小説☆カレル編---初恋2

カレルは鬱々としていた。

どうしてライマーは来てくれないのだろう。そんなに忙しいのだろうか?副団長派の再編は確かに大変だとは思う。それでも、顔を見せるくらいの時間はつくれるだろうに。

あれからもう二週間も経ってる。今まで同じカルサアにいて、こんなに会わない事はなかった。 会いたくてたまらない。ライマーはそう思わないのだろうか?これ程までに待ち焦がれているのは自分だけなのだろうか?

今までだったら、とっくの昔に様子を窺いに行っていた。だが、今はそれをするのが怖くなっていた。こちらから会いに行って、忙しいからと断られでもしたら、また傷つきそうな気がした。とにかく、ライマーの方から来て、笑顔を見せて欲しかった。

カレルはちらりと時計を見た。

  (今日も来ねーな…。)

残業のふりをしながら待つのも、もう疲れた。カレルは溜息をつきながら机を片付け、立ち上がった。



部屋に戻ろうとしていると、オレストがこちらに手を振りながら走ってきた。

  「カレルさんっ!いいところへっ!」

ひどく慌てている様子だ。

  「どーした?」

  「これっ!ライマーさんに渡して貰えませんか?」

オレストがそう言いながら、カレルの手に手紙を押し付けてきた。

  「なんで俺が…?」

  「ちょっと僕、これから急ぎの用があって。どうせライマーさんに会うでしょ?」

カレルはズキッと胸の痛みを感じた。そう。ライマーと毎日会うのが当たり前だった。でも今は…。

  「いや…まあ…」

  「重要な内容なんで、直接手渡しでお願いします!今日中に!じゃ、宜しくお願いしまーす!」

  「あっ!おい、ちょっと待て!…って言ってんのに、行っちまいやがって…。」

カレルは手紙を見た。厳重に封がしてあって、表には『極秘・重要』と書いてある。これは渡さないわけにはいかない。だが、ライマーに会いに行く勇気がない。誰かに頼もうかと思ったが、 これほど重要そうな手紙を人に頼んで何かあってはいけないし、何より『手渡しで』と言われてしまった。

どうしようかとしばらく考えをめぐらせ、

  (いや、渡しに行こう。)

と決めた。これ以上会わなかったらますます会い難くなる。これは丁度いい機会かもしれない。カレルはそう思い直し、意を決してライマーの自室に向かった。



ライマーの自室のドアの所まできて、カレルはドアの前で立ち止まった。今まで何にも考えずに開けてきたドアなのに、今は拒絶の象徴に思える。ドアを開けるのが恐ろしくて、じっと俯いていたままたたずんでいたら、廊下の向こうから人が来た。このまま突っ立ってたら怪訝に思われる。カレルはそれを切欠にして、軽くノックし、思い切ってドアをあけた。

  (鍵が閉まってないということは…。)

部屋の中を見渡すと、やはりそこにライマーがいた。そして、その様子をみてカレルは驚いた。

ライマーはまだ仕事着のまま、ソファに座って背に頭を預けた状態で眠っていた。机には書きかけの書類。『仕事は最後までやらなければならないものだ。』と説教していたライマーが、仕事の途中で仮眠をとるなど余程の事だ。しかも、ノックしてドアを開けたのに、それにも気付かない程に熟睡しているのだ。

カレルは音を立てないようにドアを閉め、足音を立てないようにそっと近づいた。ライマーの寝顔を見下ろす。男らしい端正な顔立ち。眉間に皺を寄せ、夢の中で苦悩しているように見える。

  (相当疲れてんだな…。)

カルサアの夜は肌寒い。このままだと風邪を引くと考えたカレルは、隣の部屋から毛布を持ってきて、ライマーにそっとかけようとした。

  「!!」

突然感じた人の気配に、ライマーは飛び起きた。カレルも同じように驚いた。

  「あ…」

自分を見上げてきたライマーの、余りに呆然とした様子に、カレルは思わず笑った。笑ったら自然と言葉が出てきた。

  「こんなところで寝てたら風邪引くぞ?…ってお前には今まで散々言われてきたけどな。…俺が言うのは初めてだな。」

  「いや…………眠るつもりじゃなかったんだ…。」

ライマーは手のひらで顔をこすった。カレルはじっとそれを見下ろした。徹底した自己管理で常にコンディションを一定に保っていたライマー。こんなに疲れた顔を見たのは初めてだ。

  「お前、疲れてんじゃねえか?俺が入ってきたのにも気付かねぇなんてな。」

  「…そうだな。」

普段だったらドアノブの音がしただけで目を覚ますのに。こんな状態なら、会いに来れなくても仕方がない。拒絶されたわけじゃなかった。カレルは小さく安堵の溜息を付き、オレストから預かった手紙をライマーに差し出した。

  「これ。オレストから渡すように頼まれた。」

  「オレストから?」

  「重要って書いてあるが、明日にしろよ。今日はもう休んだほうがいい。」

  「ああ…いや………ああ…そうだな…」

まだ頭がはっきりとしていないようで、らしくないぼんやりとした返事が返ってきた。カレルはライマーに毛布を手渡すと、

  「じゃ、お休み。」

ときびすを返した。そうしながら、ライマーといつも通りに会話できたにほっとしていた。

良かった、これでいつも通りに戻れる、と。

だが、部屋を出て行こうと、ドアノブを掴んだところで固まった。後ろから付いてきていたライマーの手が、カレルの目の前でドアが開かないように押さえてしまったからだ。背中にライマーの体温を感じながら、もう片方の手がゆっくりと鍵を掛けるのを、ただ見守る。それが意味することは…。ライマーがそうした理由に気付いたとき、めまいがしそうになった。

そうして、後ろからゆっくりと抱きしめられると、カレルはもう立っていられなくなった。

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