小説☆カレル編---カレル・シューイン(2)

グラオが死んですぐ、後釜にヴォックスがつくと、途端に疾風内は殺伐とした雰囲気になった。そして、かつてグラオの側近だった者達が次々と左遷されたと聞き、カレルは危機感を抱いた。このままではこの国はおかしなことになる。

カレルはグラオの言葉を思い浮かべ、ある決意を固めた。

カレルはまず自分の上官にあることを申し出た。上官はそれを聞く内にあんぐりと口を開け、すぐ様カレルを団長の元へと連れて行った。

  「何?落ちこぼれ部隊長?」

そんな前代未聞の申し出に、団長、その他側近の者達も、ぱっかりと大口を開けてマジマジとカレルを見、そして次の瞬間、盛大に笑い始めた。

  「…ぶッ!ぶあーっはっはっはー!」

そんな中、カレルはピエロに成りきり、ビシッと敬礼して見せた。

  「敬愛すべき団長殿に与えられたこの仕事に、自分は誇りを持っているのであります!」

『敬愛する』ではなく『すべき』としたのは、ささやかなる抵抗だったが、誰も気付く者はいなかった。笑いすぎてそれどころではなかったのである。

  「ほッ、ほッほッ誇りーッひっひっひーッ!」

  「普段、団長殿のお役に立てない不甲斐ない落ちこぼれ組の者達を、正式な『部隊』としてまとめ、蔭ながら漆黒を支える立派な部隊にしたいのであります!」

  「りっ立派ぁあーっはっはっはぁー!」

便所掃除など誰もやりたがらない。それでわざわざ気に入らない部下に押し付けていたのである。途中で逃げ出す者も多く、常に人手不足の状態だったため、素直に『改心』して落ちこぼれを卒業されるのにも困っていたところだった。それを任務として一手に引き受けてくれるというのなら、これ程有難いことは無い。

  「いーだろう!今日からお前が『落ちこぼれ部隊長』だ!せいぜい頑張ってくれよ!はーっはっはっは!」

団長は涙目になりながら、判を押した任命状をカレルにぴらっと投げてよこした。




部隊として正式に認めるということで、これまでの仕事のほかに、更に雑用の仕事をどっさりと増やされたが、それでも独立した部隊だ。部隊の中ではカレルの意思が通る。それが狙いだった。

ここに落ちてくる者は、型にはまりきれない者たちばかり。一見して落ちこぼれ、しかし、実は相当な曲者揃いであることにカレルは早くから気付いていた。そんな奴らが集まれば、いずれはこの体制を覆せる程の力になる。そう確信していた。

但し、カレルはこのことを、ごく一部の者にしか話していなかった。万が一、カレルの計画がばれたとしても、知らなければ罪に問われないからである。

部隊長となったカレルはまず、落ちこぼれ隊員達の素質を見出してやり、それに自信を持たせた。無理に平均した能力を持たせるよりも、各分野のエキスパートを育てようという考えだった。ただ、漆黒にいる以上、戦いは基本だったため、カレルは学のある仲間と協力して医学書などの専門書を読みあさって体の仕組みを勉強した。そして、雑用をしながらや、仕事の合間の短時間で効率的にできる、医学的な観点から見て実に合理的な訓練法を考え出し、それぞれ各自で体を鍛えさせた。

そして、何より心を砕いたのは、皆に家族のような仲間意識を持たせることだった。その為にまずは安心して不満をぶちまけられる雰囲気を作った。そして、かつて自分を救ってくれたグラオの教えを合言葉にして、いつかは見返してやるという共通の信念を持たせることで、仲間達との強い連帯感が生まれた。

中には落ちこぼれ部隊の内部事情を上に報告する事で、そこから這い上がろうとする輩もいたし、上からの赦しを得た途端、手のひらを返す者もいた。落ちこぼれに戻ってこない者はそれっきり、おめおめと戻ってきた者は白い眼で見られ、二度と仲間に入れてもらえず、結局居場所がなくなって軍を辞めてしまう。こうして不純物は自然に淘汰されていった。




