バタン…
ドアの音がした。ライマーが戻ってきた。足音が近づいてきて、寝室のドアも開いた。カレルは内心震えながら、でも思い切って顔を上げると、ばちっと目が合った。
その途端、目を逸らされた。
ズキンと胸が痛んだ。
「すまん…。」
ライマーが謝った。それは一番聞きたくなかった言葉だった。カレルは舌打ちした。怒りが湧くと共に、泣きたくなった。カレルは髪をくしゃくしゃにしながら、つぶやくように言った。
「だから、なんで謝んだよ…。」
カレルが怒っていることに気付いたライマーは慌てた。
「すま…いや…その…」
ライマーは急いで謝ろうとしたが、カレルが謝られるのを嫌がっているのに気付き、しどろもどろになりながら弁解した。
「まさか…その…寝てしまうとは…。寝るつもりはなかったんだ。…気付いたら…朝になってて…」
ライマーのその言葉に、カレルの胸から怒りと不安がふわりと消えていった。なんだ。謝ったのはその事か。この間と同じ理由で謝ったのかと思ったが、違ってよかった。
そして、余裕が出てきたら、ライマーが赤面しているのに気付いた。目も逸らしたままだ。しかも、ドアのところに立ったまま。
「…なんで、こっち来ねぇんだ?」
「あ、ああ…そうだな。」
まさか、カレルの事を想像しながら自分を慰めてしまった罪悪感で目を合わせられないなど、口が裂けてもいえないライマーは、濡れた髪をタオルで拭きながら、ぎこちなくベッドの端の隅に腰掛けた。カレルはライマーの様子がおかしい事にすぐ気付いた。
「なんで、そんなに離れて座る…?」
「…何というか、その、自分が情けなくてな。」
「…それが俺を避ける理由か?」
自分の行動が相手を避けているように見えることに気付いたライマーは慌てた。
「違う!避けてるわけじゃない!…ただ、その…」
「何だ?」
カレルの苛立ちを帯びた追及口調に、ライマーは観念して本心を明かした。
「…今、俺は自分を抑える自信がない。」
つまり、それは―――
ライマーの言わんとするところがわかった途端、それまでカレルの中で黒く渦巻いていた全ての感情が吹き飛んだ。動悸が体中の血液を沸騰させ、顔がみるみる高潮していく。そして、二人の間に流れる沈黙が、欲情をどんどん膨らませていく。ライマーは急いで沈黙を破った。
「だっ、だが時間がない!勤務時間に遅れるわけにはっ…!」
「そっ、そうだな…!」
カレルはベッドを出て、急いで服を着た。顔が熱い。耳まで真っ赤になっているはずだ。せめて歩き方くらいは余裕を持たせたい。強張った脚がぎくしゃくしないように気をつけながら、ライマーの前を通り過ぎる。
と、手首を掴まれた。
ドキンッ!!
思わず振り返ろうとしたが、ライマーの顔を見てしまったら自分を保てなくなりそうで、すぐに顔を戻した。心臓が張り裂けそうだ。
「怒ったか…?」
ライマーが尋ねた。カレルは急いで首を横に振りかけたが、それを思いとどまった。
「…そうだな。」
「すまん…あ、いや…謝られるのは嫌だったか…。その…次は…ちゃんと………」
なんと言葉を紡げばいいのか、ライマーが続きを必死で考えていると、沈黙に耐えられなくなったカレルは、
「つ、次は!」
と急いで言葉を継いだ。
「ベッドを出る時!…必ず俺を起こして行けよ!」
「あ…ああ…だが、熟睡していたし」
「それでもだ!」
カレルが怒っていたのは、昨夜の事ではなく、この事だったのだとわかり、ライマーは少し安心した。だが、
「…目が覚めた時…一人は嫌だ…。」
カレルの消え入るような声に、ライマーはハッとした。心の安定を崩していた時に感じたのと同じ揺らぎがあった。カレルはまだ完全に治っているわけではないのだ。同時に、『カレルさんを決して拒絶しないこと。』というオレストの言葉が頭に浮かんだ。
「分かった。もう一人にしない。」
ライマーはしっかりと約束した。カレルはちらりと振り返り、微かにうなずいた。
もし時間があるなら、カレルを抱きしめ、そのまま一つに溶け合いたい。カレルの心が癒えるまで…。
ライマーの指がカレルの手を撫でた。その瞬間、カレルの体に甘い痺れがぞくりと走った。このまま身を投げ出しまおうかと本気で思ったが、ライマーの手は名残惜しそうにゆっくりと離れていった。
カレルは振り返らず、そのまま早足で部屋を出て行った。
最後には小走りになりながら部屋に戻ったカレルは、息を弾ませながらベッドにうつぶせに倒れこんだ。冷えたシーツが、火照った顔をひんやりと冷やして心地いい。
カレルはライマーの動揺した顔を思い出して、ふふっと笑った。
(あいつもしどろもどろになったりするんだな…)
今まで、ライマーがあんなに動揺した事があっただろうか?
ふと、シーツの上の自分の手を見た。ライマーの大きな手の感触を思い出した。仰向けになって自分の手を掴んでみた。
これはライマーの手…。
目を瞑り、手から腕へ、腕から肩、そして胸へ…と滑らせていく。
敏感なところに差し掛かると、身体がぴくりと反応する。
そして、ライマーの手が…。
「ん…。」
カレルは小さく鼻を鳴らした。今までそこがこんなに固くなることはなかった。自分は不能なのだとずっと思っていた。ライマーとセックスするまでは。
(欲しい…。)
―――もう一度、ライマーの熱を全身で感じたい。
あの優しい愛撫を、そしてあの力強い律動を…!―――
ライマーの手が徐々に動きを速めていく。
『お前が欲しい!』
『カレル…!』
自分の名を呼ぶライマーの熱い声と共に、カレルは体を震わせた。