目を覚ますとお母さんが帰ってきていました。
子羊はお母さんに得意気に報告しました。
ちゃんと留守番できたよ。
いい子ね。
やった、お母さんにほめられた。
子羊が嬉しそうに飛び跳ねるので
お母さんは子羊のお腹が空っぽになっていることに気づきませんでした。
* * *
(もう疲れた…。)
カレルはベッドから身体を起こし、窓の外を見下ろした。真っ暗だ。まるで地獄の底までつながっているかのようだ。ここから飛び降りたら楽になれるかもしれない。何度もそう考えた。だが、その度に家族の悲しげな顔が思い浮かぶ。
それが、カレルを余計に苦しめる。
と、カレルの鼻腔の奥に、質の悪いラム酒と男のすえた体臭が漂い始めた。
…はあ…はあ…
男の喘ぎが頭に響き始める。恐怖に強張った体に、ざわざわと蛆虫が這い回る。カレルは吐き気を堪えながら耳を塞いだ。だが、頭の中のそれらを防ぐ手立てはない。鳥肌の立つようなおぞましいあの声が、カレルの脳を引っかき、ぐちゃぐちゃにかき混ぜていく。
…恨むなら母親を恨め…アイツがオレをこっぴどくふらなけりゃ…オレはこんなことしなくてすんだんだ…そもそも離婚なんかしなけりゃ…お前はもっと楽に生活できたんだ…
(ちがう!)
…妹を恨め…妹がいなけりゃ…お前は逃げられたんだ…
(ちがう!ちがう!)
…あいつらが悪いんだ…そうだろ?…それなのになんであいつらの為に生きてやる必要がある?…お前がこんなに苦しんでるのに…それに気付きもせずに…幸せそうに暮らしてる…あいつらのせいなのに…
(黙れッ!悪いのはお前だ!お前さえいなけりゃ…!)
…お前がかんぬきを開けたんだ…そうしなければ…オレだってこんなことはしたくなかった…なのにお前が悦ぶから…
(ちがう!ちがう!!ちがう!!!)
…自分の身体を見てみろ…淫乱なガキめ…
自分の認めたくなかった心の声を、あの男の声でひっきりなしに聞かされる苦しみ。
(もう勘弁してくれ…!)
カレルは手の平で顔を覆った。
(ライマー…)
ライマーが傍にいてくれたら…。救いを求めるように、あの時のライマーのキスを思い出す。
すると、まるで魔法のように心が軽くなる。
どういうつもりでキスなんてしたのか、理由は聞かなかった。ライマーはきっと完璧な言い訳を言うだろうから。
それを聞いてしまったら、魔法の効果がなくなってしまいそうで恐ろしかった。