武闘大会の本筋は決まった。後は対戦相手を決めるだけなのだが、
「問題は旦那の対戦相手です。旦那とあまりに実力差がありすぎると困る。旦那のいいところを見せる暇がないですから。」
カレルが問題を提起したところに、
「アルベル様と対等に戦える者などいないでしょう。」
と、アランがきっぱりと言い切った。二人とも、アルベルが負ける可能性を毛ほども考えていないようだ。そんなところに言い出し難くはあったが、クレアは思い切って自分の親友を推薦した。
「ネルはどうでしょうか。」
だが、カレルは難色を示した。
「直に話した事ねぇからよくはわかんねぇけど、彼女って真面目で、意外と感情的になりやすいタイプのような気がすんだ。違う?」
いや、全くその通り。ネルの本質があっさり見抜かれてしまっている。ネルは口数が少なく、落ち着いた雰囲気であることから、クールだと思われる事が殆どなのに。
「確かに、そういう面はありますが…。」
「マジになりすぎちゃダメなんだって。負けてもカラッと笑い飛ばせるくらいじゃねぇと。」
その『笑い飛ばす』という言葉で、クレアの耳にあの豪快な笑い声が蘇ってきた。それを耳にしただけで頭の痛くなるあの声が。出来る事なら話題にしたくはない。けれども客観的に見て、カレルの提示した条件に当てはまるのは、この人物以外にはいない。
「……一人…おりました。」
「誰?」
カレルが興味津々で、非常に言い難そうにしているクレアの顔を覗き込んできた。
「……………アドレー元光牙師団長です。」
カレルはフムと唸った。
「名前は知ってる。…アラン隊長はご存知ですか。」
「いいえ。」
カレルはハロルドを見た。
「ウォルター隊長の御自宅に長々と居座り、茶菓子を散々出させておきながら、ケチだの何だのと、果ては屋敷の装飾にまで文句をつけていった男だ。」
その事実に、クレアは息をのみ、急いでハロルドに頭を下げた。
「申し訳ありません!大変な失礼をしてしまって…本当に申し訳ありません!」
クレアの恐縮しきった様子に、ハロルドの方が慌てた。
「い、いやいや、そんなことは!ただ、その、変わった御人だと…あ、いや、その、お歳を感じさせぬ鍛え上げられた体に惚れ…つ、つ、常に上半身を晒すなど、自信がなければ中々できることではないと……つまり感心して…」
フォローが全然フォローになってない事に気付いて、慌てて別のことで誉めようとしてドツボにはまって支離滅裂になったが、カレルはそれでヒントを得た。
「あー!ひょっとして、あのハチャメチャなオッサン?袴に上半身裸で、下駄はいてる、50代くらいの?」
「は…はぁ…(ハチャメチャって……その通りだけれど…)。」
少々落ち込み気味のクレアに対して、カレルはぱっと顔を輝かせた。
「いいね♪旦那が最も苦手とするタイプだ。それで決定でお願いします。」
だが、アランはそれを聞きとがめた。
「アルベル様が苦手とするタイプ?一体どういう人物なのですか?」
「人の話を全く聞かず、周りの迷惑もお構いなしで、その癖ちっとも悪気がないという、いわゆる『向かうところ敵なし』タイプです。」
(この人…凄い。)
その驚異的な洞察力に、クレアが感嘆の思いでカレルを見ていると目が合った。そうだろ?という笑みに、クレアも曖昧な笑みを返し、カレルの目を避けるように顔を伏せた。この目に、自分も本質の部分を見抜かれてれしまっているのかもしれないと思うと、落ち着かなかった。
「何故、そのような相手を?」
アランの、『そのような』という言葉が、俯いていたクレアの頭上にゴツンと落ちてきた。
「旦那って調子狂わすと、ぽろっと可愛いとこを見せてくれるでしょう?これは好印象間違いなしです。あのオッサンなら、殺したって死にそうにねぇし。ごちゃごちゃと策を弄するよりも、真正面からやぁやぁ我こそは!…っていうタイプだから安心です。」
アランは疑わしそうにカレルを見たが、例えどんな相手であろうとアルベルなら大丈夫だろうということで、しぶしぶ承諾した。これが後に、とんでもない展開に繋がる事になろうとは、予測できるはずもなかった。
「ネル殿とは私が対戦しましょう。クリムゾンブレイドにも花を持たせなければなりませんから。」
