小説☆カレル編---初恋(6)

カレルを見送ったライマーは、はぁっと大きく溜息をついた。

  (俺は何もわかっていないんだな…。)

カレルの事は何でもわかっているつもりだった。だが、それは大きな間違いだった。

まさかベッドに一人にしたことで、カレルが傷つくとは思わなかった。

拒絶されたように感じたのだろうか。そんなつもりは全くない。ただ、眠っているのを起こしたくなかっただけだ。

ライマーは仕事着に着替えると、オレストからの手紙の事を思い出した。机にむかい、そこで何もかも途中で放り出していた事に気付き、自分に呆れた。取り合えず、まずは封を開けて手紙を読む。そこにはこう書かれてあった。

  『親愛なる兄貴へ

もう一人の兄貴が情緒不安定になっています。

愛くるしい弟より〜愛を込めて』

もう一人の兄貴とは、言うまでもなくカレルのことだ。『愛』の文字をやたらと入れ込んできたということは「愛が足りてないんじゃないですか」と言いたいのだろう。それを読んだライマーは、自分の愚かさにますます落ち込んだ。



漆黒の副団長となって、ライマーがまず感じたのは己の力量不足だった。

自分はこれまでカレルと共に一から改革に携わってきた。だから、やり方はわかっているつもりだった。だが、トップに立つ者にのしかかる重圧は、一師団長の頃とは比べ物にならない程大きく、カレルの出した指針に従えば良かった今までとは違い、今度は自分が指針を出さねばならない。そうしようとした時、自分の力量不足を痛感した。

人を見る目。柔軟な思考力。幅広い視野。多角的な視点。

どれもこれも、どう逆立ちしたってカレルには適わなかった。

何もないところから物事を一から組み立てていくことは自分には難しい。それならば自分の得意分野でやっていこうと、出来る限りの情報を集め、それらを処理し、あらゆる可能性を考えた上で指示を出していくも、思わぬ事態が次々と発生する。その対応に追われるだけで、一向に先に進めない。

やればやるほど、カレルの凄さが身にしみてわかった。

この局面、カレルだったらどうするだろう?カレルならどう考える?壁にぶち当たる度そう思い、そう思う度、自分の小ささを感じた。

カレルの事は心から尊敬する。だが同時に、負けたくないという意地があった。カレルとは肩を並べていたい。そんな焦りがあったのか、少々無理をしすぎたようだ。

ライマーは机の上を片付け始めた。本を閉じた拍子に机の上からハラリと落ちた紙を拾い上げた。そこには、やるべきことが箇条書きで何行にも渡って書いてあった。消化できたのはたったの数行だけ。ライマーはしばらくそれをじっと見ていたが、やがてくしゃりと握りつぶした。

正直、辛かった。

そんな時にカレルに会ってしまったら頼りたくなる。それでは今までと変わらない。胸を張ってカレルの隣に立つためにも、なんとしてでもこれは自分の力で成し遂げたかった。

だから、カレルと会うのを避けていた。勿論、旧副団長派の不満分子に、団長派のカレルが裏で糸を引いていると思われては改革がやり難くなるというのもあった。それを口実にしていた。

だが、昨日カレルの顔を見て思った。一体何をそんなに思い詰める必要があっただろうか、と。

『おまえならどうする?』

カレルは良くそう尋ねていたではないか。カレルはいつだってまず人の意見に耳を傾けていた。

そして何より、カレルに会いたくてたまらなかった事に気付いた。抱きしめたい。その衝動を抑えられなかった。そして、カレルの身体を抱きしめた瞬間、魂が打ち震えた。いかにカレルを欲していたか。自分にとって何が一番大切か。頭ではなく、魂から理解した。

それなのにどうしてそれを犠牲にする必要がある?ライマーは握りつぶしたメモ書きをゴミ箱に捨てた。オレストからの手紙をもう一度手に取る。

『情緒不安定になっています。』

その文字を読んだ時、ふいに母の顔が浮かんだ。もし母のようにカレルを失ってしまったら…

その時、ライマーの目には自分の進むべき道がはっきり見えた。

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