小説☆アラアル編---二つの国(2)

アーリグリフ国王の手紙を読んだ王女は、その手紙を持ってやってきたアーリグリフの使者に向かって、穏やかに微笑んだ。

  「そなたの国の王は、まこと斬新なお考えをお持ちですね。」

  「は!我が王は、先の戦争の責任を強く感じておられ、いかにして償うかを常に考えておられます。」

  「責任、ですか…。」

王女はふと言葉を止め、静かに目を瞑った。そして、おもむろに言った。

  「しかし、戦争というのは、結局はお互い様なのです。」

その言葉に、隣に控えていたラッセルが顔色を変えた。

  「お互い様ですと!?アーリグリフが私利私欲の為に我が国に侵略してきたのは明白な事実ではありませぬか!」

王女は目を開き、それを穏やかに諭した。

  「私利私欲ではありません。まさに多くの国民が生きるか死ぬかだったのです。」

  「しかし…」

  「アーリグリフの国民が過酷な環境の中、飢えで苦しみながら必死で暮らしているそのすぐ隣で、我らは国の豊かさを自分達だけの物だと勘違いし、それを独占していました。その長年のツケがまわってきたとも考えられるのです。」

王女は手紙をラッセルに渡した。

  「アルゼイは手紙でこう言って来ました。『異世界の船による侵略や卑汚の風は災厄ではあったが、多くのことを気付かせてくれた』と。そして、『我らが同朋であることを真に実感できた今こそ、我らは一つの国となるべきではないか。』と。」

手紙を読み終えたラッセルは首を横に振った。

  「このようなこと。受け入れられるわけがありません。」

  「何故です?」

  「奴らの国から受けた傷もまだ十分に癒えぬというのに、『同朋』などと厚かましいにも程があります!それに国境をなくせば、アーリグリフの人間が一気に押し寄せてくるに決まっています。そうなればこの国の食料事情も危うくなり、治安も悪化するでしょう。それをどうして受け入れられましょうか。」

  「ラッセル。あなたは異世界の者たちから何も学ばなかったのですか?この私たちの世界も、夜空に輝く、小さな星のひとつに過ぎないのです。私たちは一つなのです。」

確かに理屈はそうであろう。だが現実問題としてはそう簡単にはいかぬものだ。理想と現実は違うという事を、今度という今度は王女に気付いてもらなわなければならない。これまで上手く理想通りにいったからといって、これからもそうなるとは限らないのだ。

  「例え陛下はそうのようにお考えでも、民衆は自分たちを苦しめた敵国の民と共に暮らす事を認めましょうか。最悪の場合には、また戦争になる可能性もあるのではありませぬか!?」

  「…時間をかけて説得してゆくしかありません。」

  「しかし…!」

  「アーリグリフ国王もすぐにと言っているわけではありません。だからこそ、こうして相談の手紙を寄越し、そして、まずは自国の扉を開けたのです。」

そこで王女はふと口調を和らげた。

  「そなたの心配もわかっているつもりです。ですが、やってみなければわからないこともあるでしょう。しばらくはアルゼイの手助けをしながら様子をみましょう。」

ラッセルの言わんとすることは、王女にもちゃんとわかっているのだ。しかし、アルゼイが手紙で言った通り、両国が結びつくには今しかないのだ。危険を恐れて保身にまわっていては物事は何も進まない。王女はラッセルに一応の理解は示しつつ、やはりアーリグリフの申し出を受ける方向に心を決めた。

  「クレアを呼びなさい。」





王女はクレアに経緯を話し、そしてこう言った。

  「クレア。私の代わりにアーリグリフへ行ってくれますか。」

アーリグリフと聞いて、未だに真っ先にアランを思い浮かべてしまう未練がましい自分が嫌だ。どうしてこの思いにケリをつけられないのだろう。アーリグリフに行けばアランと会うことになる。アランと会ってしまったら、やっと落ち着きを取り戻し始めていた心が、また浅ましく乱れてしまうに違いない。このまま二度と会わずに、そのまま忘れる事が出来たらいいのに。だが、王女の言を拒否する事など出来ない。クレアが本心では何を思っていても、心の内がどれ程苦しくても、「はい。」と返事をするしかないのだ。

  「アーリグリフ国王のお手伝いをさせて頂きなさい。また、『あなたの進む道が正しくあるかぎり、時間はかかるかもしれませんが、私も出来る限りの協力をさせて頂きます』と、そうお伝えして。」

  「はい。」

クレアは深々と頭を下げ退出した。



数日後、クレアは数人の部下を連れてアーリグリフ城に向かった。

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