小説☆アラアル編---誓い

アルベルは長椅子に寝っ転がってぼんやりとしていた。

いつもなら、この時間は食事が済んで、アランが入れたお茶を飲みながら、他愛の無い話をしている頃だ。そのゆったりとくつろぎながらの何気ないやり取りが、アルベルに家族の温もりを思い出させた。

  (家族か…。)

アランは、最早家族といってもいいのではないだろうか。

  (考えてみりゃ、一緒に住んでいる訳だし、体も…。)

そんなことを考えながら、しばらく宙を見つめていたのだが、食欲もなく、他に何もすることもないので、もう寝てしまおうと立ちあがった時、勢い良く玄関の扉が開いて閉まる音がした。そして駆ける勢いの足音が近づき、バンッと扉が開いた。

  「ただいま帰りました!」

アランが息を弾ませ、部屋に入ってきた。そして、真っ直ぐアルベルのところまでくると、まるでぶつかるようにアルベルに抱き付いてきた。アルベルはそのあまりの勢いにびっくりしていたが、

  「…ご苦労だったな。」

と背中をぽんぽんとたたいてやった。

  「お会いしたかった!」

アルベルのさらさらとした髪に顔をうずめ、その匂いを胸一杯に収めた。

  「ああ…やっと帰ってこれた!」

アランはアルベルの頬を両手で挟むと、熱を帯びた目でアルベルを見つめ、

  「あなたが欲しい!今すぐ!!」

と訴えた。アルベルの胸と体の中心がドクンと疼く。

アルベルは余裕のあるふりで、挑発するように笑うと、

  「いいだろう。」

とお預けを解いた。

その途端、アランはかぶりつくような勢いで口付けてきた。その深く激しいキスに、とろけるようにアルベルの体から力が抜けていく。アランはアルベルの体を支えながら、アルベルの唇を存分に味わうと口を離した。

息を弾ませながら自分を見つめる紅い瞳、上気した頬。そしてその濡れた唇に、アランの理性がふっとんだ。

かっさらうようにアルベルを横抱きにして運び、ベッドに降ろした。

アルベルは横になったまま、じっとアランを見あげた。

期待で胸が高鳴る。

アランはそんなアルベルを熱く見つめながら素早く上着を脱ぎ、アルベルに覆い被さると、また口付けた。

そうしながら、アルベルの服を脱がしていく。上着をたくしあげて乳首を探ると、びくりとアルベルの体がのたうった。腰布を解き、太ももに手を滑らせるようにしながら、するするとソックスを脱がしていく。

アランはアルベルの首、のど、胸、腹と次第に下がっていき、アルベルの脚の間に顔をうずめた。下着の上からチュッチュッと音を立ててキスをしていく。

その快感にアルベルは無意識のうちに片足を上げた。

アランはその足を自分の肩に掛けさせ、そうして全てが露わになった部分に、下着の上から唇をはわせて唾液で布をぬらしていった。濡れた布がぴったりと張り付き、その盛り上がりがくっきりと浮き上がった。それを布越しに吸ったり、横にくわえたりしながら、舌でその形通りになぞっていく。下着の境界を舌先で沿って行き、その隙間から舌を差し入れてみる。

  「ッ…はぁ…あぁ…」

アルベルは、直接触られるのとは違ったもどかしさに、身悶えした。

アランがアルベルの脚の間に割り入って、お互いの下着の布越しに、アルベルのものをアランの昂ぶりでズッとこすりあげると、アルベルがのけぞった。アランがゆっくりとこすりつけていくと、アルベルの腰もより強い快感を求めるようにうごめきだした。

ギシギシとベッドが軋み、やがて、

  「ぅあッあぁ…!」

と、2人同時に果てていった。

アランはアルベルの下着をするりと外し、自分も全裸になった。

そして、アルベル自身をそっと手で包み込むと、アルベルの耳元で囁いた。

  「今夜は寝かせませんから。覚悟してくださいね。」

すると、手の中のアルベルがくっと固さを増した。

  「上等だ…。」

アルベルの目が妖しく光り、アランを誘うように舌を出し、アランの唇を舐めた。アランは飛びつくようにアルベルの舌をからめとり、ベッドの上で激しく縺れ合っていった。







お互いの激しい呼吸が、部屋に響く。

アランは抱きしめたアルベルの体の硬直が緩んでいくのに応じて、腕の力を抜いていった。

そして、やさしくアルベルの髪をなでながら、その上気した頬にやさしい口付けの雨を降らせる。

  (愛しい人。愛してる。愛してる。愛してる。)




