アランが帰宅すると、アルベルは風呂から丁度あがって来たところだった。自分で風呂を用意して入ったらしい。と、いうことは、かなり前に帰宅していたのだ。こんな事は珍しい。
「只今帰りました。」
「ああ。」
アランが挨拶をすると、アルベルはちらと見ただけでふいと目を逸らし、ソファに足を投げ出して、濡れた頭をタオルでガシャガシャと拭きはじめた。今日の事を自分から話すつもりはないらしい。アランは玄関で脱いだマントをキチンと掛けると、アルベルの背後に回り、アルベルの手からタオルを取り上げ、自分が代った。髪を傷めないように、タオルで包み込むようにしながらそっと水分をふき取っていく。それは既に習慣になっており、アルベルは大人しくされるがままになっている。アランはしばらく無言でそうしていたが、やはりどうしても今日のことを話したくて、髪をクシですきながら思い切って口を開いた。
「アルベル様。」
「なんだ。」
その不機嫌そうな声から、アランが何を言いたいのかちゃんとわかっており、そしてその話したくないという態度がありありと見える。そこでアランは別の方向から話を始めた。
「今回の二国協和についてどうお考えですか?」
「…別に。好きにすりゃいい。」
これは少なくとも反対ではないと言う事。だがアランは、はっきりと是か非かを聞きたかった。
「反対なのですか?」
「別に反対する程の事でもねぇ。」
「では賛成ということですね?」
「……戦争なんて面倒な事になるよりかはマシだ。」
どうしてそういう言い方で本心をぼかそうとするのだろう。どうして心からの本音を言ってくれないのだろう。
「カレル・シューインは、貴方は二国協和賛成派だと言っていました。」
すると、アルベルは黙り込んだ。そして、それを否定しようとしない。やはりカレル・シューインの言ったとおりだった。そう思った瞬間、アランの胸に怒りが湧き起こった。アランは静かにクシを置き、アルベルの前に座った。アルベルの目を正面から見つめる。
「何故、団長を辞そうとお考えになったのですか?」
アランは怒りを抑えた口調で、躊躇わず核心に触れた。すると、アルベルはふいと目を逸らした。
「色々考えた上でだ。」
「色々とは?」
「…色々だ。」
やはり本心を言ってくれない。
「新しい時代に、ご自分が相応しくないからですか?」
カレルがそう言っていた。すると、アルベルは不機嫌そうにアランを睨んだ。
「知ってんじゃねぇか。なんでわざわざ聞く?」
だが、アランはそれに怯むどころか、遂に語気を荒げた。
「あなた御自身の口から聞きたかったからです!カレル・シューインの口からではなく!」
アルベルは驚いてアランを見た。アランがアルベルに対してこんな口調になるのは初めての事だったからだ。アランは悲しげな目でアルベルを見つめた。途端にアルベルは劣勢に追いやられた。そうなると幾分か言葉が増え、そして優しくなるのが常だ。
「…どうして私には何も仰って下さらないのですか?」
「…言えばお前は賛成したか?」
「カレル・シューインにはちゃんとお話しになったのでしょう?」
「話すつもりなどさらさらなかった。奴がタイミング悪く寝坊しやがって、お陰で面倒なことになっただけだ。…奴は他に何て言ってた?」
アルベルがカレルにも話すつもりはなかったと聞いて、幾分か怒りがおさまりかけたところで、最後のセリフ。アランはすっと目を細めた。
「気になりますか?」
「あの野郎、俺に向かって不敵な笑みを浮かべやがった。あれは手前が勝つと決め付けてやがる顔だ。やはり、証文を書いたのは失敗だったか…。どう考えても奴のペースに乗せられた。」
その通りだ。その証文のおかげで、アルベルは女装してダンスを踊る事になるのだから。アルベルが嫌だというなら、その証文を取り返してやろうと思っていたがやめた。アルベルは自分のものだという事を、全ての人間にはっきりと見せ付けてやる。そして、アルベル自身にもそれを徹底的にわかってもらう。
「アルベル様。これから毎日、ダンスのレッスンを受けていただきます。」
アランは事務的な口調でそう言った。
「…なんだ、それは?」
「祭の一環で舞踏会が開かれる事になりました。貴方にも踊って頂きます。」
「何で俺が…!」
「カレル殿からの要請です。」
アルベルはそれでカレルの目論見を悟った。
「成る程、俺をこき使おうって魂胆か、あの野郎…!」
アルベルはぎりっと歯軋りした。だが、もう遅い。証文は絶対。アルベルはそれを決して破らない。
アランは立ち上がって、アルベルに手を差し伸べた。
「さあ、お手を。」