アランはあっさり自分の対戦相手を決めてしまった。その決定に、カレルは満足の笑みを浮かべた。それは、カレルがいくつか考えてた中で、最も理想的な采配だった。それを、アランは迷いも躊躇いもなく選んでくれたのだ。何だかんだいって、アランが一番正確にこのイベントの意義を理解してくれているのだ。
「後は風雷ですが…」
アランがハロルドを見た。クレアは気を取り直して、
「では、タイネーブを。」
と、部下を推した。すると、タイネーブの事を知っているのか、ハロルドは戸惑った。
「そんな、女性と戦うなど…。」
「女と言えど、男性に引けはとりません。」
クレアは毅然と言ったが、ハロルドは困り顔だ。そこへ、話がちっとも進まなさそうな気配を察したカレルが口を挟んだ。
「悪いけど、男にしてやってもらえねぇかな?」
「どうしてですか?」
「男ってやつは、いつだって女の子の前では格好よくしていたいもんなんだ。女の子から見たら他愛ねぇって思うだろうけどな。」
確かに、平たく言えばその通りであるが、物には言い様というものがある。しかも、まさに格好よく見られたいと思っている女性の前で、『他愛ない男』というレッテルを貼られたのだ。ハロルドは恥をかかされた思いでカレルを睨み付けた。カレルは内心舌を出しながら、素知らぬ顔でハロルドの睨みを受け流す。クレアはそんなハロルドにまったく気付かず、アランの方を心配をした。
「あの、それでは…ネルは…どうしましょう?」
アランはネルに負けることになっているのだ。だが、アランは、
「私は構いません。」
と、さっさと決定事項としてネルの名前を書き込んでしまった。
「あまりに実力差があるのに引き分けとなるのは不自然ですので、それを考慮しながら、お二人の間で対戦相手を決めておいて下さい。」
「はい。それでは、ハロルド様。こちらで適当な者を数名選んでおきますので、お時間のある時に手合わせをお願い致します。宜しいでしょうか?」
クレアにお願いされたら、嫌だとは言えない。ハロルドは少々嬉しそうに頷いた。
「さて、最後に舞踏会ですが。これは、どういう流れで行うのですか?」
そこへ、カレルはけろりと言った。
「あ、その件ですが、旦那には女装してもらおうと思っています。」
それがあまりに突飛過ぎる内容だったので、流石のアランも意味を掴みかねた。
「ジョソウ?」
「ええ、ドレス着て踊ってもらうんです。その方が強烈に印象に残りますので。」
アランは絶句した。クレアもハロルドもだ。
「実は、旦那の女装した姿を見たいという輩が、漆黒には多数おりまして。『あの歪みのアルベルがまさかの女装!?』となれば、人が集まる。」
途端にアランが厳しい顔をした。
「アルベル様を見世物にしようというのですか?」
だが、その勢いも、
「アラン隊長もですよ。女装した旦那と踊ってもらいたい。」
と聞いた途端、はたと止まった。アルベルとダンスを踊れるという事が、アランを強く惹きつけたのだ。アランの頭の中に、アルベルのドレス姿が浮かんだ。女装などには全く興味はないが、アルベルならばきっと美しいだろう。そして、この人は自分のものだと、公然と見せ付けることが出来る、またとないチャンス。
「いっそのことアラン隊長も女装します?」
「は?」
「それで、女性陣に男装して貰ったら楽しー……。」
カレルはそう言いかけたまま、そこで固まってしまった。そして、そのまま宙を見据えてしばし考え込んだ後、「やっぱりヤメ!」と取り消した。
「隊長は王子様そのまんまでいきましょう。女の子の夢を壊しちゃいけないですからね。それはそうと、ネルって子は祭には参加しねぇの?」
まだ、アルベル女装の衝撃が冷めぬのに、アランまでも女装させるのかと思いきや、それは取り消しになって、そこからいきなりネルの話に飛んで、クレアは戸惑ったが、気を取り直して答えた。
「現在遂行中の任務が終わり次第、こちらに来る事になっていますが。」
するとカレルは、更にとんでもない事を言い出した。
「彼女、男装してもらえねぇかな?背ぇ高いし、きりっとした美人だからきっと似合う。絶対女の子が惚れるはずだ。」
クレアは空いた口が塞がらぬ思いでカレルを見た。
「あの…でもネルは、普段から女性にラブレターを貰ったりして、ホトホト困りきっているんです。そんな彼女に男装を頼むなんて…。」
(そんなこと、恐ろしくて、とても出来ない…いいえ、そうじゃなくて!)
