小説☆アラアル編---初恋(7)

ライマーは机につくと、今後どうすべきかを考えはじめた。進むべき道がわかった今、迷いが消え、今までいくら探しても出てこなかった新しい考えが次々と頭に浮かんでくる。

  『お前のすげぇとこは、人を絶対的に信頼させるとこだよな。人の話を聞くのが上手いから、相手はつい余計な事までしゃべっちまって、でもお前は絶対人にバラさねぇって安心感があるから、お前だけは俺の事をわかってくれてるって気持ちになって、それが信頼に繋がっていくんだろうな…って、お前、自分でちゃんとその事わかってるか?』

カレルがそう言ってくれた。カレルが見出してくれた自分のその長所を最大限に活かしていこう。

まずは旧副団長派の者達に個別に接触し、一人ずつ味方につけていこう。そうして自分とのつながりでしっかりとした基盤を作ってしまえば、不満分子が多少騒いだところでびくともしなくなるだろう。

そして、カレルと会う時間を確保する。そもそもカレルは働き過ぎだ。ちゃんと休ませなければならないと常々思っていた。ライマーはそこでふっと自嘲した。

  (それをわかっていながら今まで何の対策もとらなかったとは…。)

『仕事を優先すべき』という常識が判断を鈍らせていたのだ。

  『常識っていう鎖に縛られてるって、何でみんな気付かねぇんだろうな?ま、そのお陰で行動が予測しやすいから、こっちとしちゃ助かるけどな。』

これもカレルの言葉だ。ここに至って、その言葉の意味が心底理解できた。

カレルは今まで色んなことを教えてくれていたのだ。カレルには到底適わない。だがそれでもいいではないか。カレルは自分を高く評価し、「お前が心底羨ましい。」とまで言ってくれるのだから。



コンコン。

ノックの音で我に返った。返事をするとライマーの片腕であるシキ・グラディスが入ってきた。

  「副団長、会議の時間ですが。」

時間前には必ず姿を現すライマーが時間に遅れるなど、何かあったのではないかと心配になって様子を見に来たらしい。ライマーは時計を見た。会議の事などすっかり忘れていた。

  「すまない。すぐ行く。」

ライマーは立ち上がりながら、まずは家を探そう、と思った。ここでは自室に戻っていても仕事が追いかけてくる。まずはプライベートの確保からだ。



会議室に入って、前副団長派の面々が嫌味たっぷりに視線を投げてきた。

  「とうとう我らを見捨てて団長の所へ帰っていかれたのかと思いましたよ。」

ライマーはそれを聞き流し、開口一番こう言った。

  「遅れて申し訳ない。本会議は本日を持って解散とする。」

  「は!?」

場が一斉にざわついた。

  「旧体制がどういう状況だったか、もう充分にわかった。今後の指針については追って連絡をする。…シキ。」

  「はっ。」

  「今後、私の業務を9時から19時までとする。それ以外の時間帯は、緊急事態及び団長からの要請以外は受け付けない。そう通達してくれ。」

ライマーの命令には常に黙って従うシキも、この内容には流石に驚いたようだったが、すぐに敬礼し、さっと部屋を出て行った。



ライマーの業務時間について通達し終えたシキが執務室に戻ってきた。シキは早速ライマーに真意を尋ねてきた。

  「今回の通達、何かお考えでも?」

  「いや、何も。単に自分の時間が欲しいと思っただけだ。」

シキは驚いた。ライマーが自分の事を優先させる事など、今まで一度たりともなかったからだ。

  「それより、旧体制の事を良く知るお前から見て、目ぼしい者と一人ずつ話がしたい。年齢は問わない。ここに一人ずつ呼んでくれ。」

  「わかりました。」



前団長時代、シキは前団長の元でライマーの上司だった。ライマーはその当時、落ちこぼれと判断された者達が集まる通称「落ちこぼれ組み」にいたのだが、そのリーダーであったカレルからの要請を受けて一旦落ちこぼれ組みを「卒業」し、カレルが目を付けた人物をひとりずつ取り込み、色んな手段を講じて落ちこぼれ組みに送っていったのだった。

その中で最も難航したのがこのシキだった。シキは非常に用心深く、人を簡単には信用しない。信用を得るには相当な時間が掛かる。だが、改革を進めるライマー達にはそんな悠長な時間はなかった。そこでライマーはかなり汚い手を使って、このシキを強引に落ちこぼれ組みに落とした。落ちこぼれ組みにはカレルが待ち構えている。シキの信頼を得るにはそれからでいいと踏んだのだ。その当時、自分がはめられた事を知ったシキは激怒し、ライマーを殴りつけた程だった。

後で事情を知ったシキはこう言った。

  「この俺がこうも見事にはめられるとは…。」

そして、カレルはシキを幹部の一員にしようとしたが、

  「自分が認めた人間にしかつきたくはない。」

とシキはカレルの下につくのを拒絶し、ライマーの直属の部下になることを望んだ。それ以降、ライマーに忠誠を誓い、文字通り手足となって支えている。



ライマーは、シキが連れてきた一人ひとりの話を聞いて、今まで表からは見えなかった裏の事情を得る事ができ、ようやく全体の正確な状況を掴む事ができた。皆、現状に不安と不満を抱いている、と。だが周囲の目を恐れて自分から行動を起こす事は出来ず、誰かが何とかしてくれるのを待っていたのだという。そして、実は団長派のめざましい改革を羨望の目で見ていたこと、その改革を進めた一人であるライマーがここに来た事も、旧副団長派の幹部達の手前大っぴらにはできないが、かなりの期待を抱いているようだ。

そんな中、旧副団長派の幹部の一人は、ライマーと二人きりになった途端、これまでの不遜な態度を豹変させた。

  「副団長には大変失礼な発言をしてしまった事を心よりお詫び申し上げます。本当は自分もあんな事を言うのはいやなんです!でも言わなかったら後で何をされるか…!下手をすると家族にまで危険が及ぶのです…。この蟻地獄のような状況を早く何とかして欲しい!今は表立って何かをする事はできませんが、出来る限りの事は致します!身勝手であることは重々承知しておりますが、なにとぞ宜しくお願いいたします!」

そう訴える姿からその必死さが伝わった。ライマーは言った。

  「ここでの話は外に漏れることはない。家族が安心して過ごせるよう尽力しよう。」

ライマーの言葉に、その者は涙を浮かべ、

  「有難うございます!有難うございますっ!!」

と、何度も頭を下げた。



通達どおり、ライマーは19時に業務を終了させた。服を着替え、仕事からプライベートの事へと頭を切り替える。

まずは家を探さねばならないが当てはまったくない。取り合えず、カレルの様子を窺おうと、団長室へ向かった。

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