小説☆アラアル編---二つの国(1)

  「そういえば、アルベル。お前の部下がシーハーツの女性と結婚したそうだな。実にめでたい話だ。」

アーリグリフ三軍の長が集まった会議室で、王はご機嫌な笑顔でそう切り出した。テーブルの中央に王が座り、ウォルターとアルベル・アランが向かい合って座っている。

  「お前達もそろそろ結婚を考えてはどうだ?なぁアラン。」

  「えっ!?」

アランは王の話を聞きながら、純白の礼服に身を包んで、自分と永遠の愛を誓い合うアルベルを想像していたため、王が言った『お前達』というのが、アルベルと自分の結婚を言っているのかと、一瞬勘違いしてしまった。だが、

  「お前なら女の方が放って置かんだろう?」

という続いての言葉に、浮きかけていた心は一気に現実に引き戻されてしまった。

  「さあ…どうでしょうか。」

アランはあいまいに返答しながら、気持ちが沈んだ。アランの心をずんと沈めた重し。それは『女』という存在。男同士で結婚など、認められるはずがないのだ。アランとしては、例え周囲から認められなくとも一向に構わない。アルベルさえ受け入れてくれさえすればいい。

…しかしアルベルは違う。自分との関係を、周囲には隠そうとする。

アルベルとの関係は、最初の頃に比べると、今はまさに夢のようだ。会話にも笑顔を見せてくれるし、まず一番に自分を頼ってくれる。そして最近では、時折アルベルから求めてくれるようにもなった。何より、アルベルはずっと傍にいてくれると約束してくれた。これはもうある意味、結婚したのと同じだ。これ以上、望むものはないはずだった。

だが、それは二人きりの時だけ。一歩外に出た途端、アルベルはそんな事などなかったかのように振舞う。そうして突き放される度、アルベルにとって自分との関係はそういう恥ずべきものなのだということを思い知らされ、アランは酷く傷ついた。アルベルにそんな肩身の狭い思いをさせているということも耐えられなかった。

  (いっそ私が女だったらよかったのに。女だったら―――)

  「アラン!」

自分の名を呼ばれ、アランははっと意識を戻した。そこで、三人の視線が自分に集まっているのに気付いた。

  「目を開けたまま寝ていたのか?」

アルベルのからかいに、アランは申し訳ありませんと目を伏せて恥じ入った。王はそんなアランを微笑んで許すと、話を続けた。

  「まぁお前たちはまだ若い。せいぜい今の内に独身時代を謳歌しておけ。結婚してから、もっと遊んでおけばよかったと後悔しても遅いからな。それはさておき…。」

と、王はそこで話題を本筋に戻した。

  「ロイ・ブライトンといったか。この者がシーハーツの女性と結婚したことは、我が国にとって大きな事だと考えている。」

確かに国境を越えて結婚するというのは滅多にない事だった。

  「俺とロザリアの結婚に関しては政略的なものと捉える者が殆どだろうが、この者達の場合は違う。かつて敵同士だった者達が愛し合い、自らの意思で結婚したのだ。」

王が何を言いたいのか、その場の誰もが量りかねていると、王はとんでもないことを口にした。

  「そこで俺は考えた。いずれはアーリグリフとシーハーツを一つの国にできるのではないかと。」

これにはさすがのウォルターも驚いたようだ。

  「お気持ちはわからぬでもないが…。」

そう言ったきり、考え込むように黙り込んだ。王はウォルターの反応がいまいちだったことに少々ガッカリし、今度はアルベルに向かって言った。

  「両国は元々一つの国だったのだ。人種だって使う言葉だって全く同じだ。不可能な事ではないと思うが、どうだ?」

だがアルベルは、

  「ふん。俺は宗教かぶれの人間は好かん。」

と、王の考えを冷たく切り捨てた。元は同じだろうが、既に文化も生活習慣も何もかも違ってきているのだ。ウォルターは反応いまいち、アルベルはドキッパリと否定、それならばと聞いたアランには、

  「極寒のアーリグリフから、温暖で人の住みやすいシーハーツへ、多くの国民が流れるのでしょう。食料の問題など、こちらにとっては多くのメリットがありますが、シーハーツにとっては、この国の貧困層を背負わされることになるわけですから、合意は難しいのでは。」

と冷静に無理があると分析された。しかし、王は諦めない。

  「確かに現時点では無理な話だろう。だが、時間を掛けてやっていったらどうだ?まずは、シーハーツからの入国制限を緩め、貿易を盛んに行い、文化の交流をしながら徐々にやっていくのだ。」

それを聞いたアルベルは、フンと笑った。

  「他所に売りつける物など、この国にあったか?ふんだんにあるのは、せいぜい雪と氷くらいだ。」

しかし、王はアルベルの皮肉を真剣に受け止めた。

  「雪と氷か…。」

王は立ち上がって、窓の外を眺めた。雪に埋もれた街に更に降り積もる雪。街の通りには人影は殆どなく、ひっそりと静まり返っている。この国の、このうら寂しい風景をどうにか変えられないものだろうか。と、王は顔を輝かせて三人を振り返った。

  「雪像や氷像を作るのはどうだ?」

そんな物を作ってどうしろというのか。皆、一様にぽかんと王を見上げている。だが王は自分の思い付きが事のほか気に入ったようだ。

  「雪を珍しく思う国もあるのだ。そこから観光客を呼び寄せられれば人も金も動く。『アーリグリフで雪国体験ツアー』といったところか、ははは。」

冗談かと思ったら王は本気だったらしい。王はシーハーツ王女宛に手紙を書き、それによって国が動き始めたのだった。

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■あとがき■
アーリグリフとシーハーツを一つの国に!?ほんとかよ!?…いやはや、書いた本人もビックリ!