やがて2人の呼吸が落ち着いたころ。

アルベルはアランの腕に抱かれ、その胸に頭を預けていた。

―――トクン、トクン

アランの鼓動が聞こえる。

その確かな温もりに心が安らぐ。満たされた気持ちで、目を瞑っていると、アランがアルベルの髪に口付けしながら言ってきた。

  「私はアルベル様がいないと、もう生きていけません。あなたを絶対に離したくない。…それでも、いいですか?」

今まで、一方的にそう宣言することはあったが、アルベルに同意を求めてきたのは初めてだった。

  「…フン、好きにしろ。」

それは肯定を意味していたのだが、アランは、アルベルの口からはっきりとした言葉をききたかった。

  「では、約束して下さい。ずっと傍にいてくださると。」

『約束』ときいて、アルベルは身を起こしアランの真剣な目を覗きこんだ。

  「…お前、『ずっと』なんて本当にあると思ってんのか。」

  「はい。」

きっとある、そう信じたいと強く思いながら返事をした。

  「時間がたてば、心は変わる。」

  「そんな―――!」

そんなことは絶対にないとアランが否定しようとしてきたのを、次の言葉で防いだ。

  「万が一変わらなかったとしても、俺もお前もいつかは死ぬ。そしたら、一緒にはいられねえだろ。俺は『ずっと』なんか信じねえ。そんな不確かなものに約束はできねえ。」

アルベルはつらそうにアランから視線を外した。

アルベルは自分が出来ない約束は絶対にしない。

アランは、この幸福がいつか終わってしまうかもしれないという恐怖に慄き、涙がこぼれそうになった目をつぶって、唇をかみ締めた。

  「…私の心が変わることはありません。これだけは絶対に断言できます。…でもアルベル様の心を留めておくことはできないかもしれない。そのときはどうか私を殺してください。そうでないと、私はあなたを不幸にしてしまうでしょう。」

アランがそう言うと、アルベルの眉間に皺が寄った。

  「ったく…お前は!前から言おう言おうと思ってたんだが…。」

アルベルは溜息をつくと、目を伏せ、しばらく黙っていたが、やがて静かに言った。

  「お前は、命ってもんがどれだけ重いか知っているか?」

自分を見つめる赤い瞳に悲しみが宿る。

  「俺は小さい頃からずっと親父の背中を見て生きてきた。俺の誇りであり、同時に目標だった。」

アランは自分から一度もアルベルの過去に触れたことはなかった。

腕の火傷のことにも。

アルベルも何も言わなかった。

それが今、初めてアルベルが自分のつらい過去を話そうとしている。アランは息をつめて耳を傾けた。

  「俺は親父を超えたくて躍起になってた。親父が15で焔の継承をしたのなら、自分だってやってみせる。そうして自分の弱さを直視せず、ただ力のみを過信した結果がこれだ。」

とアルベルは左腕をアランの目の前にかざして見せた。

  「そして、一番失いたくなかったものを失った。親父が俺とドラゴンの間に飛び込んできた瞬間、俺は何も出来なかった。『誰か親父を助けてくれ!』とただ怯えていただけだった。自分の力ではどうしようもなかったんだ。そして、炎に包まれて崩れ落ちる親父を見ながら、己の非力さを呪った。」

ふと、アルベルは小さく笑った。

その悲しい笑みに、アランは込み上げそうになる涙を必死で堪えた。

  「あの親父のことだ、後先考えず飛び出したんだろうが、残された俺はたまったもんじゃなかった。『親父の事は俺に任せろ』と死んだ母と交わした約束も守れず、一生親父を超えることができなくなった。…本当は一緒に死んでしまいたかった。だが、親父が命をかけて守った命を粗末にするわけにはいかねえ。そう思いながらも、親父と自分の命の重みに潰されそうになる度、もう何もかも放り出してしまいたいと何度も思った。お前は簡単に自分を殺せとか俺に殺されたいとか言うが、…俺はもうこれ以上は背負い切れねえよ。」

