくりとした。
「俺の…気持ち?」
自分の何を指してそう言っているのか。オレストはさらに言った。
「自分に正直になればいいだけです。何も恐れることはありません。」
心臓をやんわりと握られた気分だった。ライマーはうろたえそうになるのを必死で押しとどめ、冷静な仮面を被った。
「正直に?そうなった俺がどれほど浅ましいか、それを知ってて言っているのか?」
すると、オレストはついに核心に触れた。
「好きな人を欲しいと思うのは当たり前のことでしょう?寧ろ、それを『浅ましい』ものとして押し隠しているほうが不自然です。」
ライマーは観念した。そうだ、それが俺の本性だ。どうせ隠しきれるとは思っていなかった。だが、
「カレルを穢すような真似は絶対にできん。」
「『穢す』っていうのはライマーさんの考えでしょ?」
「…だが!」
「カレルさんを失ってからでは遅いですよ?」
「!」
ライマーは額に手を当て、じっと考え込んだ。
「根拠を聞きたい。」
本当にそうしても良いという免罪符が、欠片でもいいから欲しい。だが、オレストは首を横に振った。
「それはカレルさんに関することになるので、僕からは言えません。ただ今回の話を聞いて、確信しました。」
そして、オレストは穏やかに宣告した。
「はっきりいいます。カレルさんにはセックスによる愛の交歓が必要です。それはライマーさんにしかできない。」
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結局、オレストからは何も聞き出せなかった。ただ、オレストは『カレルさんのためにではなく』というのを強調し、『あくまでライマーさん自身のために』そうするようにと何度も念を押した。
本当にそれでよかったのだろうか。
しかしだからといって、あそこまでやっていいはずがない。
腕の中から逃げようとするのを引きずり戻して押さえつけ、何度も何度も…
(まるで獣だ…。)
自分はもっと自制心が強い人間だと思っていた。だがそれは大きな間違いだった。
してしまったことはもう取り返しがつかない。
これからどうすべきかわからない。
ただはっきりしているのは、カレルを失いたくないということだけ。
それだけは絶対に。