天気のいいある日。アーリグリフ三軍が一同に会し、団対抗試合をしている頃、落ちこぼれ部隊はカルサア修練場に残って、兵士達の服の繕い物をしていた。

  「俺はこんなことをする為に軍隊に入ったんじゃねぇんすよ。」

この男は先輩を稽古であっさりと負かしてしまった為、ここに追いやられているのである。立派なガタイを丸め、ぶっとい指に小さな針を持ってちみちみと服を縫っている姿は、見ていて何だかおかしかったが、カレルはその愚痴を親身になって聞いてやった。

  「まあ、そう言うな。お前の強さは誰が見ても一目瞭然だ。本気じゃなかったなんて言い訳、他所じゃ通用しねぇよ。」

  「あ〜あ、漆黒がこんな所だと知っていたら、絶対こようと思わなかったのによ。」

すると、服をきちんとたたんでいた男がうんうんと頷いた。

  「あんなやつらに平気で尻尾を振れるヤツらが羨ましいっすよ。」

この男は先輩のミスを指摘したら、それをそのまま押し付けられたのだった。

  「こんなとこさっさとやめてぇけど、親父が病気で、俺以外働けるもんがいねぇんだ。」

カレルと同じように家族のために軍隊に入った者も多かった。軍は国から金が出るため、安定した収入が見込め、また他のどんな仕事よりも稼ぎがいいのだ。

  「お前も苦労するよな。」

  「カレルさんがいてくれなかったら、俺とっくに逃げ出してますよ。」

カレルが部隊長となってから、カレルの人柄に惹かれて落ちこぼれ部隊に留まる者が多くなってきたが、依然として辞めるという者も多かった。見込みが無いものはそのまま見送ったが、中には手放すには惜しい者がいた。そんな者には、カレルは慎重にも慎重を重ねた上で秘密を打ち明けた。

  「辞めたい?」

  「はい。馬鹿にされながらこんな仕事をするのはもう我慢できません。今まで本当にお世話になりました。…軍に入ってからちっともいい事なしでしたが、ただ、カレルさんに会えた事だけは一生の宝です。」

この青年は柔軟性のある実に優秀な男だった。最初は団長の引いたお気に入りラインを上手く歩いてみせていたのだが、友人が理不尽にも落ちこぼれ部隊に落とされたことに意義を申し立て、自分も落とされてしまったのである。この男を逃すのは惜しかった。そこで、カレルはここだけの話だがと前置きして、

  「俺はある野望を持ってる。それがばれれたら命はないだろう。だから、それで死んでも悔いはねぇって言ってのけた馬鹿にしか、この事は話していない。それが何かを聞いてしまったら、もう抜けらねぇが、どうする?」

どうすると聞くまでもなかった。野望と聞いて青年の目がらんらんと輝き始めた。

  「だったら俺もその馬鹿の一人です!カレルさんの為なら死んでもいい!」

言葉の端々にまでエネルギーを感じる。この青年になら話しても大丈夫だ。だが、カレルはワザと突き放した。

  「そんな簡単に言われると、マジで言ってンのかどうか、疑わしく感じるもんだ。」

すると、青年は胸倉を掴む勢いでカレルに詰め寄った。その両目にはメラメラと炎が浮かんでいる。

  「自分の能力を生かせないまま一生を終えるのは、俺にとって死ぬより辛い事です。お願いです!馬鹿を一匹追加して下さい!」

  「ほんとに馬鹿だな、お前。」

  「はい!」




こうして少しずつだが着実に優秀な人材を集めつつ、3年経った頃にはガッチリと強い絆で結ばれた精鋭部隊が出来上がった。カレルがそれぞれの個性を存分に生かさせたため、皆それぞれに型破りで、持っている能力もてんでバラバラ。だが皆に共通しているのは、各得意分野に突出した並々ならぬ能力を持ち、屈辱的な扱いに屈さずに耐えてきた強靭な精神力の持ち主であるということだ。

ただ、これで現団長に対抗するには人数が少なすぎた。更に人材を集めるには、英雄グラオのようなカリスマ性が必要だ。自分をトップに推す者は多かったが、冷静に考えて、ずっと落ちこぼれ部隊長だった自分ではインパクトが足りないと考えていた。誰か適任者を、自分らのリーダーとして担ぎ上げたい、そう思っていた矢先、かの英雄グラオ・ノックスの息子、アルベル・ノックスが、新入隊員として入ってきたのである。