男装したネルが怒り狂う光景が一瞬、目に浮かび、そこではっと気を取り直した。人間、虚を疲れると目の前の事にしか対応できなくなるものらしい。クレアは、自分がまさにその状態に陥ってしまっていたのに気付いた。二国の将来が掛かったこの重要な局面に於いて、そんな大それた事をしでかすなど、考えられない。だが、カレルは事の重大さを知ってかしらずか、軽い調子でケロッと言った。
「じゃ、俺が頼む。彼女が来たら話があるって伝えといてくれる?」
「は、はぁ…。でも、そんなことまでする必要があるのですか?」
必要ないのではないかと、そういう意味で言ったのだが、
「だって、普通のダンスなんてつまんねぇし。」
と、さらりと流されてしまった。
「ところでアラン隊長はダンス、踊れるでしょう?」
「一応は。」
クレアはアランを見た。アランはどう思っているのだろうと気になったのだ。だが、
「旦那にしっかりご指導お願いします。ダンスで恥をかかせるわけにはいきませんから。」
というカレルの要請を、アランは「わかりました。」とすんなりと引き受けてしまった。心なしか嬉しげなのは気のせいだろうか?クレアは、アランがどうして反対してくれないのかと落胆しつつ、ここは自分が頑張らなければと気合をいれ、口を開こうとした時、
「すでに女装という時点で恥だ。」
とハロルドが言った。どうやらハロルドは自分と同意見らしいことに、クレアはホッと安堵した。だが、カレルは意外だという顔でハロルドを見、
「あんた、旦那の顔、ちゃんと見たことあります?」
と、『女装という企画』に対する抗議としてではなく、もっと浅く論点のずれた『恥』という点で捉えてしまった。以前にも、こんな風にクレアの言葉を全然違う意味に勘違いされてしまったことがあった。
(ちょっと早とちりなのかしら?)
この男は間違いなく頭の切れる人間だ。理解力が無いはずが無い。なのに、どうしてこんな浅い勘違いをするのだろう?まさか、カレルがワザとそうしているなどとは思いもよらぬクレアは、カレルという人間がまたわからなくなってきた。
「旦那が女装したら、女にはならないけど、オカマでもない、なんていうか中性的な…。」
カレルの説明にアランが助け舟を出す。
「さながらのクレスリュネのようでしょうね。」
「そう!それ!」
カレルは軽快なジェスチャーでその通りだと示した。
「クレスリュネ…?」
アランの口にした人物の名前が気になってクレアが聞くと、カレルが説明してくれた。
「シーハーツでは月は三人の女神になってるけど、アーリグリフでは、第一の月が女神、第三の月が男神、そして、その間にある第二の月が無性の神クレスリュネなんだ。クレスリュネはそれはそれは美しくて、それがあんまり綺麗なもんで、男神が心を奪われ、女神には見向きもしない。それを女神が嫉妬して、闇の精霊に『ひと時だけでいいから、クレスリュネの姿を隠してくれ』とお願いし、その間だけ男神と結ばれたんだ。そのために、第二の月は満ち欠けするっていうお伽話。」
「しかし、アルベル様が承諾なさるとは到底思えませんが。」
アランがどうやってアルベルに承諾させるのかと聞いてきた。
「大丈夫です。俺の要請には必ず答えて下さると一筆頂いておりますので。」
その用意周到さにアランが感心したように頷き、
「では、アルベル様のドレスは―――」
と話を進めようとした時、ハロルドがそれを制した。
「自分には女装などというオフザケが必要だとは思えません。この国の品位をおとしめることになりかねない。」
「品位?それがそれ程大事な事ですか?」
カレルがそういうと、ハロルドは蔑むような目でカレルを見た。
「貴公には到底理解できないだろうな。」
これにはカレルもカチンと来た。
それは士官学校出身者の、一般兵からの叩上げに対する偏見だけではなかった。カレルが貧困層の中でも、最下層の出身であることは広く知れ渡っている。そのどん底から漆黒の実質ナンバー2にまで上り詰めた話が、色んな脚色を加えられ、事実とはかけ離れたフィクションとなって広まっているのだ。それによると、カレルの母親は娼婦で、本当の父親は誰かも分からず、生まれて間もなく捨てられ、持ち前の頭脳で苦境を打開しながらたった一人で生き抜いてきたという事になっている。
