シーハーツの面々との食事の席で、アランは早速アルベルについて訊かれた。
「あなたはアルベル・ノックスと親しいのですか?」
「…私の方が慕っているというのが正確な表現になるでしょうか。」
「ええ〜!あの人を慕う人がいるなんて驚きですぅ〜。」
ファリンがのんびりとした口調で大げさに驚いた。
「そうですか?部下の間ではかなり慕われていますよ。あの絶対的な強さに憧れて軍に入ってくるものも多いです。」
「まあ、強さの点ではわかりますけど。でも、性格は最悪ですよね。」
タイネーブの歯に衣着せぬ物言いは、かえって好感が持てるとアランは思った。
「確かに、なかなか周囲には理解されにくいですが、アルベル様はやさしい方ですよ。」
「やさしい!?」
一同は一斉に声をそろえた。クレアは、
(この人は本気で言っているのだろうか?)
と思わずアランの顔をまじまじと見つめた。
「カルサア修練場で、アペリス教信者が何人も拷問にかけられ、処刑されているのですよ?」
「アルベル様は、むやみに命をとったり傷つけたりなど絶対になさいません。…それは別の者がやっていたことですよ。」
「でも〜、止めることもなかったわけですよね〜。」
「あなた方を勝手に釈放したから、アルベル様はスパイ容疑を掛けられ投獄されたのです。」
確かに、アルベルが何故自分達を見逃したのか不思議に思っていた。でも、戦争では多くの人間を殺していたのだ。そのことに変わりない。
「でもその後、戦ったときは、容赦なくやられましたよ。」
「私なんかぁ〜、あの人に足でうりうりってされたんですよ〜。」
そんな二人の訴えに、アランはクスッと笑った。そして、
「私でしたら、確実にあなた方を殺していますよ。」
と恐ろしいことを言ってのけ、食卓はシーンと静まりかえった。
「し、しかし、屈辱を受けるより、いっそ一思いに殺された方がましだということもあるのではないですか?」
クレアは、アランがそんなことを言うなんてという気持ちで、精一杯アランを弁護しようとしたが、続くアランの言葉はもっと冷酷だった。
「負けたのですから、仕方が無いでしょう?拷問された挙句、死に至るということも当然あるわけですし。」
「…。」
クレアはもう絶句するしかなかった。
「戦争とはそういうものでしょう?でも、滑稽ですよね。戦争を望むものなどほんの一握りしかいないのに、その一握りの人間の為に、皆戦いたくないと思いながら、剣を振るうのですから。」
「それは言い訳のつもりかい?」
それまで黙って話しを聞いていたネルが口を開いた。
アランが、戦争を仕掛けてきた自分達の罪から逃れようとしているように感じ、ネルの言葉はやや怒気を含んでいた。
「そうです。」
アランがあっさりと認めたので、ネルの眉間に皺が寄った。
「今回のアリアス派遣の際、私は兵士達の中から有志を募りました。皆、戦争の犠牲者の為に少しでも役立ちたいと集まった者達なのです。シーハーツの方々の我々に対する感情は痛いほどわかります。ですが、兵士の中にもそういう者達もいるのだということをどうか理解して頂きたいのです。」
部下達の為に頭を下げるアランに、ネルはその皺を解いた。
「お互いがもっと協力し合っていくことで、作業はもっと迅速にすすむでしょう。そしてアリアスを再建する事を通じて、二つの国の関係もより良く立て直していけるのではないでしょうか。」
ネルはクレアを見やった。クレアは、
(やはり、私の思っていた通りの人だった!!)
と胸が熱くなった。
アランは団長の立場にありながら、常に現場に立ち、アリアスの住民と摩擦が生じないように気を配っていた。問題が起こると、すぐにそこへ駆けつけ、住民の怒りの矢面に立って、それを一身に受けていたことも知っていた。夜はいつも遅くまで仕事をして、朝は一番に現場に立つ。
その心労からであろう、アランが倒れた時は本当に胸がつぶれる思いだった。それでも尚、部下達を思い、アリアス住民の事を考え、そして平和を願う姿に胸を打たれた。
「わかりました。私の方から皆に話しておきます。」
「有難うございます。いつか、心から手を取り合える日が来る事を、切に願っています。」
そのやさしい笑顔に、
(もう、迷ったりしない。自分に正直に、この人を愛していこう!そしてこの思いをアラン様に…。)
と心に誓った。
アリアス住民の理解と協力を得られ、復興は加速的に進んだ。
アランはとにかく早く終わらせて、一刻も早くアルベルの元へ帰ろうと、あらゆる手段を講じた。
現場を走り回り、人に頭を下げることも厭わなかった。
一時の部屋の主を失ってガランとなってしまった部屋でクレアは溜息をついた。その部屋の寂しさは、まるで自分の心を映し出しているかのようだった。
最後の日に自分の思いを告白しようと決心していたのに、アランは別れの言葉もそこそこに、あっという間に帰っていってしまった。
「お疲れだったね。」
「ネル。」
ぼんやり座っていたのを疲れと勘違いされたようだ。
「ネルこそ疲れたでしょう?色々有難う。」
「大した事ないよ。まあ、皆がアランにのぼせて騒ぐのを押し留めるのは苦労したけどね。」
「ふふ。そうね…。」
窓から真新しい家の屋根が並んでいるのが見える。折れた木を植え替え、花壇にもいろんな植物の苗が植えられた。きっと春になれば一斉に花を咲かせることだろう。
クレアはしばらく窓の外を見つめていたが、思いきってネルに自分の気持ちを打ち明けた。
「あのね。私、…アラン様の事が…。」
「気付いてたよ。」
「え?!」
「そのことで悩んでいたのもね。」
やはり幼馴染だ。全てお見通しだった。
「いいんじゃないのかい?いい人だと思うよ。」
「でも、自分のクリムゾンブレイドとしての立場とかを考えると…。」
「そんなの関係ないよ。クレアがどうしたいかってことが大切なんだよ。」
戦争が終わったとはいえ、そう簡単に両国のわだかまりが消えるものではない。
本当はネルも気持ちの整理がついていないのに、こうして自分を応援してくれる。そんなネルのやさしさに笑みを返した。
「ええ、そうね。もう迷わない。だけど―――」
とクレアは表情を曇らせ溜息をついた。
「アラン様はあっという間に帰られてしまったわ。きっと、国に待っている方がいらっしゃるのね…。」
クレアは、アランが時折ぼんやりと遠くをみつめていたことを知っていた。その時の寂しげな表情を思い浮かべた。
「そんなこと、訊いてみないとわかんないだろ?…調べてみるかい?」
「ううん。そんな私事であなたに動いてもらうわけにはいかないわ。」
「それなら、親友として応援する範囲ってことならどうだい?休暇中なら別に問題ないだろ?」
「でも…。」
「そんな事言ってる間に取られちゃったらどうするのさ?」
とネルはクレアに発破を掛けた。
「…。」
「良いから私に任せときな!」
ネルはクレアの不安を吹き消すように言った。
「そのかわり、きっちり休暇を取らせてもらうよ?」
「はいはい。」
クレアに笑顔が浮かんだ。