団長の前に、今年の新入隊員が一列に並ばせられた。

その、ざっと並んだ者の中で一際目を惹いた者、それがアルベルだった。

カレル達、落ちこぼれ部隊は最後尾からその様子を眺めていた。

  「へぇ?可愛い顔してんな。」

カレルはアルベルを見て素直な感想を述べた。『父親を殺した』という噂は聞いていたが、あのグラオが育てた息子なら、きっとそんなことは無いだろうと思っていた。

  「だろ?だからグラオ様が心配して、学校には入れなかったって話だ。」

そう言ったのは、カレルの兵舎時代からの親友で、落ちこぼれ部隊でもずっと補佐してくれているライマーだった。一体どこから仕入れてくるのか、この男が握っている情報は並みじゃなかった。

そのライマーの話によると、グラオはどんなに機嫌が悪いときでも、息子の話になると途端に目尻が下がると言われた程、息子を溺愛していたらしい。学校には行かせず、自ら英才教育を施していたのだとか。カレルはそれを聞きながら、アルベルの容姿を見、その心配は当たっていると思った。

華奢な身体つきに中性的な美しい顔。年は18のはずだが、その容姿のせいで、それよりも随分若く見えた。こんな男がいるのなら、この世に少年愛というものが存在するのも仕方がない事のように思える。

しかし、目が違う。大人しく上官の命令に従うようなタマではない事は一目でわかった。そして、その細い腰には似つかわしくない程の長刀が下がっていた。グラオと同じ種類の武器だ。あれは誰もが簡単に扱える代物ではない。しかも、あの長さ。あの細腕でどうやってあれを振り回すのだろうか。それを考えただけでも他者とは一線を画しているのは明白だったのだが、団長がアルベルに目をつけたのはそんな理由からではなかった。

漆黒の武器は、重装騎士団らしく、大剣か斧と決まっている。その上、団長の指示がなければ、新入団員がそれらを持つことは出来ない。

案の定、アルベルは団長の前に引きずり出された。そして、容姿が美しかったのが災いした。

アルベルは部下達に羽交い絞めにされ、その目の前で団長が自慢の息子を見せ付けるようにセンズリをかきはじめた。最初は咥えさせようとしたのだが、噛み千切られそうだと内心ビビッたのだろう。アルベルが気を失うほどに殴られずにすんだのは、団長が見られると興奮する性質だったお蔭だった。

カレルは、ああいうのは心底嫌いだったが、それを止めて、今、目を付けられるような真似は避けたかった。また、グラオの御子息様がこの局面をどう切り抜けるのかを見たかったのだ。グラオの事は心から尊敬していたが、だからといってその息子まで尊敬してしまうほど単純な性格ではなかった。そもそもそんなに素直だったなら、こんな苦労はしていない。グラオの事を考えれば、力になり、助けてやりたいとは思うし、自分達のリーダーとして掲げるにはこれ程の存在は無いとも思う。だが、そんな私情に仲間までを巻き込む訳には行かない。それをするのは、まずアルベルに自分らの上に立つに足る資質があるかどうか、それを見極めてからだと冷静に考えていた。

アルベルは激しく暴れ、自分を見下ろす下衆な団長を睨み上げて吼えた。部下がうっかり手を放してしまったら、そのまま団長の喉元に喰らい付くのではないかと思われるくらいに激しい気性だった。

やがて、団長の醜い一物から白濁が飛び、それがアルベルの顔にたっぷりと掛かった瞬間、周囲からどーッと下品な笑い声や卑猥な言葉が飛び交った。カレルは胸が悪くなって顔を顰めた、その時。アルベルから紫色の火柱が立ち上った。

うぎゃーーっ!

何が起こったのか、カレルはわが目を疑った。身の毛がよだつほどの絶叫をあげながら、団長とその部下達が炎にまみれて倒れて転げまわっている。周りの者達が慌てて水を掛けて火を消し、救護班が駆けつけて大騒ぎとなっている中、アルベルは激しく嘔吐していた。そりゃそうだろう。想像するだけでも胃液が込み上げてくる。

アルベルはやがてフラフラとしながらこっちに向かってきた。顔からは血の気が引き、元々色白な顔が、更に青白く生気のない色になっていた。放っておいたらそのまま倒れるのではないかと思って、カレルは手を出そうとした。だがその瞬間、長い前髪の奥から真紅の瞳がギラリとこちらを睨みつけた。

