祭二日目。絵画展の監督をしていたオレストの、憤慨しながらの報告を受けたカレルは、すぐさまアランの部屋を訪れた。
「隊長を慕って集まってきた女性達に剣を向けたそうですね。絵画展示場で。」
アランは眉ひとつ動かさなかった。
「それが何か?」
何かと思えばそんな話かと、アランは部下の報告書に目を通し始めた。
「俺の部下が上手く対処してくれたから良かったものの、放っておいたらこれがどれ程の問題になっていたか。」
アランは無表情のままだったが、書類をめくる手付きから、かなりカチンと来たのがわかった。
「疾風には隊長の尻拭いをしてくれる人間はいないんですか?」
「余計なお世話です。」
アランは報告書の表紙に、シャッと斜めに線を入れた。一刀両断、やり直し。次の報告書を手に取る。カレルはそれを見ながら話を続けた。
「しかも、誰もその間違いを正そうとしない疾風の連中に代って、俺の部下が咎めを受ける覚悟で正面からぶつかったのに、それを右から左に流したんだそうですね。」
「何か問題でも?」
声にもイライラが混じってきたところにトドメを刺す。
「そんなことするから、隊長の周りは木偶の坊ばっかりになるんですよ。」
アランは書類から目を上げてカレルを睨みつけた。
「…あなたには関係ない。」
アランのその目から読み取れるのは、殺気を帯びた怒り、そして悔しさ。
「ほら、またそうやって流す。俺は隊長の為を思って言ってるんですよ?」
「何の権利があって?何故、あなたにそんな事を言われなければならないのです?」
「俺はあなたのことを心配してるんです。」
上から目線のそのセリフに、アランはカッとなった。
「あなたなどに心配される筋合いはない!」
カレルはじっとアランを見返して、穏やかに、そして同情的に言った。
「…そうですか。失礼しました。」
カレルが部屋を出て行った後、アランはしばらく宙を見据えていたが、いきなり拳を振り上げてそれを机に叩きつけた。
何故あの男に心配などされなければならないのか。
『そんなことするから、隊長の周りは木偶の坊ばっかりに…』
アランはギリッと奥歯を噛み締めた。
(私のせいだと言うのか!?)
何の根拠があってそうなるのか。たまたま疾風は人材に恵まれなかっただけのことだ。
『俺の部下を貸してあげましょうか?』
確かに漆黒には優秀な人間が多い。それを貸してくれるというのなら、それでいいではないか。必要な人材を揃えられさえすればいいのだから。
なのに、思わずそれを断ってしまった。しかし、それならそれで、前言を撤回してを「やはり貸せ。」と言えばいいだけだ。なんでもないことのはずなのに、よくわからない感情が邪魔をしてどうしてもそれが出来ない。アランはイライラする気持ちを鎮めようと、写真入れを取り出した。写真の中で安らかに眠るアルベルを眺めると、心がすーっと落ち着く。するといい考えも自然と思い浮かぶ。
(そうだ。アルベル様にお聞きしよう。)
アランはすっぱりと考える事をやめて、いつもよりも早くに家に帰った。
夕食時、頃合を見計らってアランはアルベルに尋ねた。
「アルベル様は、どのようにして部下を集められたのですか?」
だが、アランの問いに対するアルベルの答えは、
「知らん。」
という、実に冷たいものだった。今はそれよりもプリン・ア・ラ・モードを味わうことの方が重要なようだ。幸せそうにさくらんぼを口に入れた。
「…。」
アランの沈黙の表情から、説明が足りないことに気づいて、アルベルはさくらんぼの種を口からスプーンに出し、それをペッと皿の横に振り捨てながら言葉を付け足した。
「俺が団長についた時には既に部隊は出来上がってたからな。」
「元は前漆黒の部隊だったのですか?」
「といっても、雑用係だ。」
「雑用係?」
そこでアルベルは精鋭部隊の成り立ちをアランに教えた。『落ちこぼれ組』を精鋭部隊に仕立て上げたカレルの手腕を知ったアランはますます黙り込んだ。
「それがどうかしたか?」
アランがあまりに黙りこくっていたので、アルベルが訊ねてきた。そこで、女性に剣を向けた事は上手く省きながら、カレルとのやり取りを話すと、アルベルはおかしそうに笑った。
「くくく…。あの野郎、遠慮会釈なくズケズケと指摘しやがるからな。俺もどんだけ苦い思いをさせられたか。」
思いがけず笑われて、戸惑った表情で自分を見るアランを、アルベルは心なしか嬉しげに眺めていたが、「だが――」と続けた時には、その目に鋭さが宿った。
「アイツが正しい。」
アルベルの目の厳しさに、アランは急いで弁解した。
「私も、部下の重要性には気付いていました。しかし、目にとまるような者はなかなかおらず…。その…どうしたら…いいものかと…。」
最後は自信なさげになった。目にとまる者がいないのではなく、ただ自分が見出せないだけなのかもしれない、と。
『そんなことするから、隊長の周りは木偶の坊ばっかりにになるんですよ。』
アルベルは食べ終わった皿にスプーンを置き、ティーカップを手に取った。しばしアップルティーの香りを楽しみながら、アランの沈んだ顔を眺め、すぐに答えを出した。
「そうだな。なら、この祭が終わったらカレルを貸してやる。」
それはつまり、祭りが終わった後も、アルベルがカレルを貸せる立場にあるという事を暗に指していたのだが、アランはそれに気付くどころではなかった。
「あの…ですが」
アルベルがしてくれるのなら、何だって有難いと思っていたが、こればっかりはどうにも単純に喜ぶことは出来なかった。
「不服か?」
アルベルにとって、カレルを手放すのは相当な痛手なのだ。何しろ、今までカレルに押し付けて楽をしていた分が全部降りかかってくるのだから。その分を他の誰かに押し付ければいいわけだが、カレルに対してのようには気軽には言えなかった。要するに、それだけカレルに甘えているのであった。アランはおずおずと言った。
「いえ…あの…私は…あの男が苦手…なのです。」
すると、アルベルが珍しく声を上げて笑った。
「お前にも苦手な奴がいるのか。」
それが嬉しいらしく、アルベルは笑いながらアランの顔を覗き込んだ。アルベルの笑顔はいつだって眩しい。しかし…
「不服そうだな?」
「そんなことは…」
ないとは言い切れずにいると、アルベルは言った。
「まあ、しばらくヤツと遊んでみろ。」
アルベルは紅茶を飲んでしまうと席を立った。そして、ドアのところで思い出したように振り返ってニヤリと言った。
「ただし、遊ばれるなよ?」