「そうですね。そんなもんで腹は膨れませんからね。」
人々の平和に比べたら、国の品位など毛ほどの価値もない。国と人とどちらが大切かなど、そういう事が問われること自体おかしい。怒りのままにハロルドを徹底的に追い詰めてやろうと仕掛けて、カレルはそこでふと気付いた。そういえば、自分を嫌っているはずのアランは、一度もカレルの出身を問題にしたことは無かった。アランは正真正銘生粋の貴族。しかも上級貴族の中でも五指に入るほどの名門の出だ。そんな人間からすれば、自分のような貧民と口をきくなど、考えられない事だろうに。カレルはチラリとアランを見た。するとアランは、この男を何とかしろという目で見返してきた。アランとしても、この話を推し進めたいのだ。カレルは一旦怒りを納めることにした。
「この祭は何の為にするんですか?ターゲットは誰?」
ハロルドはむっつりと押し黙っている。わざわざ聞かなくてもわかるだろうという顔だ。
「勿論、二国協和の為、そして民の為…ですよね?」
カレルは子どもにでも説明するようにわざわざそう念を押し、ハロルドが馬鹿にしているのかと眉間に皺を寄せたところで、
「それじゃ、その民は、格調高い舞踏会と、お祭ランチキ騒ぎ、どちらを好むと思います?」
と聞いた。勿論、答えは明白だ。
「…。」
「あんたが思い描いているような高尚な舞踏会を開いて、ほら見てごらん、アーリグリフとシーハーツが仲良くダンスを踊ってんだよ、って説明したとしても、庶民には偉い人たちの娯楽にしか見えません。俺らとは全然関係の無い世界だ、ってね。根っから庶民の俺が言うんだから間違いない。」
「だからといって、国の品位を庶民レベルにまで下げるのはいかがなものかと…」
「庶民レベルじゃなきゃ駄目なんですって。別にストリップをやろうって言ってるわけじゃないでしょ?」
「女装もそれと大差ない。」
「じゃあ他に何かいい方法は?」
「普通に舞踏会をすればいいこと。」
「だから、それじゃ庶民には受けないって言ってるでしょ?受けなけりゃやる意味がない。」
「だったら別の方法を取ればいいではないか。」
「別の方法って?例えば?」
「…。」
「人の案にダメだしする時は、代替案を出して下さい。納得できる案を出せば、そんときは素直にこの案を引っ込めますよ。まぁ、これ以上にインパクトのある案はないだろうと思いますけどね。」
ハロルドは言葉につまり、しかし何とか返す。
「普通の舞踏会が庶民に受け入れられないなら、そもそも舞踏会などしなければいい。」
カレルはイライラを何とか沈めようと溜息を付いた。それが、相手を馬鹿にしきった態度に見えた。
「大枠はこれでって、すでに王が決定してんです。その枠を変えるっていうんなら、王とウォルター隊長にもう一度お越し願わなければならない。」
これでハロルドが動揺するだろうと思いきや、
「王やウォルター様もまさかこんなふざけた内容になろうとは、お思いもよらないだろう。お知りになれば必ずや却下される。だから貴公もわざと伏せておいたのではないか?」
(ちっ、そこを突いてきたか。)
カレルは内心舌打ちした。相手の手を片っ端から潰し、ぐうの音も出ぬほどに完璧に追い詰めてやろうと思っていたのに、ここで一手取られてしまった。
「まぁ、半分はそうです。」
悔しいが、ここは一旦退くしかない。するとハロルドが攻めに転じてきた。
「そんな王の期待を裏切るような真似が許されると思っているのか!?」
「別に裏切るつもりはないですよ。期待以上の結果を得てみせます。」
「とにかくウォルター隊長にはお知らせねばならない。」
「知らせない方が親切っていうもんです。知れば却下せざるを得なくなる。」
「却下せざるを得ないような案など、以ての外ではないか!」
カレルは頭をガシガシと掻いた。
「だから!若手が張切るあまりに、少々やり過ぎたって事にしときゃいいんですよ。王やウォルター隊長がこういうキワモノを承認したとなったら眉を顰められるかもしれないが、この祭は若手が中心なんだから、この程度の遊び心は許される。万が一、これが問題になったとしても、俺の首一つで足りる程度の些細な事でしょう?あんたには迷惑が掛からないように、反対を押し切って、俺が強引に事を運んだって事にしときますから、安心してくださいよ。」