眼付けといった可愛いレベルではない。その眼光に身動き取れなくなったカレルの横を、アルベルはよろめきながら通り過ぎていった。

  (こいつは本物だ。)

カレルは行き場を失った手をぐっと握りこみ、ニヤッと笑った。






この事件のことは王の耳にも入った。そして、それに激怒した王は即座に団長を罷免してしまった。だが例え、罷免されなかったとしても、二度と漆黒へは戻っては来れなかったに違いない。下半身の火傷は酷く、男としての機能を失ってしまったらしいことは、誰も口外はしなかったが周知の事実となっていたのだ。

それよりも、その空席に若干18歳であったアルベルが座ってしまった方が大問題だったのだ。王の勅命だった。

これには漆黒だけでなく、他の部隊の人間、そしてヴォックスやウォルターも驚いた。通常、団長は団員の推薦で決まる。ついて行く人間は自分達で選ぶという、この制度を導入したのは、王アルゼイ自身だったのだが、それを今回は特例として自ら覆したのだ。

ヴォックスは、すぐさまそれを取り下げるように詰め寄った。

  「これは一体、どういうことですかな!?何故、このような重要な決定を独断でなさったのか!説明頂きたい!」

だが、王は飄々と返した。

  「相談すれば反対しただろう?」

  「それは当然の事!18歳の団長など前代未聞ですぞ!」

  「あいつには十分やれると思うのだが。ウォルターはどうだ?」

  「まだ子供っぽさが抜けておりませんからの。十分に責任を果たせるかどうか…。」

  「子供の遊びではありませんぞ!そもそも、団長は団員の推薦によって決めると王自ら定められたのではないか!それを自ら破るなど感心できませんな!速やかに撤回なされよ!」

ヴォックスはテーブルをドンと叩いた。それに対し、王はちらと不快な顔をし、逆に問うた。

  「しかし、だとしたら次に団長になるのは誰だ?前団長の子飼いだろう?それでは体制はかわらんではないか。あのような事が日常的に行われていて、しかもそれに団長自ら関わっていたなど、誇り高きアーリグリフ三軍の名を汚す、恥ずべきことだとは思わないか?」

そこに論点を持ってこられては、流石のヴォックスも反論は出来ない。

  「それに気づけなかった俺にも非はある。だからこそ、俺の手でその腐った体制を一新する為に、今回は特例を持ち出すべきだ考えのだ。法の不備を直していくのは当然のことだ。そもそも、兵士が団長を推薦するというのは、兵士達が自由に物を言える雰囲気があるのが前提だった。俺は愚かにも、我が軍にはそれが当然あるものだと疑っていなかった。今回の件でも、その買いかぶりに気付かせられた。」

これは暗に、ヴォックスが根回しによって団長となった事を指している、痛烈な皮肉だったのだが、ヴォックスは気付かなかったようだ。

  「だとしても、他にも適当な人物がおりましょう!」

  「俺にはアルベル以外思いつかなかったがな。」

  「王がグラオ殿をかっておられたのは存じております。しかし、だからといって、その息子が…」

だが、王は、ヴォックスのグラオに対するひがみを途中で遮り、

  「グラオの息子だからではない。俺はアルベルの事を小さい頃からよく知っている。その上で言っているのだ。」

とキッパリと言い切った。

  「ウォルターには考えがあってアイツを普通の兵士と同列に置こうとしたのだろうが、アイツはそれにおさまりきれる人間ではないと思っていた。お前もこうなることは予測しておったのではないか?ウォルターよ。」

王の言葉に、ウォルターは溜息を付いた。

  「まさか、ここまでやるとは思っておりませんでしたがの。」

アルベルを特別扱いせずに一般兵として漆黒に入らせたのはウォルターだった。王の言うとおり、アルベルの資質も重々承知の上でそうしたのだ。それにはある考えがあったのだ。

漆黒は疾風・風雷とはそもそもの成り立ちが違う。

疾風・風雷は、アルゼイがグラオとウォルターをトップに据え、ゼロから新しく作り上げた軍隊。それに対し、漆黒は旧体制の軍隊の、名前とトップをすげ変えたものだったのだ。

