小説☆アラアル編---二つの国(10)

  「あれはまさに漆黒の愚行。我が国内でも非難の的だったのです。あのような非人道的な行為、同じアーリグリフ人として恥ずかしい。」

ハロルドがクレアを気遣うようにそういうと、カレルがへらっと笑った。

  「何が可笑しい。」

お気楽でいいよな。本当はそう言いたかったのだが、

  「色々と事情があったんですよ。」

  「どんな事情ですか。」

それを聞きたいのだと、クレアは努めて冷静に尋ねた。

  「何から説明したらいいのか。」

心の迷いが手に表れているかのように、カレルは所在なげに手をさまよわせた。そして胸ポケットのペンを見つけると、それを手の中でもてあそびながら、徐に語り始めた。

  「いくら訓練されてきた兵士でも、すすんで人を殺したがる人間なんて、千人に一人もいやしない。けど、命令を受けて戦場に出ている以上、何もしないわけにはいかない。その代償行動として建物を破壊させるのがうってつけだった。兵士たちも人を殺すよりそちらの方を喜んで選んだ。街が壊される事で相手の士気は下がる。そうすれば生き残る確率も高くなる。」

カレルはペンの端を指でつまむ様にして持ち、キャップの先で、机の上に見えない丸を描いた。

  「勝手な言い分だが、あんたらが抵抗すればする程、双方に犠牲者が増えていくわけだ。それを最小限にするには、こっちが退くに退けない以上、あんたらに速やかに退いてもらうしかない。食う物と住む所が無くなれば、その場所に留まれなくなり、嫌でも退かざるを得なくなるだろ?」

カレルは丸を×でつぶし、そこからすっと矢印を引いたところでペンの動きを止めた。しばらくそうしてじっと止まっていたが、カレルが再び口を開くと同時に、それがぽんと横へ飛んだ。

  「それからガスラについては、別の大きな理由があった。」

  「それは?」

  「いつ攻撃しますよってちゃんと教えといたのに、あんたは町民を非難させなかった。」

漆黒がガスラ向かっている情報は掴んでいた。いつ攻撃してくるかも。しかし、それは相手が意図的に流した情報だったのだ。

  「あれは…!人々が街から離れたくないと…!」

クレアはムキになった。クレアだって避難させようとしたのだ。だが、要塞とは言え、そこの街人にとってはそれが我が家なのだ。クレアの再三の説得にも首を縦には振らず、寧ろ共に戦うと言ってきた。そして結局、クレアは街を愛する人々の思いを汲んだのだった。だが、

  「街の方が安全だと誤解してた。そしてあんたも、まさかあそこまで攻め入られるとは思ってなかったんだろ?」

その時の判断の甘さを、ズバリと指摘されてしまった。カレルはクレアの目に浮かんだ動揺の色から、自分の考えが当たっていることを知ると、すっと目を伏せ、再びペンを弄くりはじめた。

  「その思い込みは非常に危険だった。その甘さがいずれ悲劇を生む事になる。だから、あの街は特に徹底的に潰した。」

  「…危険?」

クレアがそう尋ねかけたとき、突然アランが会話に割り込んできた。

  「どうしてそれを知りました?」

すると、カレルが少々驚いた顔をした。

  「あれっ?隊長だったんじゃないんですか?出身地を聞いてきたでしょう?」

アランの脳裏に、その時の光景がよみがえった。

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