手を伸ばし 必死で掴んだ手の中にあったのは ただの幻
あの人の心は遠く 私の手の届かぬ遥か向こう 触れることすら叶わない
死を覚悟するほどに恋焦がれ、欲しくて欲しくて堪らなかったアルベルが一度ならず二度までも自分に体を委ねてくれたことに、アランは有頂天になっていた。だがそれも束の間。それからすぐに、体の関係がうまくいったからといって、心の関係もそうであるとは限らない♀事を、これまでとは逆の立場で強く思い知らされる事となった。
心と体は別の問題だということは、アランは良く知っているはずだった。ほんの気まぐれで一度寝ただけですっかり恋人気取りの勘違い女に、心から辟易させられていたはずなのに、気付けば自分がそんな女に成り下がっていたのだ。♀
アルベルはあれから自分に話しかけてくれることがなくなった。時折チラリと見せてくれていた笑みも見られなくなった。こちらから話しかければ、短い返事はしてくれる。だが、ただそれだけ。
もっと言葉を欲しくて、つい話しかけすぎると、アルベルは嫌な顔をして自分の前から消えてしまう。それが恐くて、いつも何も言えなくなる。
何とか心を開いて欲しくて、心を込めてその体をかき抱いても、熱いのはその時だけ。性欲が解消されるとストンと元に戻る。
自分はこの家に居てもいいのだろうか。少なくとも出て行けとは言われない。ただ、何をしても何も言われないのは辛い。アルベルのためにできる事は何でもしたいのに、それを問いかけても、投げやりに「好きにしろ。」と言うだけ。
叱責でも何でもいい。アルベルの方からの働きかけが欲しい。そうしたら自分の存在を認めてくれているように思えるかもしれない。
(そうだ。こちらからそういう状況を作ればいいのだ。)
アランは部屋を見回し、大掛かりな模様替えを始めた。
家具の配置を大幅に変え、そして中身を完全に入れ替える。どこに何が入っているのか、アルベルにはわからなくさせるために。アルベルは自分で探そうとするだろうが、そうして探し当てられた物は別の場所へ移してしまうのだ。
アルベルが自分で使う物は仕方がないが、衣類や身だしなみを整える道具、くしや髪を結ぶ紐など、アルベルを手伝える可能性のあるものは渡すわけにはいかない。
きっとアルベルはあちこち持って行くなと怒るだろう。だがそうしたら、模様替えの最中だとでも言えばいい。それは嘘ではない。ただ、こんなに頻繁に行う必要はないだけだ。
今日はアルベルが寝巻きを見つけてしまった。着替えを手伝いたかったのに。もっと見つかり難い場所に移さねば。
この子供じみた宝探しゲームは、これからしばらく続くのだ。アルベルがこの宝探しに疲れ、最初から自分を頼ってくれるようになるまで。