その初代漆黒団長は、新制度にのっとってその軍隊の中から推薦で選ばれたため、何の問題もなく、王の指針に従って精力的に改革を進めていた。だが、何分高齢だったため、志半ばで別の者が引き継ぐ事になった。そして、十数年前、その二代目漆黒団長が病気で引退する時に、強引に自分の息子を推薦させ、三代目漆黒団長の座に付けた頃から漆黒はおかしくなった。

ウォルターは今の漆黒の体制に問題があることに薄々気付いていた。だからいずれは漆黒にはアルベルを付かせるつもりだったのだ。それは、アルベルの気性を見て、グラオと密かに考えていた事だった。

しかし、だからといって、いきなり上からそれに応じた地位を与えてしまうことは、二代目漆黒団長のやり方と何ら代わりが無い。ただでさえ何をしてもしなくても父親の威光だと囁かれてしまうアルベル。それを防ぐ為に、そしてアルベル自信の為にも、自らの手で団長の座を勝ち取らせようとしたのだ。だが、まさか入団した当日に団長を再起不能にしてしまうとは思いもよらなかったらしい。

  「軍に入ったばかりの子供についていく者などおりますまいて。」

ウォルターは静かに首を横に振った。その心配は最もだった。

  「まあ、様子を見ようではないか。誰か信頼のおけるものを補佐に付けさせるという手もある。それでもダメならその時に考えればよい。」

  「ダメならとは悠長な…!」

  「ヴォックスよ、心配するな。それは杞憂で終わるだろう。あいつにならやれる。俺はそう確信している。」






アーリグリフ城で、王から直接書状を渡される正式な就任式が行われた後、アルベルはカルサア修練場に戻ると形式どおりに漆黒団長を集め、そこで改めて自分が団長となることを宣言した。それをしたのは、ウォルターにやれとやくやく言われたからだった。

  「アルベル・ノックス。王より漆黒団長に任命された。命を掛けてその任を全うする事をここに宣言する。」

とここまではウォルターに言いつけられた通り。ところが、アルベルはそこでふっと嘲りの表情を浮かべた。

  「しかし、漆黒は最強軍団だと?笑わせるな。どいつもこいつもクソ虫ばかりじゃねぇか。一から鍛えなおしだ。」

その途端、ざわっと団員達の空気が揺らいだ。

  (何だあのガキは!)

その場に居た者、全員がそう思った。思うだけでなく、実際に口にしている者もいる。だが、カレルはそれをワクワクした気分で眺めていた。

そこへ、シェルビーが子分をぞろぞろと引き連れてワザと遅れてやってきた。そして、団員の前に立っているアルベルをじろじろと見て嘲笑した。

  「やれやれ、こんなガキを団長に任命するとは、王は一体何を考えておられるのやら!これで漆黒も終わりだな!」

  「何だ貴様は。」

シェルビーは、アルベルが自分の事を知らない事がいたく気に障ったようだ。こめかみにびききっと青筋が浮かんだが、アルベルはそんなことをまったく気にする様子もない。

  「俺の名を知らんとは、余程の世間知らずだな!俺は豪腕のシェルビーだ!肝に銘じておけ!」

だが、アルベルはそれを無視して、

  「俺が団長になるのが不満か?」

と、さっさと核心を付いた。回りくどいことは嫌いなのだろう。皆が固唾をのんで二人のやり取りを見守っている中、カレルにはそれがわかって、思わず噴出しそうになった。

  「当たり前だ!こんなケツの青い若造が団長など冗談じゃねぇ!」

副団長は団長が指名する。前団長の元ではシェルビーが副団長だったのだが、前団長が罷免された時点で、シェルビーも副団長の座を失ってしまったのだ。順当に行けば団長になるはずだったのに、それを取り上げられてしまったわけで、その憤慨は当然であった。だが、アルベルはそれを鼻で笑った。

  「ふん。最強軍団を名乗るからには、力こそ全て。団長になりたきゃ、俺を倒してみろ。そうしたら、大人しく譲ってやる。」

  「ほーっ!これはこれは、自信満々だな。」

シェルビーは、自分とアルベルとの体格差を見て、完全に見くびっている。

  「いい機会だ。誰が最強か、ここではっきりさせてやる。」

そう言いながらアルベルは、しゅんっ!と刀を抜いた。その滑らかな動きは、優雅ですらあった。それを見ただけでその力量に気付くべきだったのだが、シェルビーは意気揚々と自慢の武器を手にした。