ポツリとした口調に堪えきれず、アランの目から涙がぽろりとこぼれて落ちてしまった。

それをさっと指で拭い、平静を保とうとしているアランを見て、アルベルはふっと暖かい笑みを浮かべた。

  「これまでずっと、あの時の事が頭にこびりついて離れることはなかった。夢の中でもだ。だが、お前と暮らす様になってから、そういうことを考える暇がなくなった。…それが救いになっているのは事実だ。お前の心がかわらねえというんなら、その間は傍にいてやる。それで満足しておけ。」

アランは起きあがると、アルベルを仰向けにして覆い被さり、

  「では、『ずっと』ということですね。例え、私が死んだとしてもあなたを離しませんよ。絶対に!」

とその紅い瞳に誓った。

  「つくづく阿呆だな。お前は。」

とアルベルは呆れながら、アランの首に腕をまわし、やさしく引き寄せた。




もともと他人を拒絶してきたアルベルにとって、アランは突然の侵入者以外の何物でもなかった。アランがもし、自分本意にアルベルを求めていたならば、とっくに叩出していたことだろう。

しかし、アランは決して必要以上に踏み込んでこようとはしなかった。アルベルが嫌がればすっと離れ、気を許せば近づいてくる。だが、次第にその距離はじりじりとつまっていき、いつの間にかこんなに近くにきていた。

アルベル自身、アラン以外をこんな風に受け入れるつもりなどないし、実際できないだろう。だから、アランがずっと自分の傍にいるというのなら、本当に死ぬまで一緒ということになるのだろう。

だが、人の気持ちは変わるものだ。

いつの日か、アランが自分を捨てる時がくるかもしれない。

  (そうなったとき、俺は―――。)

アルベルは、せめてこの瞬間だけは『ずっと』という言葉を信じたいと強く思った。




**********

アルベルは、周りになんと言われようと、決して自分の心に嘘をつかず、自分の信念を貫き通す。

そんなアルベルにアランは惹かれた。

アルベルに会うまで、波間に漂うようにただなんとなく生きていたアランにとって、アルベルのその生き方は、まるで光に照らし出された一本の道を真っ直ぐ上っていくものであるように見えた。

そのアルベルの背中に憧れ、近寄って手を伸ばそうとしたとき、その眩しい光に晒されて、これまで汚濁した世界につかっていた自分の姿があらわになった。伸ばした手の汚さ、己の醜さにおののきながら、それでも尚、自分の欲望を抑えきれず、その美しい体にどす黒い欲情をなすりつけた。

だが、そうされてもアルベルの輝きは衰えることはなく、ますます浮き彫りになった自分の醜悪さに打ちひしがれる思いだった。

離れていると、アルベルが自分の手の届かない所へいってしまうのではないかと不安で仕方がなかった。だが離したくないと近づき過ぎれば、アルベルはふいと離れていってしまう。本当は欲望にまみれた腕に抱きしめ、無理やり独占欲の鎖でがんじがらめにしてしまいたかった。だがそんなことをすれば、アルベルはそんな束縛など簡単に振りきって、2度と戻ってきてはくれないだろうことはわかっていた。

狂おしいほどにじりじりとした思いを抱きながら、嫌われたくない、離れたくないと必死だった。

そんなとき、時々アルベルが自分を振り返ってくれるようになった。そのことに狂喜しながらも、アルベルの目に自分がどんな風に映っているのかと、自分の醜さに身の縮む思いだった。

そんな自分を真っ直ぐな瞳で見つめ、その手を差し伸べてくれた瞬間、ぱあっと自分が浄化されていくような気がした。

傍にいてやると、こうして自分を抱きしめてくれる。その腕を、もう絶対に離せるはずがなかった。

アランはアルベルを抱きしめている腕に力を込めた。

  「もう離さない…。」

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■あとがき■
自分が汚れてるってのは、アランの強い思い込み。そこまで思わんでもって感じですが、崇拝しているアルベルと比べると、どうしてもそんな風に感じちゃうんでしょうね。確かに手段を選ばず、目的の為なら自分の手を汚すことも厭わない。でも心は汚れてない…欠落はしてるけど。