クレアはそれを聞きながら、世の中にはそういう考え方もあるのかと、開眼させられる思いだった。だが、実際にそうする事は到底できない。クレアは行儀よく、常に『こうあるべき道』を真っ直ぐ歩んできた。このハロルドという男も、同じに違いない。ハロルドは机を拳で叩いた。
「そういう問題ではないというのがわからんのか!?」
その途端、カレルから軽薄な雰囲気が消えた。澄ました顔ながら、目が鋭く光る。
「あんたもわかんねぇ人だな。王もウォルター隊長も乗ってくれるかもしれねぇって、何故考えない?何で頭からダメだって決め付ける?それはあんたの考えだろ!」
何を言ってもどこ吹く風、蛙のツラに水。カレルのそんな余裕のあるふてぶてしい態度しか知らなかったアランは、この男でも怒ったりするのかと、意外に思いながら、黙ってやり取りを聞いていた。
「人の期待通り。言われた通り。線を引かれた通り。そのレールが無くなった途端、あんたは何していいのかわかんなくなってしまうんだろ?どうだ、否定できるか?」
「!」
ハロルドは言葉に詰まった。その隣で、クレアも思わず目を伏せた。カレルの言葉が、クレアの胸にも深々と突き刺さったのだ。
「次期団長候補だかなんだかしらねぇが、それじゃ永久に候補止まりだ。」
「こっ、腰巾着風情に言われる筋合いはない!」
「俺が腰巾着なら、あんたは自分の立場から一歩も動けねぇイソギンチャクだな。ウォルター隊長からも言われてんじゃねぇの?もっと融通を利かせろって。」
うすうす気付きつつも認めたくなかった自分の欠点、その最も触れられたくなかったところを容赦なくグッサリとやられ、ハロルドは怒りのあまりカアッと耳まで赤くさせた。
「私を侮辱するか!」
「侮辱じゃない。事実だろ?自分でも思い当たってる癖に、図星さされたからって八つ当たりすんな。」
「こ…このっ!」
「落ち着いて下さい!」
ハロルドの掴みかからんばかりの勢いに、堪らずクレアが制した。
「あなたも少々言い過ぎです。」
クレアがカレルを諌めると、カレルは肩をすくめてクスッと笑った。
「まだ全然言い足りねぇんだけどな。」
「とにかく。その女装という案について、もう少し検討が必要なのではないですか?」
「どういう検討?」
「それは…。」
その時。
「先程と同じ会話を繰り返すつもりですか?」
アランのその一言に場がシンと静まった。穏やかながらも苛立ちを含んだアランの声には、それだけの力があった。とうとう痺れを切らして、いい加減にしろ、と言ったのだ。
「私は賛成です。カレル殿の言う事は理に適っています。」
アランが賛成の意をはっきりと表明すると、ハロルドは憤然と言った。
「私は反対だ。賛成などできるはずもない。」
「それなら、風雷は不参加で構いません。」
アランはバッサリとハロルドを切り捨てた。カレルもそれを拾わなかった。
「そうですね。考えてみりゃ、ダンスを踊るべきはウォルター隊長だ。けど、ウォルター隊長にそんなことさせるわけにもいきませんからね。旦那とアラン隊長、それからあんた方クリムゾンブレイドの二人。これがまず最初に交互に踊ってみせて、それから皆で踊る。まぁ陳腐だけど、わかりやすくていいでしょう。」
「交互に?アルベル様もですか?」
「そりゃそうです。」
アランはちらと不満げな表情になったが、それでもそうする他はないと、しぶしぶ承諾した。
アランとカレルの間でとんとん拍子で話がまとまっていく。二人の会話は端的で短く、無駄がない。その上、片方が一を言えば、もう片方は十までを見通し、話はその先に飛ぶ。傍から見れば、まるで頭の中で会話をしているかのようだ。そこにクレアが口を挟む余地はなく、最後に二人掛かりで同意を求められ、半ば強引に説得されて会議は終了となり、後はアランが監督役として全てを取りまとめる事となった。
「カレル・シューイン。」
会議室を出たところで自分の名を呼ばれてカレルが振り向くと、ハロルドが忌々しげに睨みつけていた。
「調子に乗るなよ。」
カレルは内心、どっちが、と思いながら、
「乗ってませんよ、全然。」
と肩をすくめ、きっちりと敬礼してみせると、さっさとカルサアに引き上げた。