構えた瞬間から、まるで勝負になっていなかった。シェルビーは血気盛んに咆哮を上げ、雄雄しく気合を入れているが、カレルには己のなりをわきまえずキャンキャンと吠えたてている馬鹿な小犬に見えた。

  「うるせぇな。いつまでも発声練習してねえで、さっさと掛かって来い。」

  「ほざけッ!」

勝負は一瞬だった。突進していったシェルビーの横をアルベルがするりと通り抜けた。そして、そのままシェルビーはどうと地面に倒れた。

何が起こったのか、皆が唖然とする中、アルベルはつまらなさそうに、刀を鞘に収め、

  「副団長はこいつにする。」

と爆弾発言を残して去っていった。




カレルは勝手に隊列を離れ、走ってその後を追いかけた。どうしても確かめたい事があったのだ。

  「団長、一つ伺いてぇんですが。」

  「誰だ、お前は?」

アルベルは立ち止まらずにそのまま歩き続けながら振り向きもしなかったのだが、

  「落ちこぼれ部隊長、カレル・シューインです。」

というと、初めてカレルの方を見た。

  「落ちこぼれ部隊長?何だそれは?」

  「要するに雑用係長ってことです。」

アルベルは漆黒団長室に入ると、どかっと椅子に座り、足を机に投げ出した。

  「で?何を聞きたいのだ。」

下っ端の雑用係の話でも一応は聞こうという姿勢。まずは一つ合格。

  「自分に最も反発している人間を副団長に据えたのは、どういうお考えで?」

  「俺に反発しているのは奴だけじゃねえ。」

  「そーですね。」

カレルは敢えてはっきり事実を認めてやった。だが、アルベルはそれを気にも留めなかった。事実は事実として認める度量。また合格。

  「そいつらをまとめて面倒みてくれるんなら、これ程有難い事はねぇ。」

  「漆黒を完全に分裂させちまうつもりですか?」

  「そうだ。元々、団長と副団長は別行動をとる事が多い。はっきり線引きさえしてやりゃ、こっちが選別するまでもなく、勝手に振分けができるってわけだ。」

  「分裂させてどうしようってんです?」

  「いくら考え方が違うといっても、王の命令に従うのは一緒だからな。手柄を立てて俺を出し抜こうと、躍起になっていい仕事をしてくれるんじゃねえか?自分からな。くくくッ!」

常識に囚われない、稀有な発想力。そして、漆黒を無理やり自分色に染めようという気は無いらしいこと。要するにアルベルは兵士の個性を重んじているのだ。この時点で、アルベルの資質は、カレルの設定した合格ラインを遥かに超えていた。この若者は、必ず自分達を受け入れてくれるだろう。

  「どっちにも付き合えねえって奴はどうするんで?」

  「それはそれでいい。放っておけばその内、己が身の振り方を考えだすだろう。」

  「……団長につく者がいなかったら?」

今度こそ怒り出すかと思ったが、アルベルは事も無げに言った。

  「そうなりゃ、さっきの奴が団長になるだけのことだ。」

  「団長はそれでいいんで?」

  「実際の所、俺は団長などどうでもいい。強い奴と闘う事だけが楽しみでここに来たのだ。しかし、最強の漆黒と言うから、強い奴がゴロゴロしてんのかと期待してきてみりゃ、前団長からしてあの程度とはな。正直、がっかりだ。こんなことなら、ジジイの言うことなど無視して、ヤツのいる疾風に行きゃよかったぜ…いや、待てよ?ジジイの事だ、最初からこうなることを狙ってやがったんじゃねえだろうな?」

途中からカレルに話しているというよりも、ブツブツと独り言になった。ジジイと言うのはウォルター殿のことだろう。しかし、ヤツとは?

  「疾風にいるヤツってのは?」

  「ヴォックスに決まってるだろう。」

アルベルは、他に誰かいるか?という顔をしてカレルを見た。現アーリグリフでは間違いなく最強である男を、若干18歳にして名指ししたのだ。

下仕官風情に息を巻いていた18歳の自分を振り返ってみるまでもなく、その格の違いをひしひしと感じさせられた。

やはり間違いない。この若者になら付いていける。カレルはにっと笑い、

  「このカレル・シューインは、団長派ってことで、以後お見知りおきを。」

そして、人生二度目の心からの最敬礼をした。

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